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[217]W企画ノベライズエピソード 第3話「危険なF/千の顔を持つ女」C - 投稿者:matthew

「って、ちょい待ち! それで何であたしを呼び止める必要があるん!?」
 みぎりの説明を受けて大方の状況を把握した鶴ではあったが、それでも腑に落ちない点はあった。別に彼女に頼まなくても、もっと信頼できる仮面ライダーは他にもごまんといるのだ。それなのに何故自分が指名されたのか――厄介ごとのお鉢を回されたのが何故自分なのか、認めたくなかったのだ。
 するとみぎりは、ふんとそっぽを向いたまま胸を張って彼女に言ってみせた。
「お仕事だよ、お仕事。みぎりんは依頼をあずかったの、お兄ぃから」
「仕事ぉ?」
「そ。みぎりんたちは2人で1人の運び屋だから、どっちかがいなくなったらダメなの」
「……で?」
「だから、お兄ぃからの依頼。自分の代わりに、運び屋を代行してくれってさ」
「……っ、そ、そう来たかぁ〜……!」
 やられた、と言った感じで鶴は両膝をついた。面倒ごとは確かに勘弁だが、こと仕事となればむげに断るわけにはいかない。先斗は見事にロジックの穴を突いてきたのである。
「ホントはみぎりんもやだけど、お兄ぃが言ってるんだからしょーがないし……一日相棒ってことで、よろしく」
 子ども扱いされたことを根に持ってか、まだみぎりの頬は膨れたままだ。幼い雰囲気には似つかわしくないビジネスライクな挨拶をして、すっと彼女が片手を差し出す。その手を握れば、依頼は成立ということだろう。
 これを断るのは、代行屋としてのプライドが許さない。逃げ出したい気持ちでいっぱいだった鶴の背中を、皮肉にもそんな揺るぎない自らの誇りが押してくる。跪いたままで鶴は恨めしそうにみぎりを見上げ――やがて観念したように、その手を握り返すのだった。
「……しゃーない。運び屋代行、その依頼確かに引き受けた!」

( 2010年09月03日 (金) 09時36分 )

- RES -


[216]第3話「危険なF/千の顔を持つ女」B - 投稿者:matthew

 エレベーターガールの制服を脱ぎ捨て、私服に着替えた鶴はビルの出口で足を止めるとイベント会場のあるフロアに目を向けて軽薄そうに肩をすくめた。
「ごめんな〜。あたし、こういう面倒ごとは堪忍って感じやねん」
 代行屋としての仕事意識の高さに反比例しているといっていいほど、彼女に正義感というものはない。仕事に絡んでいるのならそういうものを振りかざしてもいいとは思うが、そうではなく――極端に言えば金にならない正義感は意味がないということだ。だから、普通ならあのドーパントをどうにかしてもいいところを鶴は何もしないのだ。
 第一、あそこには先斗とみぎりという立派な仮面ライダーがいる。わざわざ自分が出なくても事態は収束できる――そういう見積もりなのである。
「ま、後はよろしくっつーことで。あたしはこれで」
 ひらひらと片手を振って、ジャケットに手を突っ込んで鶴がビルを後に一歩を踏み出す。酷薄とも言える笑みを浮かべて。
 だが――その後ろ髪、もとい後ろ襟は突然ぐいっと引っ張られることになる。
「ぐぇっ!?」
 一瞬息が詰まってカエルのような声を上げ、鶴が苦悶の表情を浮かべる。襟を掴んだ人影は、幼い少女の声で鶴を呼び止めた。
「ふん、そうはいかないんだからねっ」
「げほ、ごほっ! だ、誰――ってアンタ!?」
 解放されて咳き込んだ鶴は、その犯人――みぎりの射抜くような視線に気おされたかのように後ずさりするのだった。
「な、何でアンタがここにっ!?」

――遡ること数分前、デュアルに変身し損ねた2人は他の人質と一緒にシロアリの群れに包囲され、犯人のドーパントと睨み合っていた。何とかこの場を脱することが出来ればすぐに事態は収束できるだろうが、下手な動きを見せればドーパントはすぐにでも自分達を襲わせるのだろう。それから無傷で逃れる道筋は全く見つけられなかった。
 そうして2人が考えあぐねている時に、ドーパントが先に口を開いた。
「お前らは人質だ。この建物は俺が占拠した……俺の合図でそのシロアリたちはすぐにお前らを食い尽くす」
 そんな脅し文句に、ざわつく人質達。所詮相手は小さな虫だ――と強気に出られないのは目の前の化物への恐怖のせいにほかならない。その化物は、続けて怒号のように言い放った。
「命が惜しければ運び屋をここに呼べ……ただし警察を呼ぼうとしたらすぐに始末をつける。さあ、運び屋を呼ぶんだ! 早くしろ!」

「……運び屋ならここだ!」
 考えるまでもなかった。やむなく自ら名乗り出ることを決めた先斗が声を上げ、みぎりと共に挙手する。ドーパントはゆるりとそちらに顔を向け、ふんと鼻で笑って見せた。
「お前ら2人が、だと? 片方はガキじゃないか、アテに出来るのか?」
「むっかぁ! 化け物なんかに子ども扱いされたくないんですけどっ!」
「何だとぉ?」
「よせ、みぎり! 変に刺激すんな!」
 犯人の言葉に耳を貸しすぎてはならないとみぎりをなだめ、先斗はまっすぐにドーパントと視線を交わす。相手の要求は自分達を介して何かを運ばせようとしているのだろう――ある程度踏んで来たそういう修羅場の経験が、先斗の脳内に今後の展開をイメージさせた。
「アンタにしちゃ幻滅だろうが、みぎりは俺の信頼できる相棒だ。で……運び屋にご用ってことは、何かをここに持って来ればいいのか?」
「ほう、話が早いじゃないか。そういうことだ……ただし、“何か”じゃなく“誰か”だがな」
「人を運べ、ってのか?」
「そうだ。藤田徳子――という人間を探している。そいつをここに連れて来てもらう。タイムリミットは24時間だ、いいな?」
 もちろん、これも迷うことはない。依頼報酬はともかくとしても、自分たちが脱出できるのならば後はどうにでもなる。依頼を遂行するのは当たり前だがそのついでに警察を呼ぶか、あるいは他のライダーの増援を頼むことも可能だ。先斗は目配せをみぎりと交わしてこくりと頷いた。
「ああ、分かった。行くぜみぎり、仕事だ」
「う、うん」
――だが、そこから先は2人の予想を超えていたのだ。ドーパントが動き出そうとした先斗を呼び止めたのだ。
「待て。お前はここに残れ」
「ぁん? どういう意味だよ」
「そんなに信頼できる相棒だというなら、そこのガキ。お前が1人で行け」
「えっ、み……みぎりんだけで!?」
 突然の指名に、戸惑うみぎりをドーパントが嘲笑う。そして先斗がしまったという感じで額を手で押さえる。
 そう――みぎりだけがビルの外に出た理由。それは、こういうことだったのだ。

( 2010年09月03日 (金) 09時20分 )

- RES -


[214]W企画ノベライズエピソード 第3話「危険なF/千の顔を持つ女」A - 投稿者:matthew

「――こんなところで何してんだよ、アンタ」
「何って……仕事。見りゃ分かんでしょ?」
 係員の証のジャケットをびっと見せ付けて、先斗に答えを返す。それでもきょとんとする彼に鶴は肩をすくめて丁寧な説明を付け加えてやった。
「バイトで受付やるはずだった依頼人が急に風邪で熱出して来れなくなったから、その代行。ま、しょーもない仕事だわね」
 代行屋――聞きなれない肩書きではあるが、鶴曰く、どんな仕事でも代わりを引き受けるという稼業なのだそうだ。その説明を思い出した先斗はぽんと手を打った。
「……手が広いんだな。代行屋って」
「頼まれた仕事は何でもパーフェクトにこなす、それが代行屋さっ!」
「しょーもない仕事でえばるなぁっ!」
 すかさずツッコミを入れたのは、ぷぅっと頬を膨らませたみぎりだ。どうやら子供といわれたのがよっぽど尾を引いているらしく――腰に手を当ててまくし立てるように声を荒げている。
「っていうか、何がパーフェクトなのさ! みぎりんは立派な大人なのに!」
 ところが、それでも鶴は全く退かない。むしろそんなみぎりよりもずっと大人気ない態度で、嫌味たっぷりに反論した。
「立派な大人がそんな態度とるかっちゅーの。鏡、よ〜く見たほうがいいんとちゃう?」
「むっかぁああ! い、言ったなこの年増ぁ!」
「んなっ……何やとこのがきんちょっ!!」

――まさに、売り言葉に買い言葉だ。みぎりの言葉に堪忍袋の緒を切らされた鶴は、引き受けたはずの受付の仕事も放棄して睨み合いを始める。ただでさえ集まっていた周囲の注目は、よりいっそう先斗たちに向けられた。
 こうなってしまうと、たまらないのは巻き込まれた先斗本人だ。顔から火が出そうになった彼は、慌ててその揉め事の仲裁に入る。
「お、おい2人とも……!」

「全員動くなァアッ!!」
 しかし――その注目はすぐに彼らから離れたのだった。そこに響き渡った、声の主の存在によって。
「「ぁあ!?」」
 みぎりと鶴が声をそろえて、その声のほうにガンをつける。
 イベント会場中央。本来すいかちゃんが立つはずのステージには――シロアリをそのまま擬人化したような異形の怪人が立っていた。

「きゃあああああああ!!」
 客席から上がった悲鳴をスタートの合図にして、一斉に観光客たちが逃げ出そうと散開する。先斗は一人瞬時に状況を察知して冷静ながらも視線を鋭くした。
「ドーパント……こんなところでかよ!」
 パニックで逃げ惑う人々を眺める、怜悧な怪物の視線。ただでさえ気持ち悪いシロアリをさらに気持ち悪くしたようなものだ――ある程度抵抗のある先斗ですら、何ともいえぬ不快感に顔を歪めている。しかし、そんな不快感はさらに増大させられることとなった。
「お、お兄ぃっ! む、むむむ虫が、虫がっ!」
「ぁ?」
 隣で声を詰まらせたみぎりの異変に、先斗が後方を振り向く。すると――さらに気味が悪いことに、逃げようとする人々をステージに向かって包囲するように追い立てる、地上を這い回るシロアリの群れが見えた。
「ぞ、ぞわぞわってこっち来てるぅうう!!」
 人々の安全もあるが、それ以上にこの不気味さはいっそう放置できない。青ざめた顔ですがりつくみぎりの様子に、先斗はやむなく懐のデュアルドライバーに手をかけた。こうなればさっさとステージ上のドーパントを倒すしかない――!
「なんつー気味の悪い能力だ……とりあえずあのドーパントをやるっきゃないな。行くぜみぎり!」
「う、うんっ!」
 先斗には勝算があった。1人だけならともかく、代行屋――鶴もまた仮面ライダーなのだ。2人がかりならば片方に人々の避難誘導を促す余裕がある。状況を沈静化するのは難しくないはずだ。反対の隣にいるはずの鶴に向かって、先斗はドライバーを取り出しながら呼びかけた。
「代行屋! お前も手伝え!」
 が――返事はない。それどころか、いつの間にか気配もなくなっている。先斗とみぎりの目が、そんな沈黙の空間に気づいて見開かれる。
「……え?」
 その理由は――すぐにはっきりした。チーン、と響き渡るエレベーターの音が、彼女の行方を教えてくれたのだ。

「――下へまいりまぁ〜す、なんつって」
 いつの間にかジャケットを脱ぎ捨てた鶴は、エレベーターガールの服装に着替えていて。2人が気づいた時にはもう、扉は閉まっていて。
「「って逃げるなぁああああああ!?」」
 2人の叫びも空しく、まんまと鶴はこの状況から逃げ延びたのであった――

( 2010年08月21日 (土) 13時55分 )

- RES -


[213]W企画ノベライズエピソード 第3話「危険なF/千の顔を持つ女」@ - 投稿者:matthew

 水都。ここは観光の街としても有名な地だ。
 昔ながらの運河や水路、水車が至る所に残っているこの街では、そうした観光客をターゲットにした商売ももちろん少なくはない。船の渡し守、水上バス、ジェットスキーによるアクロバットショー――ふんだんな水を利用したものだけでも、これだけ列挙するのは容易いことだ。
 そんな観光名所に欠かせない存在。それがマスコットキャラである。当然、この街にもそんなキャラがいる。イルカをモチーフにした愛くるしいキャラ、その名も『すいかちゃn』だ。

「ほらっ! お兄ぃはやくはやくぅ!」
「わーった、わーったからそんなに引っ張るなってばみぎり!」
 水都の港沿いにある、水都倉庫群に隣接する高層ビル、通称「アクアビュータワー」。その5階にあるイベントホールに着いたみぎりは、同行する先斗の袖を引っ張りながら目をきらきらさせていた。
「だって急がなきゃっ! 年に3回しかないすいかちゃんとの握手会なんだからぁ!」
 ここにいるみぎりも、そんなすいかちゃんの熱狂的ファンの1人だ。外見的には中学生とそこそこ大人なはずなのだが、ぴょんぴょん飛び跳ねて期待を寄せるその姿は小学校低学年に見られてもおかしくないほど子供っぽい。先斗は保護者のような気分にさせられたようでがっくりとうなだれた。
「……たまに出かけたと思ったらこれかよ。とほほ……」

 みぎりはほとんど外に出ることがない。もっぱらパソコンと向かい合って適当なネットサーフィンをし、時たま通販で気に入った服を買い、そしてポテトチップスをたらふく食べるのが日課だ。そんな買い物でさえも出かけずに済ませるほどの引きこもりであるみぎりが外に出たいと自発的に言い出すことは、まずほとんどない。
 そんな彼女にとって数少ない外出の機会であることは、精神的な衛生上先斗としても歓迎することではあるのだが――口実としてこれは、少々恥ずかしかった。何せこの手の子供向けイベントは低学年のうちに卒業してしまったのだから。
「あ、受付みっけ!」
 逸るみぎりがイベント会場の受付に気づき、まっすぐに指を指す。いくらいつもと違うとはいっても、積極的にもほどがある――ポケットの財布に手を伸ばしながら、先斗はその列に入った。
「はいはい……っと」
 案外、列の進みはスムーズであった。あっという間に2人の順番はやって来る。と、受付の女性が口を開いた。
「いらっしゃいませー。大人1人、子供1人ですね?」
「むっ……ちょっとぉ! みぎりんに失礼じゃないおねーさん!」
「はい?」
「みぎりんは子供じゃないもん! どこをどう見たら子供なのさ!?」
 が――子供と呼ばれたことに腹を立てたみぎりは周囲の目もはばからずそんな受付の彼女に噛み付く。本人としても、そういう幼い外見は少々コンプレックスなのだ。気にしないわけがなかった。
 だというのに、受付の無神経な言葉は続く。
「……どっからどう見ても子供なんだけど」
「はぁあ!? お兄ぃ、何この人すっごい失礼なんだけど!」
「って俺に振んのかよ!?」
 いきなり援護射撃を要求された先斗は、恥ずかしさに耳まで真っ赤にして周囲を見渡した。今のやり取りで完全に注目は自分達に向いている。出来れば他人の振りをしてやり過ごしてしまいたいくらいだったのだ。
 だが、こうなってはもうその作戦は使えない――弱気な心をぐっとこらえて、先斗はぼそぼそと小声で援護をしてみせた。
「あ、えぇっとすんません……出来れば大人2人ってことで――」

 が――返ってきたのは、何とも軽い口調の声と馴れ馴れしい呼び方。
「……いや〜、それは無理だね。運び屋さん?」
「え?」
 異変を察知して、2人が受付の顔に改めてよく目を向けるとそれはよく見知った顔。悪戯っぽく微笑む、少女らしからぬ達観した眼差しの自称――
「「あぁっ、お前は……代行屋のぉ!!」」
「やっほー。お元気、なんつってねっ」
 “代行屋”――明石鶴は、にっと微笑んでピースサインを無邪気に作って見せるのだった。

( 2010年08月21日 (土) 13時16分 )

- RES -


[211]W企画ノベライズエピソード 第2話「Aの捕物帳/愛こそすべて」I - 投稿者:matthew

「こ、こんなことが……ッ!」
 氷結した手足は、もう自由にはならない。能力が液状を中心としたものであったことが災いしたのか、アシッド・ドーパントの体はより強固に氷結し、身動きを取れなくさせていた。
『クレイモア、マキシマムドライブ!』
 クレイモアメモリを柄のスロットに装填したサベルが、腰だめにクレイモアクラッシャーを構える。刀身に満ちた冷気が、アシッドの視界に白煙と靄を浮かび上がらせた。
――来る。
逃れるすべも、防ぐすべもない。必殺の一撃を、この後自分は受ける――!
「ぅ、あ、ああ……ッ!」
「……ぉおおおおおお!!」
 大剣を引きずり、サベルが走り出す。引きずった軌跡が溢れる冷気で氷の筋を地面に描き出す。逃れられない結末に戦慄するアシッドへと、冷たい輝きを帯びた刃が迫る。そしてサベルは体を回転させながら勢いで大剣を振り上げ――大上段から一気に叩き降ろした!!
「「クレイモアブリザード――ぉおりゃあああああッ!!」
「ギャアああアあアアアああアアッ!!」
 爆炎が巻き起こり、アシッドを飲み込む。しかし次の瞬間にはその中から緑色のアシッドメモリが弾き出されるように放出され――中空で砕け散っていた。メモリブレイク。ドーパントとなった者の命を奪うことなくメモリのみを破壊する――自らの罪を生きて償えという、優しくも厳しき裁き。
 異形の怪物から元の姿へと戻った麻生マルコは、どさりと雨に濡れた地面の上に倒れこんだ。もう、彼女を怪物へと変えるメモリは存在しない。今度こそ本当の事件の終わりが来たのだ。
 倒れた彼女を見下ろしながら、サベルは――なおも静かに立ち尽くしていた。その左目に、一抹の憐れみを宿して。

――こうして、事件は解決した。
 麻生マルコという幹部を失ったことでWARSは一気に勢力を落とし、各国に潜伏していたメンバーも次々と逮捕され、活動は沈静化していったという。
 しかし、よかったことはそれだけだ。広大な緑に囲まれた庭園という住処を与えられた動物たちはその主を失ってしまったのだ。少なからず本物ではあった麻生マルコの動物に対する愛情は、もう戻っては来ない。
 だが――彼らを愛する者が、いなくなったわけでもないのだ。

「コラ、待てって! 餌いらねぇのかよオイ!?」
 元気に駆け回る数匹の犬達を追って奔走する先斗は、元々豊富だったはずのスタミナさえも使い果たしたのか息を切らしている。しかしその傍らでは、対称的に無邪気に子猫たちとじゃれ合うみぎりの姿があった。
「わわっ、ちょっとやめてってばぁっ。ほらっ! みぎりんは食べ物じゃないんだから、もぉ〜っ! えっへへへ〜☆」
 ここはまさに、そんな麻生マルコに寵愛された動物達の住まう広大な庭の中だ。犬や猫といったポピュラーなペットから、ワニや蛇、鳥といった少々扱いの難しいペットまでが揃っている。これだけの数を1人で面倒を見ていたというのだから、よほどのものだろう。2人は主のいない間、ここの世話をすることになったのである。
「ていうか、何で、俺らまで、手伝ってなきゃならないんだよ、零太さんッ!?」

――それを言い出したのは、零太であった。
「文句言うなよ。自然と触れあい、心を豊かにする。動物達をほっとくわけにも行かないんだから一石二鳥じゃないか。ぶつぶつ言ってると心が荒むぞ?」
「だから、荒んでね――って待てってばォオオオイ!!」
 動物の扱いには慣れたもので、首に蛇が巻き付いていても一切零太は動じていない。その頭を優しく撫でる顔にはむしろ笑みすら浮かんでいる。
 果たして、麻生マルコの行動が本当に動物への愛情から来るものだったのかは未だに零太にも分からなかった。ガイアメモリに魅入られた者には心を歪めてしまう者も多い。もしかしたら、正しい愛情がメモリの毒素に蝕まれてしまったのかもしれない。
 もっとも、それが贔屓目だということは零太も承知している。しかし――少なからず麻生マルコの愛情は理解出来た。だからこそ、その意を汲んで彼はここの世話を決断したのであった。
「心を豊かに……うんうん。やっぱそういうのって大事だよね、雨姐さん?」
 隣にいる相棒に向けて満面の笑みを浮かべ、零太が声をかける。しかし――雨の表情は、どこか引きつった苛立ちを浮かべていた。

「ああ。確かに言っていることはもっともだが――何故私まで手伝わなければならないんだ」
 彼女の両足には、餌をねだって舌を出してしがみつく子犬たち。腕にはエーテルがしがみついて指をくわえている。まるで動物が群がる樹木のようなスタイルを強いられ、雨は困惑と苛立ちの中にいたのであった。しかし零太は拳を強く握って力説する。
「僕は気づいたんだ。あの運び屋の2人の絆の強さを! もっと信頼を深めるためにも、僕らは一緒にいるべきなんだよ!」
 一瞬とはいえ、雨の言葉を信じなかった自分の落ち度を零太は反省してはいた。全面的とまでは行かなくても、もっと強い信頼がなければ相棒たりうる資格はないのだ。
 先斗とみぎり――一瞬恋人同士とも兄妹とも思えなくもない間柄が相棒としての理想ならば、少しでもそれに追いつかなくてはいけない。零太はそう判断し、雨を強引に連れ出したのである。
「それとこれと何の関係がある!」
「大体、雨姐さんはまず外に出なさ過ぎなんだ! もっと外の空気を吸わなきゃ心が腐っちゃうよ!」
「バカを言うな! 腐った心で神に仕えられるわけがないだろう!」
 だが、雨はまるで退く気配がない。そこで零太は――彼女の痛いところをついてやることにした。
「……ただの興味本位で始めただけで、そんなに信心深くもないくせに」
「ぬぐっ!」
 シスターという表向きの職業は、雨にとってはただのお飾りのようなものだ。神に対する熱心な信仰心があるわけではない。
 言葉尻を逃さず掴んだ零太の発言に、わなわなと震えだす雨。
「い、言わせておけば生意気な……この――」

――しかし、そんな彼女の頭上に不運はさらに落ちてきた。
 べちゃり、と。

「――っ!?」
 その嫌な感触に、雨は一瞬で顔面蒼白になる。そして隣の零太は、戸惑いとも笑みともいえぬ、とにかく何とも不愉快な表情になって口を開きかけた。
「あ、雨姐さん……あ、頭に鳥のフ――」

「言うな……それ以上言うなぁあああああああああああああッ!!!」

 雨の悲痛な叫び声は、木々に止まっていた野生の小鳥達を容易く追い払ってしまうのであった――


Q.E.D
→To The Next Episode

( 2010年08月19日 (木) 10時27分 )

- RES -

[212]あとがき&次回予告 - 投稿者:matthew

 と、いうわけでサベル編でした。

 今のところ全ライダーと一応のつながりを持っているのがデュアルという状態のようなので、今後もデュアル組を中心にしつつ話を造っていこうと思います。ちなみに原案はなりチャ用の没シナリオでした。
 とにもかくにも動物愛!なレフトなんですが、雨は対称的に書くのが難しいですね。ちょっとアクティブさが増してるようだったので。話運び上仕方ないといっちゃ仕方ないんですが……乖離してしまった気はします。反省。
 しかし、事件モノというスタンスは小説に向いてますね。これはひしひし感じました。是非皆さんも、書いてみてはいかがでしょうか?

 さて、それでは次回予告に移ります!


次回、W企画ノベライズエピソード!

「頼まれた仕事は何でもパーフェクトにこなす、それが代行屋さっ!」

「この建物は俺が占拠した! 人質を解放して欲しけりゃ運び屋を呼べぇッ!!」

「なんか調子狂っちゃいそぉ……」

「相棒代行、任せたはいいけど……大丈夫かあのコンビ?」


第3話「危険なF/千の顔を持つ女」
これで決まりだ!

( 2010年08月19日 (木) 10時37分 )


[210]W企画ノベライズエピソード 第2話「Aの捕物帳/愛こそすべて」H - 投稿者:matthew

「はぁあっ!」
 抜刀したブレードムラサメを構え、サベルがアシッド・ドーパントへと走り寄る。しかしデュアルははっとしてその背中に声を投げた。そう、今のアシッド・ドーパントは前のものとは違う。本来の能力を取り戻した敵の発する酸の強さは以前の比ではないのだ。
「ダメだ、奴に接近戦は効かねぇ! 刀でも触れたら……!」
 先ほどの自分が負った傷を思い出し、叫ぶデュアル。しかしサベルはそれでも迷わなかった。悠然と立つアシッド・ドーパントの胸に――思い切り刀を振り下ろす!
「そっちも忘れるなよ、でやぁっ!」
「ギャアッ!?」
――切れた。刀身には異常もない。ブレードメモリに秘められた刀剣の記憶を極限まで引き出したその切れ味は、一切の疑いの余地すら抱かせないものだったのだ。
「僕たちに、切れないものはないってことをさッ!」
「グッ!?」
 返す刀もアシッド・ドーパントを後退させ、思わぬ恐怖で先ほどまでの自信を根こそぎ奪い取る。サベルはそのまま押し切るような連続攻撃を繰り出していった。
「はぁっ、ふん……でぇやっ!」
「アァッ! バ、バカな……私の体に傷を、グッ!?」
 酸を膜のように身に纏っての防御もまるで通用しない。いや、その酸の膜をも敵は切り裂いて肉体に刃を届かせているのだ。予想以上の敵の戦力にアシッドの脳裏に戦慄が走る。
――このままでは計画どころの問題ではない。遂行前に自分がやられてしまうのがオチだ。そんなことは絶対に出来ない。この身に代えても目的だけは果たさなくてはならないのだ。あれだけ苦労して、ようやく戻ってきたメモリの力を無駄にするわけにはいかないのだから。
「クァアッ! ヌ……ク、こうなったらッ!!」
 体を切り裂かれながらも、アシッドは残った力を右手に集中させてひときわ強烈な酸の塊を作っていく。そして渾身の一撃がその胴を捉え、体が吹き飛ばされていく一瞬を――アシッドは捨て身の好機に変えた。
「今だ、ハァアアアッ!!」
 錐揉み回転しながら飛んでいく中で空に向けた右手から、巨大な酸の塊を天空に放つ。塊は一瞬で天高くへと飛翔し、空中で無数の雫へと分裂した。そう――強烈な“酸性雨”だ。
「わわっ、探偵さん!」
 デュアルの右目が慌てて点滅する。肉を切らせて骨を断つ、というやつか――目的を達成しようとする執念に、デュアルと同化したみぎりは戦慄した。倒れこみながらアシッドはそれでも歓喜と確信に満ちた高笑いをあげた。
「アハハハッ、もう遅い! これで何もかも終わりよ――!!」

 しかし、そこに響いたのは冷静な雨の声であった。
「いや……残念ながら全て予測済みだよ」
『フリーズ!』『クレイモア!』
 刀を手放したサベルが、2本のメモリを起動させてドライバーに挿入して展開する。するとその左右の半身は、水色と金に区切られたものへと変化し――背中に大剣が出現した。
 クレイモアクラッシャー――その柄に右手をかけたサベルが渾身の力で体をひねる。大剣を扱うために特化した豪腕が唸るかのように空を切り、体ごと回転させながら抜き放った斬撃は冷気を帯びた剣風の竜巻を生み出した。
「ぅうおおおおおおおッ!!」
「な――ッ!?」
 突風のように襲い掛かる冷気が、空で分裂した雫を一瞬で凍結させる。無論それだけではない。地上にいたアシッドの体をも冷気の奔流は巻き込んで、氷結させていったのだ!

( 2010年08月18日 (水) 14時22分 )

- RES -


[209]W企画ノベライズエピソード 第2話「Aの捕物帳/愛こそすべて」G - 投稿者:matthew

 零太の姿を認めたアシッド・ドーパントは右手に溜めていた酸の塊をするりと体内に呑み込んで肩をすくめた。その声に、失望の色が混じる。
「残念だわ、探偵さん……あなたなら私の考えを理解してくれると思ったんだけど。その様子だと違うみたいね」
「ああ。最初は僕も理解してたつもりだった。でも……今は違う」
 雨脚が強まり、草木がざわめく。その中を、零太は力強い足取りで歩き出した。体を打つ雨の強さにも構わずに。
 そう、同じく動物を愛している“はず”だからこそ気づくことの出来た違い――自分との間に見える決定的な差を、零太は戦う意思に変えていた。もはや、迷いはない。
「あなたのそれは愛情じゃない。あなたの心は荒んでる……何かを愛せる心があるなら、そんな風に心は荒んだりなんかしない!」
「違うわ。これは愛故の憎しみよ。それが分からないようじゃ……言葉は通じないようね!」
 アシッドが臨戦態勢に入り、右手を零太に向ける。しかし零太は動じなかった。雨に濡れた野球帽のつばの下、零太の目が怒りに燃え上がる。
「違う! そんなのが……そんなのが愛情であってたまるか! その憎しみは、ここで僕が断ち切ってみせる!」

――と、そんな零太の頭上に黒い傘が覆いかぶさった。
「――僕が、じゃない。僕たちが、の間違いだろうレフト?」

「雨姐さん!」
「こんなことだろうと思ったが……まあ合格としておくよ。一応は行動したわけだしな」
 いつの間にか追いついてきたルーズなジャージ姿の雨が、零太に差し出した傘の下で気だるげに微笑む。その青い瞳は全てを見透かしたかのように“相棒”を映していた。
「……ごめん、電話勝手に切って」
「気持ちは察している。そう気にするな、今はそれよりも先にやるべきことがある……だろう?」
「ああ……そうさ!」
 雨から傘を力強く受け取って、零太はサベルドライバーを懐から取り出した。彼らの心はすでにひとつだ。ドライバーを装着するまでもなく揃った心は、響く雨音の中に手の中のガイアメモリの声を強く轟かせた。
『マッハ!』『ブレード!』
 傘が、放られて空に舞い上がる。その刹那に状況を察知したアシッドが掌から酸の塊を2人に向けて放つ。
「「変身!!」」
『マッハ、ブレード!!』
 2人を覆い隠すように落ちてきた傘は酸を浴びて一瞬で白煙と共に溶けてなくなった。 しかし次の瞬間に煙の中から見えてきたのは、草むらの上に倒れこんだ雨と――サベルへと変身を遂げた零太が腰の刀を抜き放つ姿だった!
「「その罪の連鎖……ここで断ち切るッ!!」」

( 2010年08月18日 (水) 13時43分 )

- RES -


[207]W企画ノベライズエピソード 第2話「Aの捕物帳/愛こそすべて」F - 投稿者:matthew

 ガイアメモリ。そこに内包されている「地球の記憶」は様々だ。生物、無機物、果ては現象や感情に至るまであらゆるものを再現することが出来る。その再現性はメモリを使う人間との適合率次第ではあるのだが――何故だかこの『ACID』のメモリに彼女は運命的な出会いを感じずにはいられなかった。
 事実、このメモリを使用した彼女は何ともいえない一体感を体感した。まるで最初から体の一部であったかのようにすんなりとエネルギーが馴染み、一切の苦痛も違和感もなくその能力の全てを引き出すことが出来たのである。そして、その能力の真価に気づいた時彼女はある計画を思いつき、実行することを決めた。
 愚かな人類に天罰を下す、そのチャンスが遂に巡ってきたのだ。これはその天命を果たすためのものなのだと――彼女は、確かに確信していたのだった。

 街外れにある、小高い山の上の水面が丘展望台――上空を覆う雨雲を見上げながら、麻生マルコはこれから訪れるであろう“その時”への歓喜に身を震わせる。いよいよ、天命を果たす時が来た。自らの愛する動物達にささげる世界を、この手で創造する時が来たのだ――!
「――そこまでだ麻生マルコ! 悪いが、アンタの贈り物はこの街には届けてやれねぇな!」
 と、そこに現れたのは青と白の半身を併せ持つ姿のデュアル――ウェイブストライカーだ。街にはびこる都市伝説の英雄の名前を聞き知っていた麻生は、振り向きながら手にしたメモリを握り締め、返す。
「邪魔をするな、仮面ライダー!」
『アシッド』
 メモリが起動し、麻生の首筋に黒い四角形のタトゥーのような生体コネクタが浮かび上がる。そこにあてがわれたメモリは飲み込まれるように彼女の肉体へと入り込み――緑色の気泡を全身に浮かび上がらせながらその肉体をアシッド・ドーパントへと変容させた。
 外見こそエーテルが変身した時と差はないが、能力が増大していることはもちろん先斗も把握している。油断なく身構えたデュアルは、それでも先手必勝といわんばかりに左の拳を繰り出した。
「へっ……そりゃあ!」
 が、アシッド・ドーパントはそれを避けない。立ち尽くしたまま黙ってその拳を受け――刹那、デュアルの拳から煙が焼けるような嫌な音と共にあがった。
「ぅあっちぃ!?」
「お、お兄ぃ!?」
「こいつ……体中が酸になってやがる!」
「その通り。あなたたちは私に指一本さえ触れられないのよ」
 エーテルの時には見られなかった、酸の特性を利用した防御法。本来のメモリユーザーであるからこその応用だ。左拳を押さえながらデュアルは敵を睨みつけて舌打ちをした。思惑は読めているのに、それを止められないのが何とも歯がゆい。
「そう、あなた達にはそこで黙って見ていることしか出来ない……これから私のすることを」
「雨……酸性雨を街に降らせるつもりなんだな、アンタは」
――酸性雨。大気の汚染等によって引き起こされる自然災害のひとつである。実際、世界に目を向けると著名な建造物などがその被害に遭い、ドロドロに溶かされた様子を収めた写真なども先斗は教科書で見た記憶があった。
「ふふ、よく気づいたわね。まあ気づいたところでどうしようもないのだけど」
 恐らく、そんな実例以上のことを彼女はしようとしているのだろう。近づけないデュアルを尻目に、右手を空にかざしながらアシッド・ドーパントは恍惚と言い放つ。
「愚かな人類の文明を淘汰して、自然に溢れた動物達の世界を取り戻す……これはそのための力よ」
 だが、その言葉通りにはならないことも同時に先斗は把握していた。
「違う! そんなことをしたら自然まで台無しになっちまう! アンタのやろうとしてることはその動物達の世界まで滅ぼそうとしてることになるんだぞ!」
「フン! 愚かな人間を守るための方便にしてももっとマシなことを言いなさい!」
 だが、デュアルの言葉ももはや彼女には届かない。怪物と成り果てた彼女の状態を察知し、みぎりが声を発した。
「ダ、ダメだよお兄ぃ。メモリに完全に心を支配されちゃってる……!」
「くそっ!」
「気が変わった。まずはその身で味わうといいわ……このメモリの真の力を!」
 デュアルに意識の矛先を向けたアシッドが手をかざし、右手の中に酸の塊を生み出す。今度は以前の比ではない、触れれば一瞬で全身が溶かされて終わりだ――メモリチェンジの隙がないことを察知したデュアルが、思わず目を伏せたその時だった!

「――やめろ麻生さんッ!!」

 ぽつり、と空から滴が落ちる。酸性雨ではない、ただの雨だ。響き渡った悲痛な叫びに2人が動きを止める。
 降り出した雨と共に2人の下にやって来たのは――傘も持たずに悲しげな目でアシッド・ドーパントを見つめる零太であった。

( 2010年08月10日 (火) 14時22分 )

- RES -

[208] - 投稿者:壱伏 充

 話の主旨と違ってしまうことを承知で言っておく!

 即座にハンターになればいいじゃないかデュアル!(爆)

( 2010年08月10日 (火) 23時54分 )


[206]W企画ノベライズエピソード 第2話「Aの捕物帳/愛こそすべて」E - 投稿者:matthew

 一方的に電話を切った零太の様子に全てを悟った先斗は、静かにその横顔に語りかけた。
「……麻生さんなんだな、黒幕は」
「嘘だ……雨姐さん、何でそんなことを俺に……」
 零太は、その真実を認められずにうろたえている。雨にとってそれは予想していた事態ではあったのだが、それでもここまでの動揺は想定していなかったに違いない。電話の内容から大方の事情を察した先斗は、ため息をついて口を開く。
「……アンタを。相棒を信じてるからだろ。アンタなら何とかするはずだって」
「違う! こんなのは嘘だ……信じられるか!」
 それでも、零太は動かない。しびれを切らした先斗は、彼の襟首を掴んで怒鳴りつけた。
「だったら誰が相棒を信じるんだよ!」
「!!」
「俺はどんなことがあってもみぎりを……相棒を信じる。たとえそれがどんな残酷なことだとしても、絶対に逃げたりなんかしない。そんなことをしたら、俺を信じてるあいつに顔向け出来ねぇからな」
 先斗とみぎり。零太と雨。自分達に共通していることはつまり――“2人で1人の仮面ライダー”であり、かけがえのない相棒という存在があることだ。その根底には、揺るぎない絆がある。それだけはきっと同じだと、先斗は信じていた。
「……あの人はアンタを信じてるんだ。アンタが信じなくてどうする!」
「……」
 零太は答えない。信頼――相棒である雨に対する想いをとるべきか、自分の目で見た麻生マルコという人間の表の顔をとるべきか、その狭間で心が揺れているのだ。
 先斗は手を放すと、懐にしまっていたデュアルドライバーに手をかけた。もしもの時には、もちろん“これ”が必要になる。事態が一刻を争うというのなら、もたついている暇はない。
「……俺は行くぜ。これがみぎりが掴んだネタなら、信じないわけにはいかねぇ」
「……」
「それにな。ここは俺の生まれた街だ。たとえ誰が守らなくても、俺だけは絶対に守るって決めてるんでね……!」
 自転車で鍛えた両足で、先斗は迷わず今来た道を引き返す。街に訪れるであろう危機を防ぐために、全速力で。
 その背中を茫然と眺めながら――零太はまだ、動けずにいた。

 先斗が麻生邸に再び到着した時には、もう豪邸の灯りは全て消えていた。薄暗くなった夜の闇がそれを強調し、先斗の脳裏に悪い予感を巡らせる。
「くそっ、一足遅かったか!」
 しかし、問題なのは実際に彼女があのメモリを使って何をしようとしているのかが謎のままだということだ。本来のユーザーがメモリの力を使った場合の増大具合は、経験上先斗も理解している。エーテルが変身した時の記憶を掘り起こしても、その通りになるということはまずありえない話だ。
(あのメモリは酸のメモリ……けどそいつを一体どう使うつもりだ? いや、むしろどこまで“出来る”んだ……?)
 考えれば考えるほど、答えが見えない。さすがにヒントが少なすぎた。闇雲でも麻生の行方を捜している足を止め、先斗が天を仰ぐ。
「……げ。怪しい雲行き……マジかよ、降るのかよ雨……」
 空には灰色の雲がかかっていた。そういえばTVの天気予報で今日から天気が荒れるというようなことを言っていた気がする。さすがに雨に打たれるのはいい気分ではないのだが――

――雨?

「……そうか。そういうことか!」
 何気なく口にした言葉を引き金に、脳裏に浮かぶあるひとつの仮説。もしそれが本当なら、間違いなく街はパニックに陥る。状況はかなり最悪だ。先斗はすかさずドライバーを装着した。
「みぎりっ! 変身だ!!」
「え、なに!? 分かったのお兄ぃ!」
「ああ、バッチリはっきり分かったぜ相手の目的が!」
『ウェイブ!』『ストライカー!』
 2人が手にしたメモリが叫び、内蔵された地球の記憶を起動させる。つながった意識でメゾンギャリー内の相棒と呼吸を合わせた先斗は、足を止めることなくデュアルへと変身した!!
「「変身!!」」

( 2010年08月10日 (火) 13時25分 )

- RES -


[205]W企画ノベライズエピソード 第2話「Aの捕物帳/愛こそすべて」D - 投稿者:matthew

「はぁ〜っ、やっぱり動物はいいなぁ〜。癒された気分だよ」
「俺は……もう、いい……」
 日も暮れた頃、満足げな表情で背伸びをする零太の隣で先斗はがっくりと対称的に肩を落としていた。麻生邸の動物達を一通り見て回って、どうやら疲労が蓄積してしまったらしい。しかし零太は呑気に先を歩く彼の背中に声をかける。
「おいおい。少しは先斗も自然と触れ合う機会を見つけたほうがいいんじゃないか? でないと心が荒んじゃうぞ?」
「余計なお世話だよ。そんなことしなくても俺の心は荒んでません」
 動物の存在は心を豊かにする――それが動物を愛する零太の持論だ。たとえ何を誰に言われてもその持論は決して揺らがない。故に零太は考える。先斗が荒んでいないというのなら、心を荒ませない何かが彼のそばにあるはずだ。と、いうことは――
「……あ、そっか。いたな先斗にも」
「へ? 何のこと?」
 足を止め、何のことか分からずに目を白黒させる先斗。だが零太はぽんと手を打ちつつも、すぐに頭に浮かんだ考えを否定した。
「あっ、でもそりゃひどいだろ先斗! 一緒に暮らしてる彼女を動物扱いなんてそんな!」
「バッ、ど、動物扱いなんかしてねぇよ!」

「……あれ? 彼女のほうは否定しないんだ」
「――ってそっちも間違いだったそうだそうだ!!」
 一瞬時間が静止したかのような静寂の後で、うっかり口走った先斗の言葉尻を掴む能天気な零太。先斗は何故だか顔を真っ赤にしてそんな彼に食って掛かろうとしたのだが――その時。
「おい、何かすっげぇ誤解されてるみたいだけど俺とみぎりはなぁ……!」
「……あ、ごめんちょっと電話入った」
「シカトかよ!?」
 ポケットから聞こえてきた携帯の着信音に、零太はマイペースに平然とした態度で通話ボタンを押した。ディスプレイに表示された名前は「雨姐さん」。大事な相棒からの電話である。
「もしもし、どうしたんだよ雨姐さん?」

「詳しい話は後でする。レフト、単刀直入に聞くが君は今どこにいる?」
 どこか切迫した様子で携帯を持つ雨の後ろでは、箱からティッシュを何枚も取り出している真っ赤な鼻のみぎりがいた。
「ふぇっ……くちゅんっ!! ぅぅ……風邪ひいちゃったかなぁ」
 誰かが噂をするとくしゃみが出る――そんな迷信に果たしてみぎりが思い当たっているかはまた別の話として。それとは対称的にシリアスな雨の語調に零太は少しだけ焦りを浮かべる。まさか、何か帰ったら仕事を言いつけられるのではないかと。
「え、ええっと……今仕事終わって、麻生さんとこから帰る途中なんだけど。あでも今日は帰ってからゆっくり休みたいし手伝いは勘弁して……」
 ところが、その予想はまんまと外れていた。雨が口にしたのは、零太のそんな考えを吹き飛ばす衝撃的な内容だったのだ。
「そうか。なら今すぐにとって帰すんだ」
「え? それ、どういう……」
「麻生マルコ。……恐らく、彼女が本来のメモリの持ち主だ」
「な……んだって、麻生さんが!? 何を根拠にそんな!」

「運び屋がエーテルにマキシマムを直撃させてもメモリはブレイクされなかった。つまりそれは本来のメモリユーザーがあの猿ではなく別にいたから、肉体とのシンクロが甘かったからだ。それに途中で現れた炎のドーパントが別に持ち主がいることをはっきりと明言していたのを私は記憶している」
「だ、だからって何で!」
 驚く零太の声を聞きながら、雨は自分が口にしている推論がいかに零太にとって残酷なものかをひしひしと感じていた。同じ動物好きとして共感していた相手が真の黒幕だというのだから、それは無理もない話だろう。だがかといって真実から目を背けるのはありえない。だからこそ、どんなに残酷でも真実を告げることを己に言い聞かせて、なおも雨は続ける。
「麻生マルコの素性について色々と調べを進めてみたんだ。彼女には裏の顔がある……WARS(ウォーズ)という過激派の動物愛護団体の幹部として、彼女は世界各地でテロを起こしていたんだ」
「テロ……あ、麻生さんが?」
「Worldwide Animal's Relationship Society、通称WARS。動物愛護を掲げてはいるが、実態は自然開発や狩猟を行っている各国に対して武力を持って反抗している団体だ。そのテロでの死傷者も少なくない。表向きにはその経歴は伏せられてはいるが……何にせよ、危険人物であるのは確実だ」
 一気に雨から告げられた衝撃的な内容に、零太はフリーズした機械のように一切の動作を停止させる。どう見ても、あの温厚そうな彼女がテロリストの幹部だとは考えられない。いや、そもそも動物が好きな人間に悪人はいないはずなのだ。だったらそんなのは嘘に決まっている。ありえない――
「何かの……何かの間違いだよそんなの。そんなの、あるわけ……」
「恐らく彼女はメモリを購入してこの街で何かをするつもりだった。それが何らかのアクシデントでエーテルがメモリを飲み込んでドーパントになり家からいなくなった」
「嘘だ、嘘だ……!」
「私達に依頼したのはエーテルだけでなくメモリも確保するため、そしてメモリが元通り彼女の手に戻った以上、行動を起こさないはずがない。早くしないと――」
「嘘に決まってるだろそんなのッ!!」

――電話が、途切れる。それは零太の怒りと絶望の証。
 再び訪れた静寂に、雨は顔をしかめて呟いた。
「……あのバカ……!」

( 2010年08月10日 (火) 12時46分 )

- RES -





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