| [431] 希望の炎―4(イートン&ベアトリーチェ) |
- 千鳥 - 2006年10月30日 (月) 00時07分
(3人目は女の子がいいな。)
と思う暇も無かった。 伸ばしたイートンの腕が妻の腰に触れるより先に、少女のような軽やかな声が頭上を通り抜けていった。
「うっそぴょーんvいってきまーす!」
部屋から飛び出していった足音は軽快に階段を踏み鳴らし、宿屋の食堂を駆け抜け、表通りの雑踏の中に消えた。 急展開に頭のついていかないイートンは、しばらくの間ベッドの上で寝転んだままベアトリーチェを見送った。 暫くの沈黙の後、ため息を一つ。
「結局、君は大人しく僕のそばになんて居てくれないんだから・・・」
その呟きはどこか楽しげですらあったかもしれない。
のろのろと立ち上がったイートンが次にした行動は鞄から書きかけの原稿を取り出す事だったのだから、やはり言えた義理ではなかったのだが。 「だって、もし遅れたらあの鬼編集長、地の果てでも追いかけて邪魔するって言うんですよ?」
誰も居ない部屋で思わず言い訳を口にする。 聞いていないと思ったから、油断して居た。
巫女と怪物は何処へ消えたのか?
真っ白な原稿を広げて、何気なく書いた文字を眺めていると、ペンがひとりでに動き出し答えた。
巫女は怪物を連れて崖の下の洞窟へ
「!」
しまった。 そう思った時にはもう遅かった。 まるで目玉を空へ放り投げられたように、机に向かっていたはずのイートンの視界がくるくると空中を回転した。 あっと言う間に雲をかきわけ、強烈な太陽の日差しを感じ、イートンは断崖の国を見下ろしていた。
名前どおり、四方を崖と森に囲まれた小さな国は僅かに西に傾いた太陽の影で、既に薄闇に落ちようとしていた。 雲影がまるで巨大な怪物のように通り過ぎていく。 その雲を目で追うと、そこには強風に晒された岩肌の中腹の小さな洞穴に寄り添う二人の若い男女の姿が見えた。 白いスカート――神殿の巫女たちが着ていたのと同じ衣装だ――が、風に揺れ、けして洞の中が快適な場所でないことが分かる。 まだ、14,5歳だろうか、同様の背格好をした少年を守るように背中を向けていた。 彼が、怪物なのだろうか? 断崖の国の怪物がルナシーだとすれば、昼間人の姿をしているのは不思議ではない。 少女に隠れて見えない少年に目を凝らそうとすると、まるでこちらの視線に気がついたかのように少女が顔を上げた。
「帰って!」
眉をひそめて少女がそう言い放つと、まるで空気の抜けた風船のように目の前の風景が勢いよく遠くに流されていった。
「わっ」
バチン! まるで、ゴムのついた目玉が戻ってきたような衝撃で視界が真っ白になった。 思わず、床にしりもちをつく。
「一体、今のは何だったんだ…?」
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結局、濃紺の長いコートを羽織るとイートンは神殿へと足を向けていた。 さすがにあの光景を見て、二人を放っておく気にはならなかった。 ハーティアには悪いが、イートンはこの国の人間ではなかったから、二人が逃げるのを止める気はない。 ただ、怪物の正体と二人のまるで駆け落ちのような出奔の理由だけでも聞ければいいかな、という単なる好奇心だった。
「しかし、あの洞窟にはどうやっていけばいいのやら…」
二人が居たのは切り立った神殿の下の崖の中腹という降りるにも上るにも困難な場所だった。 神殿に繋がる道があるのか、それとも怪物は空も飛ぶ事が出来るのか…。
「イートン?」
神殿の入り口に差し掛かったところで、上から聞きなれた声が降ってきた。 「ベア、こんなところで何してるんです?」 「門番に追い返されたから偵察」 ベアトリーチェは器用に木の上で座って、ソウルシューターを構えて…いるわけではなく、内蔵した望遠鏡で神殿の内部を眺めていた。 左手にはお菓子の入ったカップを持っていたが、僅かに傾いているため、イートンの足元にぽろぽろと落ちてきた。
「お行儀が悪いですよ」 「あんたも食べる?ここの名物なんだって」 「いえ、結構です」
首を振ると、イートンは何か見えるのか、と尋ねた。
「まだ見つかってないようね、内部は神官たちが、町の方を兵士たちが探し見回ってるわ」 「既に人々は異変に気がついているようでしたけど…」
彼らの国のシンボルであり、常に燃え続けるはずの炎が消えているのだ。 数時間前と比べて、国は異様に静かだった。 「ところで、内緒話がしたいんですけど、降りてきてもらえます?」 「そこで話せばいいじゃない」
先程の件もあったし、何処で誰がきいているとも分からなかった。 現に門兵たちはイートンに気がついて不審そうな視線を送っている。
ベアトリーチェが渋々と言った様子で降りてきた。 その様子を見て、自分に飛び降りた彼女を受け止めるだけの腕力があればいいのに、などと取り留めのないことを頭に思い浮かべる。 「で?」
木の上とは逆で、地上に降りるとベアトリーチェがイートンを見上げた。 両手に腰をあてて、不機嫌そうな顔をして見せていたが、そのアップルグリーンの瞳は好奇心で輝いている。
「実は、二人が何処に隠れているのか…何故か私は知ってるんですよね」
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ほんとにこいつらイチャイチャですね。

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