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[Name] kandata [Title] 森昌子と石川さゆり(2) RES
[161]

 先日、NHKの第37回「思い出のメロディー」を見ていたら、石川さゆりが「見上げてごらん夜の星を」を歌っていた。聞いていてわかったことは、石川さゆりと森昌子は、まったく系統の違う歌手だということだ。
 石川さゆりは演歌歌手、森昌子は、たとえば倍賞千恵子のような叙情歌を歌う系統にいる歌手だということだ。
 「亀井君」が独白しているように石川さゆりの「見上げてごらん夜の星を」、いかにも歌いにくそうで、率直に言ってつまらない歌だった。しかし森昌子の歌う「見上げてごらん夜の星を」すばらしいですよ----ぜひ、聞いてほしいものです。藤十郎さんの「昌子ちゃん投票所」でも2位に入っています。
 森昌子さんの歌う「さくら貝の歌」「ゴンドラの唄」「四季の歌」「ちいさい秋みつけた」「青葉城恋歌」「希望」「誰もいない海」---- 本当にすばらしい!
 NHK「今夜は恋人気分」のテーマ曲「なにはともあれ」にしても、確かに森進一はまったく歌えていなかったが森昌子は良かったと思うのだが----。
  
 
 

2005/08/27/(Sat) 18:39:21


[Name] kandata [Title] 森昌子と石川さゆり RES
[160]

インターネットで次のような文章を見つけた。

NHKのセンスのなさ 亀井君の独白
 たまたまNHKの第37回「思い出のメロディー」を見ていたら、石川さゆりが「見上げてごらん夜の星を」を、五木ひろしが「長崎の鐘」を歌わされていた。

 案の定、石川さゆりはいかにも歌いにくそうであり、五木ひろしの「長崎の鐘」は完璧に演歌に変身していた。

 考えてもみよ、前者はもともと坂本九が、後者はもともと藤山一郎が歌ったのだ。共に演歌歌手ではない。(坂本九の発声は一見演歌歌手のこぶしのように聞こえるが、似て非なるものである) つまりこれら両曲は演歌的歌い方をまったく考慮されずに作られたのだ。それを日本を代表する演歌歌手に歌わせるとは・・・。

 実は10年以上も前もおんなじようなミスマッチがあった。北島三郎が「長崎の鐘」を歌わされたのである。(この時はもっとひどかった。二種類の歌―唱歌系の歌と演歌系の歌のページ参照)

 NHKはどうしてこういうおかしなことをやるのだろう。「長崎の鐘」は藤山一郎のあの澄んだ西洋的発声でこそ映えるように作ってあり、こぶし付きで歌ったら全然別の曲になる。また、石川さゆりは演歌を歌わせてこそ石川さゆりなのであり、こぶしが不要な「見上げてごらん夜の星を」を歌ったところで彼女の持ち味は生かされない。(デビュー当時、石川はアイドル路線に乗せられ、自らに合わない歌を歌わされ、パッとしなかった。石川は「津軽海峡冬景色」という演歌を与えられて、花開いたのである)

 演歌風の「長崎の鐘」だっていいじゃないか、「見上げてごらん夜の星を」はいい曲だから、声のいい石川さゆりに歌わせよう、などといった意見がNHKにあったのだろうか。

 NHKは昨年(平成16年)夏、森進一と森昌子にフォーク風のデュエット曲を歌わせて大失敗している。(と私は思っている) 演歌歌手の森進一にこのフォーク調の曲はまったく合っていなかったのだ。それに、これはNHKの責任ではないにしても、離婚寸前の夫婦に仲良し夫婦の歌を歌を歌わせていた。(なにはともあれのページ参照)

 ことほどさように私はNHKの歌謡番組のナンセンスにいつもあきれている。

2005/08/27/(Sat) 18:07:01


[Name] kandata [Title] 「越冬つばめ」をコラボレーションで RES
[159]

 紅白で森昌子さんが復活するのではないかといわれています。曲目は「せんせい」と「越冬つばめ」がノミネートされているそうです。もし「越冬つばめ」を歌うことになったら、ぜひ、円ひろしさんとのコラボレーションで歌ってほしい、そう思います。
 円さん、「パニック障害」(不安恐怖症)に罹られ、それを乗り越えた経緯をNHK教育テレビで語っていらっしゃいました。一時は一人になるのが怖くて、いつも奥さんの服の端をつかんで後をついてまわっていたそうです。失礼ながら、顔をみただけではどこかの組の若頭---その円さんが奥さんの後を震えながらついてまわっている。
 「パニック障害」、死の恐怖におびえる毎日だったそうです。それを乗り越えて思ったこと、妻への感謝、友達のありがたさ、生きていることの喜び、--- そう語っていらっしゃいました。

 円さん、森昌子さんの最後のレコーディング、「雛ものがたり」のときのことをテレビで語っていらっしゃった。---昌子さん、円さんの面白い顔をみていると笑ってしまって歌えないとカーテンをぴしゃりと閉めてしまったそうです。しかし、昌子さんの声がおかしい、どうしたのだろうと思っていたら、しばらくしてカーテンの奥からすすり泣く声がきこえてきた----スタジオにいたスタッフ、皆、もらい泣きをしたそうです。
 
 人生の苦しみを経験したお二人です、きっと心を打つすばらしい「越冬ツバメ」を歌ってくださると思います。
 ぜひ、円ひろしさんといろいろな歌い方で、すばらしい「越冬ツバメ」を歌ってほしい、そう思います。

2005/08/16/(Tue) 17:45:09


[Name] kandata [Title] 森昌子の「ものまね」 RES
[152]

 デビューしたころ森昌子は「ものまねの女王」と言われ、さまざまな「うたまね番組」を荒らしまくっていた。
当時は、歌まね番組が1週間に何本かあったがそのすべてに「女王」として君臨していたのが森昌子でした。
 彼女の物真似は、他の歌手のそれとはまったく違って、オリジナル歌手と同じキーで物真似するのです。
アグネス・チャン、小柳ルミ子、島倉千代子、チェリッシュ、菅原都々子 etc.----- なかでも、すばらしいとおもったのは八神純子の「水色の雨」の真似でした。この音域の広い歌をオリジナル曲のキーの高さで物真似したときには、驚いてしまった----
 そんな森昌子の「歌まね」を聞いて、ある「ものまね番組」の審査員だった作曲家の曽根幸明さんがが「この歌手の音域はどこまであるのかわからない!」と感嘆されていた----- 
 森昌子の物真似、その絶品とも言えるのが、天地真理の真似でした。微妙に音をはずして歌う天地真理---音が外れてしまう天地真理の歌い方---その微妙に音をはずしてしまう天地真理の歌い方をそっくりそのまま真似してしまう----なんという音感の鋭い少女かと驚いた。
 この歌手が真に音楽、歌を理解できる教師のもとで音楽教育を受けていたら----悔やまれてならない。

2005/07/18/(Mon) 16:49:05


[Name] kandata [Title] 森昌子の鼻濁音 RES
[151]

 森昌子という歌手が13歳でデビューしたとき、私がもっとも驚いたのは、その少女が美しい鼻濁音で歌を歌ったことでした。13歳で美しい鼻濁音を歌える、この少女はなにものなのだろう?
 日本語が乱れ、鼻濁音を歌える歌手などほとんどいなくなったとき、13歳の美しい鼻濁音の歌を聴けた感動!
 私と同じことを思っていた人がいたことを、インターネットを検索して知りました。以下はその文章です。

兎追いし 『ぎ』が美しい 森昌子  朱露 


 明け方のNHKラジオで、森昌子が歌っていた。

 「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川」。

 ウサギの「ギ」を鼻濁音で歌っているので寝相を正した。

 「鼻濁音。呼気を鼻にぬいて発音する、ガ行音。」広辞苑

 この句では、兎の「ギ」、『ぎ』、助詞の『が』が鼻濁音になる。

 なお、『美しい』の『ツク』の音が、母音の無声化のために響かない。さらに、昌子の『サコ』が少しだけ無声化する。


 鼻濁音を濁音にし、母音の無声化をしないのが西の日本語の特徴の一つだ。森昌子は、一九五八年に栃木県宇都宮市に生まれている。東日本語圏の人だ。

 私の感じでは、六十年代以降、鼻濁音と無声化は滅びの一途をたどっている。そんなことはどうでもいいという日本人ばかりに、間もなく、なるだろう。

2005/06/17/(Fri) 18:59:37


[Name] kandata [Title] 藤十郎さんへ RES
[150]

芸能リポーターの福岡翼さんがTVで、昌子さん、風邪と花粉症で体調がかなり悪い、しかし「私が入院したら、病院、患者さんに迷惑をかける」と言って家で療養していると話されていた。森昌子という人どこまで心のやさしい人なのか、聞いていて切なくなりました。
昌子さん、歌はうたいたくないらしいーーーどうもそれは本当のことらしい。
歌についてあまり言うことは、かえって彼女を苦しめることになってしまうーーーそう思います。
ひばりさんは昌子さんにとって特別な人です、私が知っているひばりさんのすばらしさを昌子さんに知っていただいて、励みになればーーーそう思って書きました。
もちろん、ここは藤十郎さんのサイトです。私が自分のサイトを作ればいいのです。
人間、政治、経済、歴史、すべてを絡めた統合サイトを作るつもりです。ーーー私に能力があればいいがーーー

2005/04/23/(Sat) 19:50:53


[Name] kandata [Title] 美空ひばりさん RES
[148]

昔、大阪の朝日放送ラジオ「フレッシュ九時半! キダ・タローです」という番組のゲストとして、ひばりさんが来られ、いろいろ興味深い話をされたことがあった。たとえば「私のバック・オーケストラは腕がいいだけじゃだめなんで、私の肩の動きを読んでリズムを取ってほしい--- そうお願いしています。」こう話された。
美空ひばりという歌手、やたらに肩を振る、変な人だ ---- そう思っていたので、それを聞いて成る程と納得しました。
もっとも小柄なひばりさんが肩をゆすって歌うのは、やはり、あまり格好のよいものではなかったが---。

番組の最後にキダさんがひばりさんに「いま一番欲しいものは何ですか?」と質問されたが、その答えを聞いて感動しました。
ひばりさんは、何のためらいもなく即座に「ヒット曲」と答えたのです。「今一番欲しいものはヒット曲ですね --- 」。
聞いたキダさんも、まさかそのような答えが返ってくるとは夢にも思っていなかったようで、長い沈黙がつづきました。

なんという素晴らしい人だろう --- 美空ひばりといえばもちろん誰よりも多くのヒット曲をもった歌手です、「歌の女王」といわれ自分の曲だけで、何時間でもつづくショーを開ける人です。その人が「今一番ほしいものはヒット曲」という --- それは今の自分にはヒット曲がないということを率直に認めることです。
美空ひばりという歌手のイメージ、多くの人が「女王」と呼ばれ、不遜でプライドの高い歌手と思っていただろう --- 私もそう思っていました。しかし、実際はひばりさん自身はまったくそんな人ではなかった、「人はいろいろ言う --- 言うにまかせておけ --- しかし私はそれとは違う --- 」多分、こう考えておられたのではないだろうか?

これと同じ質問をいまの歌手にしたら、はたしてどんな答えがかえってくるだろう ---
「いま一番ほしいものはヒット曲」と答えられる歌手が何人いるだろう。

2005/04/21/(Thu) 19:49:27


[Name] 藤十郎 [Title] お願い
[149]

kandataさまにお願いです。
ここは昌子ファンの集う掲示板です。
あまり昌子さんに関係のない書き込みはご遠慮していただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

. 2005/04/22/(Fri) 18:53:17


[Name] kandata [Title] マグノリアの木(2) RES
[147]

 すぐ向うに一本の大きな、ほおの木がありました。その下に二人の子供が、みきを間にして立っているのでした。
(ああさっきから歌っていたのはあの子供らだ。けれどもあれはどうもただの子供らではないぞ。)諒安はよくそっちを見ました。
 その子供らは羅《うすもの》をつけ瓔珞《ようらく》をかざり日光に光り、すべて断食のあけがたの夢のようでした。ところがさっきの歌はその子供らでもないようでした。それは一人の子供がさっきよりずうっと細い声でマグノリアの木の梢を見あげながら歌い出したからです。
  「サンタ、マグノリア、
   枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
 向う側の子が答えました。
  「天に飛びたつ銀の鳩。」
 こちらの子がまたうたいました。
  「セント、マグノリア、
   枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
  「天からおりた天の鳩。」
 諒安はしずかに進んで行きました。
「マグノリアの木は寂静印《じゃくじょういん》(仏教の絶対基準の1つ、「悟りの境地」のこと)です。ここはどこですか。」
「私たちにはわかりません。」一人の子がつつましく、かしこそうな眼をあげながら答えました。
「そうです、マグノリアの木は寂静印です。」
 強いはっきりした声が諒安のうしろでしました。諒安は急いでふり向きました。子供らと同じなりをした、ちょうど諒安と同じくらいの人がまっすぐに立ってわらっていました。
「あなたですか、さっきから霧の中やらでお歌いになった方は。」
「ええ、私です。またあなたです。なぜなら私というものもまたあなたが感じているのですから。」
「そうです、ありがとう、私です、またあなたです。なぜなら、私というものもまた、あなたの中にあるのですから。」
 その人は笑いました。諒安と二人ははじめて軽く礼をしました。
「ほんとうにここは平らですね。」諒安はうしろの方のうつくしい黄金の草の高原を見ながら云いました。その人は笑いました。
「ええ、平らです、けれどもここの平らかさは、けわしさに対する平らさです。ほんとうの平らさではありません。」
「そうです。それは私がけわしい山谷を渡ったから平らなのです。」
「ごらんなさい、そのけわしい山谷にいまいちめんにマグノリアが咲いています。」
「ええ、ありがとう、ですからマグノリアの木は寂静です。あの花びらは天の山羊の乳よりしめやかです。あのかおりは覚者《かくしゃ》たちの尊い偈《げ》(仏教の真理を述べた韻文)を人に送ります。」
「それはみんな善です。」
「誰の善ですか。」諒安はも一度その美しい黄金の高原とけわしい山谷の刻みの中のマグノリアとを見ながらたずねました。
「覚者の善です。」その人の影は、紫色で透明に草に落ちていました。
「そうです、そしてまた私どもの善です。覚者の善は絶対です。それはマグノリアの木にもあらわれ、けわしい峯のつめたい巌にもあらわれ、谷の暗い密林も、この河がずうっと流れて行って氾濫をするあたりの、たびたびの革命や饑饉や疫病や、みんな覚者の善です。けれども、ここではマグノリアの木が覚者の善で、また私どもの善です。」
 諒安とその人と、二人はまた、うやうやしく礼をしました。

2005/04/20/(Wed) 19:21:27


[Name] kandata [Title] マグノリアの木(1) RES
[146]

マグノリアの木
宮澤賢治
 霧がじめじめ降っていた。
 諒安《りょうあん》は、その霧の底をひとり、険しい山谷の、刻《きざ》みを渉《わた》って行きました。
 沓《くつ》の底を半分踏みぬいてしまいながらそのいちばん高い所からいちばん暗い深いところへまたその谷の底から霧に吸いこまれた次の峯へと一生けんめいつたって行きました。
 もしも、ほんの少しのはり合で、霧を泳いで行くことができたら、一つの峯から次の巌《いわ》へ、ずいぶん、ぞうさもなく行けるのだが、私はやっぱりこの意地悪い大きな彫刻の表面にそって、けわしい処ではからだが燃えるようになり、少しの平らなところではほっと息をつきながら地面を這わなければならないと諒安は思いました。
 まったく、峯にはまっ黒のガツガツした巌が冷たい霧を吹いてそらうそぶき、せっかくいっしんに登って行ってもまるでよるべもなくさびしいのでした。
 それから谷の深い処には細かなうすぐろい潅木がぎっしり生えて光を通すことさえも慳貪《けんどん》そうに見えました。
 それでも諒安は次から次へとそのひどい刻みをひとりわたって行きました。
 何べんも何べんも霧がふっと明るくなりまたうすくらくなりました。
 けれども光は淡く白く痛く、いつまでたっても夜にならないようでした。
 つやつや光る竜《りゅう》の髯《ひげ》のいちめん生えた、少しのなだらに来たとき諒安はからだを投げるようにして、とろとろ睡ってしまいました。
(これがお前の世界なのだよ、お前にちょうどあたり前の世界なのだよ。それよりもっとほんとうはこれがお前の中の景色なのだよ。)
 誰かが、あるいは諒安自身が、耳の近くで何べんもこう叫んでいました。
(そうです。そうです。そうですとも。いかにも私の景色です。私なのです。だから、しかたがないのです。)諒安はとうとう、こう返事しました。
(これはこれ まどう木立の中ならず しのびをならう春の道場)
 どこからかこんな声がはっきり聞えて来ました。諒安は眼をひらきました。霧がからだにつめたく浸み込むのでした。
 全く、霧は白く痛く、竜の髯の青い傾斜はその中にぼんやりかすんで行きました。諒安はとっととかけ下りました。
 そしてたちまち一本の潅木に足をつかまれて投げ出すように倒れました。
 諒安はにが笑いをしながら起きあがりました。
 いきなり険しい潅木の崖《がけ》が目の前に出ました。
 諒安はそのくろもじの枝にとりついてのぼりました。くろもじはかすかな におい を霧に送り霧は、にわかに乳いろの、やわらかなやさしいものを諒安によこしました。
 諒安はよじのぼりながら笑いました。
 その時霧は大へん陰気になりました。そこで諒安は霧にそのかすかな笑いを投げました。そこで霧はさっと明るくなりました。
 そして諒安はとうとう一つの平らな枯草の頂上に立ちました。
 そこは少し黄金《きん》いろで、ほっとあたたかなような気がしました。
 諒安は自分のからだから少しの汗の匂いが細い糸のようになって霧の中へ、のぼって行くのを思いました。その汗という考から一匹の立派な黒い馬がひらっと躍《おど》り出して霧の中へ消えて行きました。
 霧がにわかにゆれました。そして諒安はそらいっぱいにきんきん光って漂う琥珀《こはく》の分子のようなものを見ました。それはさっと琥珀から黄金に変りまた新鮮な緑にうつってまるで雨よりも滋《しげ》く降って来るのでした。
 いつか諒安の影が、うすく、かれ草の上に落ちていました。一きれのいいかおりがきらっと光って霧とその琥珀との浮遊の中を過ぎて行きました。
 と思うと、にわかに、ぱっとあたりが黄金に変りました。
 霧が、とけたのでした。太陽は磨きたての藍銅鉱《らんどうこう》のそらに液体のようにゆらめいてかかり融けのこりの霧はまぶしく蝋《ろう》のように谷のあちこちに澱《よど》みます。
(ああこんなけわしいひどいところを私は渡って来たのだな。けれども何というこの立派さだろう。そしてはてな、あれは。)
 諒安は眼を疑いました。そのいちめんの山谷の刻みにいちめんまっ白にマグノリアの木の花が咲いているのでした。その日のあたるところは銀と見え影になるところは雪のきれと思われたのです。
(けわしくも 刻むこころの峯々に いま咲きそむるマグノリアかも。)こういう声がどこからかはっきり聞えて来ました。諒安は心も明るくあたりを見まわしました。

2005/04/20/(Wed) 19:19:35


[Name] kandata [Title] マグノリア RES
[145]

中三トリオは卒業したとき記念樹を植えています。森昌子さんは泰山木でした。タイサンボク、モクレン、コブシなどを総称してマグノリアという。マグノリアは精神の気高さを象徴する花として知られています。
宮沢賢治は『マグノリアの木』という美しい寓話を書いています。
 けわしくも きざむこころの 峯々に
   いま咲きそむるマグノリアかも

2005/04/20/(Wed) 19:09:57






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