| [471] 希望の炎―10(イートン&ベアトリーチェ) |
- 千鳥 - 2007年08月27日 (月) 00時50分
「ルネア、寒いの?大丈夫?」
セレナは隣に座り込む少年の身体が小さく震え始めたことに気がつき、その顔を覗いた。 少年は膝を抱え、やせ細った身体を極限まで小さくして丸くなっている。 洞窟の中は風も止み、暖かいというのに、ルネアの顔は真っ青で、焦点もあまり定まっていなかった。 慣れぬ人型をとっていせいだろうか? おろおろするセレナに、搾り出すような声でルネアは答えた。
「セレナ・・・君はもう神殿に帰るんだ」 「今更何言ってるよ!?折角っ」
せっかく味方も出来たのだ。 こんなところであきらめるなんて。 セレナは年下の少年を励ますように言葉を繋げた。
「あのハンターのお姉さんたちが協力してくれるって!!まだ夜には時間があるわ!」 「もう・・・限界なんだ」
ルネアは立ち上がる。 その動作は緩慢だったが、引きとめようとする少女の手をすり抜け、一歩一歩足を踏み出す。 出口はたった一つ。 しかし、山の中腹の洞穴から脱出するだけの気力は彼には残っていないはずだ。 吹き込む風に真っ白な髪をなびかせながら少年は振りかえり少女に最後の言葉を告げた。
「さようならセレナ、最後に一緒に青い空を飛べて嬉しかった」 「ルネアッ!!」
落ちてゆく少年の姿が、あっという間に小さくなって森に吸い込まれていく――。 その赤い瞳は、初めて目にした本物の太陽を見つめていた。 「あぁ・・・ルネア・・・ルネア」
力なく座り込んだセレナは流れてくる涙をぬぐおうともせずにひたすら少年の名を繰り返した。 どうして、彼の手をつかむことが出来なかったんだろうか。 どうして、彼を神殿から連れ出したりしたんだろうか。 後悔の念ばかりが頭の中をよぎった。
「何を泣くことがある」
不意に背後で冷淡な声がして、セレナは振り返った。 褐色の肌に白い髪を長く伸ばした美しい女性がそこにはたっている。 断崖の国では見られない肌の色と髪の色、そして、なにより美しさにセレナは魅入られた。 「娘よ。我が子は返してもらうぞ」
女はにやりと口の端を上げた。 それは長きにわたる呪いが成就した悦びの微笑みだった。
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「ちょっと、どういうこと!?地震?」
地面が揺れている。 立っているのがやっとだ。 思わず妻にしがみつこうとしたイートンは、ベアトリーチェにあっさり身をかわされ床に突っ伏した。 鼻の先までずり落ちたメガネをかけ直しながら、彼女の顔を見上げる。 「さっきの警鐘は地震が来る事を警告していたんですかね・・・」 「そんなこと出来ません!」
イートンの疑問をプリメラが素早く否定した。 確かに津波や火事の警鐘は聞いたことがあるが、地震については聞いたことがない。
「だったら・・・」
揺れは直ぐに止まった。 建物が倒壊することはなかったが、神殿に飾られた白亜の石像のいくつかが原型を失っていた。 人々はよろよろと立ち上がりあたりの様子を見回した。 顔を見合わせお互いが無事なことに安堵していた人々だったが、外から聞こえる人々の悲鳴に、再び顔色を変えた。
ベアトリーチェが何も言わずに外に向かって駆け出した。
「な・に・・・これ」 「この国に住んでいたのは土竜だったんですね・・・」
空を占めるほどの土色の巨大な竜が上空からこの国を見下ろしていた。
「そして、この断崖の国を覆う岩そのものだったんだ・・・」
既に薄闇に覆われているはずのこの土地が、赤い夕焼けによって照らされていた。 この国をぐるりと囲んでいたはずの岩山は、本来のその姿を現し、断崖の国の人々と対峙していた。
―― この国の祖先たちはなんと巨大な生物に立ち向かっていたのだろう。
イートンは絶望的なこの状態で、紫色の瞳を輝かせてその伝説上の竜を見つめていた。

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