| [260] 『聖マルタンの夏祭り』(星の子供編)〜2 |
- マリムラ - 2004年12月02日 (木) 03時14分
外へ出てはいけないよ。 太陽なんて眩しいものを見たら、目がつぶれてしまうからね。 どうせ人はオマエを見やしないんだ。 人は見たいものしか見ないからね。
何かある度、爺ちゃんはそう言っていた。 アレは口癖だな。口調まで真似して言えるモンね。
大体、爺ちゃんはうるさいんだよ。いつも細かい規則でボクを縛り付けてばかり。 ココにだって、朝は来るんだよ? といっても、ヒカリゴケを活性化させただけの、紛い物の朝だけど。 そしてボクはココで育った。人が存在すら知らない巨大な地底湖で。 ココがボクの故郷。穏やかで、刺激のない箱庭。
口うるさい爺さんだけど、話を聞くのは嫌いじゃない。 向こうは忘れてしまっただろうけど、忘れられない言葉が時々あるんだ。 その言葉に惹かれて、ボクは外の世界を夢見てた。ずっと、ずっと、ずっと。
「外の世界の星空はね、ヒカリゴケのように瞬くんだよ」
ねえ爺さん、見に行ったことがあるのかい?
「空はとても高くてね、手を伸ばしても届かないんだ」
ねぇ爺さん、あんたは触ろうとしたんだね?
「お祭りっていう、騒がしい日もあるんだよ」
いつか行ってやる。ずっとずーっと思ってた。そしてそれが今日、現実になる……。
「おーぅい、ひっく、そこのツノっ子ぉ!」
偶然見つけた抜け穴を通って、川へ出れると知ったのは一週間前。でもその時は近くに釣り人がいて、せっかくのチャンスだったのに外に出そびれてしまった。 でも、収穫はあったんだ。 その時の会話が聞こえたからね。星祭りまで後一週間!せっかくの旅立ちの日は、豪勢にいきたいじゃない? しっかし……初めての接触が酔っぱらいとはね、ツイてないな。
「オッサン、酒臭いよ」
人にはツノがないっていうのは聞いていた。あと、水掻きもヒレもない、貧弱な体をしてるって。 でも、この人はボクの2倍くらいありそうだ。道端に座り込んで、立ったボクの肩まで頭があるんだからデカい。 しかも変わった服を着ていた。なんだろう……祭り用の特別な服かな?
物珍しそうに眺めて、ボクは通り過ぎようとする。ぺたぺたぺた。 でもオッサンは片方にひょうたんを、もう片方に小さな服を持った腕を伸ばして、ボクの行く手を遮った。
「オレの子さぁ、祭り用にわざわざ遠くから取り寄せた、ひっく、この、ひっく、あーうっとおしいなぁ、そうそう、この服いらないんだとさー」
よく見ればオッサンのソレとお揃いらしい。サイズだけ違う、同じデザインの服みたいだ。
「しかもふざけるなって話だよ、ひっく、女房だった女がさ、ごほっごほっ、エーと、どこまで言ったっけナァ、ああ、子供が泣くから祭りが始まる前に街から**ときたモンだーぁ」
「だから何?」
よくわからないな、ヤケ酒の理由を聞いて欲しいだけなのか? 日が傾き、日差しが弱くなってから出てきたお陰で、祭りが始まっちゃいそうだというのに。
「用件はそれだけ?なら、ボク行くよ」
手を押しのけて通ろうとして、男の豪快な笑い声に立ち止まる。 男は腰を下ろしたまま、こっちの顔をめがけてさっきの服を投げながらなお笑った。
「ガハハハハハハハハ!オマエ気に入ったよ、ひっく、ヒャハハハハハ!」
「何すんだ、テメェ」
払い落とそうとし、男の声が止まったことに気付く。 一体今度は何なんだよ。思わずキッと睨め付けて、男の表情に驚いた。なんだか穏やかな顔でこちらを見ていたから。 ちょっと自分の対応を反省しそうになるくらい、その目は優しくて。
「貰ってやってくれや。誰かが着てくれた方が、服も喜ぶってハナシだ」
しんみりと、そう言った。 で、でも、オレは間違ってないぞ。酔っぱらいに絡まれたら、誰だって逃げようとするよな?! 自分に言い訳せずにいられないくらいには、罪悪感が掻き立てられる。
「それに、腰巻きだけじゃ寒いぜ少年」
カチン。
「少年じゃねーよ、何で勝手に決めつけンだよ!」
思わず蹴りで昏倒させて、サスガに悪いことをしたかもとか思い始める。 でも、さっさと行かないと、祭り、終わっちゃうかもしれないし。 街の方と手元とを何度か見比べて、仕方がないので着てみることにした。
……で、今に至る。 ボクはリヴィエラ。青竜と人間の血を引く水辺の民。 といっても、ボクは信じちゃいない。爺ちゃんももう少し、信憑性のある話をすればいいのにね。話の半分は冗談なんだから。 ああ、畏まらずにリヴィでイイよ。今とっても気分がいいんだ。 街にはいろんな色が溢れてて、いろんな匂いがして、とても賑やか。 ボクのことを見えないフリする人もいるけど、気付く人もいるもの。そう悪い気分じゃないね。
そういう話を街路樹にしながら、ぺたぺたぺたと歩き回る。
さっきなんか風船貰っちゃったモンね。 拾ったコインでイカ焼きだって買っちゃったモンね。 ほら、外の世界は怖くない。爺ちゃんは大げさなんだよ。 イカ焼きを食べながら、ボクは笑う。
慣れない人混みでクラクラするから、ちょっと休んで、また探検しよう。
でも、街の明かりが名残惜しくて、すぐ戻って来るつもりでも後ろ髪がひかれて。つい後ろ向きに歩いてしまった。
ドンッ
「うわっ! ゴメッ」
誰かにぶつかり、肩を竦める。怒られるかと思ったのに反応無し。 おそるおそる振り返ると、無表情に佇む人魚と小さな白い子供がいた。
「……とけいとうに、行くの」
ぽつりという子供。傍らの少女はあいかわらず無表情。 怒っているのか普段からそうなのか、あまり身動きすることなく少年の手を引いている彼女に、ボクは笑いかけてみる。 ……ダメか。 子供の頭を優しく撫でて目線を会わせるように屈むと、子供が縋るように見上げてきた。
「ボクは詳しい場所知らないんだけど、さっきぶつかったお詫びはしたいな。一緒に探してみようか」
言ってから、少女が迷惑に思っていたりして、とか考えてしまう。 目尻の上がったキツめの目で少女を見上げると、やはり無表情。 でも最後に、小さく頷いてくれた。

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