【雲の守り神】
今日も僕らの村は、静かに生活を送っている。最近、各地で小さな村や町などの襲撃事件が頻発しているという話をよく聞いていたが、そんな中でも僕らは、少なくとも他の村々よりは安心して生活を送ることができていた。だがそれには当然ながら理由がある。僕らの村には、守り神がいた。盗賊等の輩が村を襲撃してきた時に何処からともなく雲のように現れ、そんな輩を追い払って何処へとなく去ってしまう、それは大きな、雲のように真っ白な守り神が・・・・・・。
今日も僕、ロバート・アーヴィンは、長年使い込んだオンボロのバイクを駆り、僕以外誰も知らない場所へと出かける。たまに村のおじさん達に見つかって、「やあ、どこへいくんだい?」等と聞かれることはあるが、その度僕は「ははは、秘密の場所さ。教えられないよ」等と適当に答えて、なかなかかからないオンボロバイクのエンジンを吹かす。
山を2つ3つ越えた深い森の中に、それはあるのだ。
―――――僕には、父がいなかった。母が言うには、父は軍人であったらしい。誇り高きガイロス帝国軍輸送部隊の将校。だがその父は、僕がまだ3歳だった頃、ある任務に就いて戦場に出て行ったきり戻っては来なかったと言う。僕は顔や声などはっきりとは覚えていないのだが、母は勇敢で頼もしい人だったと毎日のように言っている。
そして今から2年前の落ち葉が舞い散る秋、僕はそれを見つけた。初めはそれが何なのか全くわからなかった。巨大な白い壁。端のほうは木々に隠れてよく見えなかったが、草を掻き分けその白い壁に沿って歩いてみると、入り口のようなものがあった。そして惹かれるように中へと入っていく。すると中には何かの機械が壁一面に広がっていた。
「これは・・・・・・」
思わず声に出してしまう。幸いにも僕は電気技師をやっていた為、それが何なのかは多少の見当がついた。慌てて外へと駆け出し、その白い壁を遠くからもう一度眺めてみる。
「ホエール・・・キング・・・白い、ホエールキングだ!」
その巨大な白い壁は、帝国軍が輸送の際に使用する巨大輸送艦、ホエールキングだった。
―――雲のように・・・白い・・・守り神・・・・・・。
そして再び中へと駆け込み、中を見渡す。何十年とこの場所に放置され続けていた機体なら、シダなどの植物が内部の機械にまで絡んでいるはずである。が、このホエールキングの内部にはそんな様子は見られなかった。ふと、今までは興奮して気が付かなかったのだろうか、正面に大きなモニターがあったことに気が付いた。そしてその前にはこの巨体に合わない小さな操縦桿。こう見えても僕は技師だ。腕利きというわけではないが、基本的な機械のいじり方は多少頭に入っている。とりあえずモニターを起動させようと、あちこちを確認、調整する。どこにも異常は無いようだ。そして惹かれるままに電源スイッチを入れる。すると、そこにはこの機体の艦長と見られる男性の映像が映し出され、モニター上でその男性は話し始めた。その映像を見ると男性は片手で腹部を押さえている。傷でも負っているのだろうか。
『私は・・もう・・・駄目かもしれない。傷が深い・・・。こんなことなら、妻に、息子にもう少しちゃんとした別れ方をしてくればよかったよ・・・そのことだけが悔やまれる・・・。だが、私とてそう簡単に死にたくは無い・・・どこかで養生して、きっと『お前』のもとへ戻ってくる。そうしたらまた私と共に飛び立とう。ただし、もう軍はやめだぞ・・・・・・。これ以上家族に心配ばかりかけるのは気が重い。だから、それまで『お前』は私の村を守っていてくれないか・・・。今はこんなご時世だ。何が起こってもおかしくはない・・・。私は必ず、必ず戻ってくる。それじゃあ、頼んだぞ・・・・・・』
映像はそこまでだった。やはりこのホエールキングは・・・雲の守り神。こうして今まで、僕らの村を守ってくれていたのだ。そしてあの映像の人物は・・・母から聞かされていた言葉を思い出し、もしや、という期待とも不安ともわからない感情が湧き上がってくる。その勢いで一度外へ出ようとした時、足が何かに当たり、チャリンという音が響いた。キーホルダーのようなものだろうか。少し不安げながらそれを拾い上げてみると、そこにはいくつかの文字が刻まれていた。
『フランツ・アーヴィン』
それを見た途端、今の今まで抱いていた疑惑が確信に変わった。
「父さん―――」
それを握り締める手に一層力が入る。いつの間にか目から二筋の涙が溢れ、頬を伝っていた。それを拭い去り、握り締めているものを再び見てみると、そこには茶色い・・・血が乾いたようなものが付着している。間違いない。さっきの映像の男性は・・・・・・。
「君も・・・父さんの言いつけを守って、今までずっと村を守り続けてきてくれたのか・・・・・・」
そう言って、僕はモニターパネルを優しく撫でた。
「頼もしいな。君のような奴が僕らの村を守ってくれているなんて・・・あれから20年・・・父さんは・・・帰ってきたかい?」
当然ながらこれだけの巨体を持つホエールキングは何も答えない。だがその時、今まで20年間誰にも会わなかったであろうこの守り神の意志が、どこからか伝わってくるような感覚が、僕にはあった。
「そうか・・・じゃあ・・・また来るよ・・・」
しばらく感慨に浸っていた僕は、思い立ったようにすっくと立ち上がると、その場所を後にした―――――
それから2年。毎週欠かさずに僕はこの場所に来ている。長く手入れをされていなかったその機体を掃除したり、メンテナンスをしたり・・・だが、これだけの大きさだとさすがに疲れる。一人ではとてもできたものではない。だが、何度も何度も同じことをしているうちに、気が付いた時にはそれが僕の一番の楽しみとなっていた。
あれからも一度、盗賊が村を襲撃してきたことがあった。それも旧式のゴドス、カノントータス等で構成された村の自警団だけではとても撃退しきれない規模。村人達は逃げ惑い、自警団は必死の抵抗を続ける。だがそこへ、やはり雲のように真っ白な『彼』が現れた。空を覆い隠してしまうようなその雄大な姿に村人達から歓声があがる。それを見た盗賊達には村に大規模な援軍が現れたと思ったことだろう。『彼』が一声、盗賊達に向かって咆哮すると、怖気づいたように逃げていく。そして盗賊達が完全に逃げ去ったことを確認すると、『彼』は、その守り神は再び元の場所へと帰っていくのだった。
そして今日も、僕はこの場所に来て、掃除、メンテナンスに専念する。たまには休憩を入れ、家から持ってきた紅茶を啜りながら、遥かに大きな『彼』の顔と面と向かってお茶をしたこともあった。当然、彼は紅茶を飲むことはできないが、それで僕もいい気分になることができたし、『彼』もその度にどこか笑いかけて、その時間を楽しんでくれているようにも見えた。
こんな幸せな時間がいつまでも続けばいい、といつも思っていた。だが、それは唐突に訪れた事件を境に、二度と訪れることはなかった・・・・・・。
僕がいつものようにこの場所を訪れ、彼との時間を過ごしていたその時。村の外れに突然、爆音が響き渡った。それと同時に十数体ものゾイドが雪崩れ込んでくる。レッドホーン、レブラプター、セイバータイガー。一瞬にしていくつもの家から炎が上がる。突然のその出来事に慌てて自警団がゾイドに乗り反撃を試みるが、相手の素早い動き、的確な攻撃の前に自警団のゾイドは次々と崩れ去っていく。自警団の一人が倒れる寸前、襲い来るセイバータイガーの頭部に、ある紋章が貼られているのが微かに見えた。
「ドラゴンに剣・・・ガイロス・・・帝国・・・・・・」
その言葉を最後に、その自警団員の駆るゴドスは崩れ去った。そう、この村を襲ったゾイド群は、正規のガイロス帝国軍そのものだったのだ。鍛えられた正規の帝国軍が相手では、自警団は敵うはずもない。誇り高きガイロス帝国軍と人は言うが、軍人の全てがそう思っているわけではない。本来守るべき国民の村を襲う・・・稀ではあったが、何かと不満を持った心無い一部の下級軍人により、財産目的に一般人の町や村が襲われることがあったのだ。
その頃僕は、いつものように『彼』の整備に勤しんでいた。山を2つ3つ挟んだこの場所では村の騒ぎが聞こえるはずもなく、何も知らない僕は彼と楽しい時を過ごしていた。だが、突然入り口となっていた外部ハッチが閉じたと思うと『彼』は凄まじいまでの咆哮を上げ、大空へと飛び立った。僕が少しの間何が起こったのか解らずに戸惑っていると、不意に目の前のモニターが点き、そこには目を疑う光景が映っていた。立ち上る黒い煙、逃げ惑う人々、次々と打ち破られていく自警団。『彼』はこの事態に反応したのだ。父さんの言葉にもあったように、この村を守る為に。
ふと、目の前の操縦桿が目に入った。再びモニターに視線を戻すと、炎上する村がどんどん近づいてくる。気がつくと、僕は操縦桿を握っていた。何故だかわからないが、操縦の仕方、各部の機能が手に取るようにわかる。続いて無意識に手前にある赤いスイッチをカバーとなっているガラスを割って叩き押した。すると、ギシギシという機械の軋む音を立てながら、『彼』の頭部にあるハッチがゆっくりと開き、中から巨大な砲身が姿を現した。ASZエレクトロンマスドライバー。元々敵基地に直接攻撃を仕掛ける為の巨大砲塔。その威力はその大きさからも察しが付くように、ゴジュラスキャノンとは比べ物にならない、この巨体だからこそ装備できる桁違いの兵器だ。
「皆さん、そこから離れてください!!」
スピーカー越しに村全体に響き渡る程の声量で叫ぶ。
だがその瞬間、無数の砲弾がホエールキングの機体を襲った。当然ながら、これだけ巨大なゾイドの接近に村を襲っている帝国軍が気付かないはずはない。新たな敵の接近に、砲撃を加えてきたのだ。そんじょそこらの盗賊であればこれだけ巨大な機体が近づくと恐れおののいて逃げていくものだが、今度の敵は正規の帝国軍だ。対応の仕方、攻撃の際のコンビネーション戦術等は盗賊とは比べ物にならない。いくらホエールキングとはいえ、これだけの集中攻撃を連続して受け続けたら持ちこたえることができる保証はない。機体のあちこちで爆音が響き、煙が上がる。だが、僕と守り神はそれに怯むことなく突き進んだ。立て続けに砲撃が繰り返され、機体が揺れる。普通ならばこんな状況で照準を定めることは難しいだろうが、この時の僕は冷静だった。『彼』の意識が頭の中に流れ込んでくるようだ。何かに取り付かれたように素早く照準をロックし、ゆっくりと、操縦桿のトリガーボタンを押した。
ドオオオオン―――
一瞬、凄まじい閃光が発せられ、大地を揺るがす轟音が山いくつ分にも響き渡った。それからしばらくの時間が経ち、煙が晴れたその場所には、砲撃によってできた半径100メートル近くにも及ぶクレーターと、吹き飛ばされた数々の帝国ゾイドが横たわっていた。着弾した中心部近くにいたゾイドはほとんどバラバラに吹き飛び、原型をとどめている機体はない。そして、再び静けさが戻った・・・・・・。
その事件が終結を見ると、『彼』はまた元の場所へと向かった。砲撃で機体の各部がやられたせいか、どこかぎこちなく着陸する。その時僕は気を失ってしまい、その場に倒れ込んでしまっていた。どれだけの時間が経ったのかはわからないが、『彼』と僕はその場に戻ってきている。ハッと我に返り、慌てて外へ飛び出すと、『彼』の体のあちこちから煙が上がっていた。
「あぁ・・・随分やられたな・・・すぐに直してやるからそこで、待っててくれ!」
そう彼に向かって叫ぶと、僕はずっとそこに停めてあったオンボロバイクに跨る。そしてなかなかかからないエンジンを吹かして走り出そうとした、その時だった。『彼』がいきなりいつも僕の為に開けてくれていたハッチを閉じて、大きなエンジン音を響かせ、周りの草木をそれによって起きる風で大きく揺らしながら大空へ舞い上がったのだ。
「お・・・おい、どうした!?何処へ行く?その体で何処へ行くつもりなんだ!」
僕はそれに驚いて、やっとエンジンのかかったオンボロバイクからよろめきながら飛び降り、飛び上がろうとしている『彼』のもとへと駆け寄って叫ぶ。だが『彼』は何を応えることもなく飛び上がると、痛々しい傷からもうもうと煙を吐き続けながら大空の彼方へと消えていってしまった。
その『彼』が消えていった空。その時僕は何が起こったのか、わけもわからずその場にただ立ち尽くし、その空を呆然と眺めていることしかできなかった・・・・・・。
そして、それから6年の月日が流れた。あれから僕は村を出て、フリーの運送屋を始めた。『彼』とはまた別の機体だが、白く塗装したホエールキング、新しい相棒と共に・・・・・・。
あれ以来、『彼』が僕の前に姿を現すことは無かった。だが、こうして雲の間を飛んでいると、どこからかひょっこりと『彼』が現れるのではないか、と僕は今でも思ってしまう。
―――『彼』はどこへ行ってしまったのだろう・・・。
―――もしかして・・・元気になった父さんのもとへと帰って行ったのではないだろうか。
―――こうして世界の空を飛び続けていれば・・・いつか、『彼』と父さんに会えるかな。
と、僕はいつもこんなことを考えている。この遥かな大空の彼方に、いつも微かな希望を掛けている。
このかつて『彼』も飛んだであろう何処までも広がる大空を、飛び続けながら。