| 【論評10/15】 雅宣総裁の講話や著書の内容を吟味すると、「総裁の教えや主張には、『親に感謝したら病気が治ってしまった』というような宗教的真理の話が存在しない」という結論に到着する。 (15515) |
- 日時:2025年02月27日 (木) 12時58分
名前:勝手に論評家
【論評10/15】 雅宣総裁の講話や著書の内容を吟味すると、「総裁の教えや主張には、『親に感謝したら病気が治ってしまった』というような宗教的真理の話が存在しない」という結論に到着する。
日本における女性運動 さて、この後、日本では何が起こったかをまとめます。…しかし、女性の参政権がはっきり認められるのは、日本国憲法の公布を待たなければならなかったのです。この辺の前後関係をしっかり頭に入れておいてください。 (本冊子19頁~25頁)
憲法草案に”男女平等“ を書き込んだ女性 ところで、我々が谷口雅春先生から教えられたように、現行の日本国憲法の下案は、確かにアメリカのGHQによって作成されました。しかしこのGHQ…のスタッフの中に、一人の女性がいました。…名前はベアテ・シロタ・ゴードンさんです。
…ゴードンさんは日本で育ち、日本人の生活をよく知っていた。…だから、「男女平等」の考えを日本の憲法に書き込むことについて、上司や同僚の中には疑問視する声もあったけれど、自分の日本での経験に碁づいて大丈夫だと判断し、「男女平等を日本国憲法に書き込む」ことを主張し、それが実現したのです。だから、日本国憲法は戦勝国の力による単なる”押しつけ憲法“とは言えないのですね。
…確かに(今の日本国憲法は)GHQの起草になるけれども、その背後には悪意だけがあったと考えるのは間違いです。これだけいろいろな善意や理想も織り込まれているのです。そのことをよく頭に入れて、私たちは人間内部の神性•仏性を認め、自信をもって運動を進めていくべきでしょう。 (本冊子25頁~29頁。点線は引用者が省略した部分)
京子 あら…。この引用部分は本冊子の19頁から29頁まで全部で10頁以上もあるわ。
次郎 しかも、その内容が表題のように、「日本における女性運動」とか「憲法草案に男女平等を書き込んだ人がどうたらこうたら…」とかいう内容だ。
京子 ねえ。次郎さん。生長の家の信者は「戦前日本の女性運動」や「日本国憲法の制定過程」の勉強をしなければいけないの?…生長の家の信者は昔の雅春先生のときのように、「親に感謝したら病気が治ってしまった」というような真理の話を総裁先生の声で直接勉強してはいけないの?
次郎 そのようなことを僕に言われても…。そもそも雅宣総裁は「神癒」や「奇蹟」と呼ばれる話が嫌いらしいから…。
京子 雅宣総裁は「神癒」や「奇蹟」がきらいなの?
次郎 雅宣総裁が自分の言葉で、「私は神癒や奇蹟がきらいです」と言ったことはないようだけど、昔、総裁の講習会で、一人の信徒が「神癒」と言わざるをえない体験談を語ったのに対して、総裁が冷たく「それは偶然でしょう」と言って切り捨てた…という噂話が広がって信者たちを驚かせることがあった。 京子 それ、本当?
次郎 僕はその講習会にいたわけではないが、そのような噂話は多くの信徒から聞いた。ネット上のブログや掲示板で読んだこともある。…それから、以前、「生長の家classics」さんが、15154記事、「どう見ても覚者・信仰者とは思われない自称宗教家」 https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelo... のなかで、「総裁が谷口雅春先生の教えを信じていないことは総裁の著作『日々の祈り 神・自然・人間の大調和を祈る』のサブタイトルからも明らかである」と断言したのに、総裁から、「この無礼者!」という反論が出ていないようだ。
京子 ふ~ん。…それじゃあ、雅宣総裁の話を聞いたり本を読んだりした人の病気や不幸が治ってしまった…というような事はあったの?
次郎 ない。ぼくが知っているかぎり、まったくない。…たしかに雅宣総裁が総裁になったあとにも信徒の病気や不幸が治ったという体験談はある。だが、それは谷口雅春先生の教えに触れたり、「甘露の法雨」を読誦したりした結果だった。雅宣総裁の本を読んだり、「大自然賛歌」を読誦したりした人の病気や不幸が治ったという体験談は聞いたことがない。
京子 ふ~む…。そもそも雅宣総裁は、「信徒たちに、幸福になってもらいたい」という強い願いを持っているのかしら。
次郎 おそらく、もっていない。今の総裁は、「信徒に喜んでもらいたい、幸福になってもらいたい」という願いを強くは持っていない。
京子 それならば、信者の中から、「総裁先生のご本を読んだら病気が治ってしまいました。総裁先生。ありがとうございま~す」という体験談が出ないのも当然よね。
次郎 そうだ。雅宣総裁の唯物論的評論家のような「上から目線の講話や著作物」に触れた信者のなかから総裁に感謝する体験談が出ないのは当然だ。おそらく雅宣総裁は信徒たちの後ろで合掌して信徒たちを拝んだ…というようなことは一度もないだろう。
京子 生長の家もずいぶん変わってしまったのね…。
次郎 僕の友人のなかに面白いことを言っている男がいる。その男は高校生3年生のときにたまたま長野県松本市の教化部で「受験生練成会」とかいう練成会があったので、無理やり親に参加させられた。そのときの長野県の教化部長は藤原敏之という有名な人だった。彼はその先生が有名な人だと知らず、ただのオジサンだと思っていたので、その人の講話を適当に聞き流していた。それで、彼は今もその講話の内容を全く憶えていない。
京子 ふふ…。みんな、その程度よ。
次郎 ところが、練成会が終わって家に帰ろうということで高校生たちが松本駅に行って、プラットフォームで電車がくるのを待っていたときだ。みながボケーッと駅舎を見ながら電車を待っていると、自分たちが乗る線路の向こう側の線路に電車が入ってきた。その電車は乗客を降ろすとすぐに発車した。電車が行ってしまったあとに、駅舎の改札に向かう人の流れが見えた。電車のすべての車両から降りた人の群れが、駅舎の真ん中にある改札めざして横に流れていた。その流れのなかにオジサンがいたのだ。
京子 ほう…。
次郎 彼の横にいた元気な高校生が、「先生~」と声をかけた。オジサンはすぐに気づいてこちらを向いた。オジサンはにっこり笑って、しばらく合掌して連中を拝んでから駅舎に消えて行った。高校生たちは、「よい人だなあ~」と、わかったようなことを言って感心しあった。
京子 なかなか良い話ね。
次郎 結局、彼はその年に受けた大学入試にすべて失敗した。だから練成会はまったく役に立たなかった。しかしオジサンの合掌の姿だけは今もはっきりと覚えているそうだ。
京子 みごとなオチがついたわネ。…それにしても「生長の家」も変わったわね。
次郎 上が変われば下も変わる。これは仕方がないことだ。ぼくたち生長の家の信者は、総裁の努力(?)のおかげで17年後には信者数がゼロになると覚悟しておくべきだ。
京子 悲しいことね。
次郎 …それよりも京子さん。今回の引用文を読んで気づいたことはない?
京子 ないけれど…。なに?
次郎 雅宣総裁は「護憲の原理主義」だということ。
京子 総裁先生が護憲の原理主義…?
次郎 そうだ。…しかし、ここから論旨が変わるから、その説明は次の記事で行うよ。
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