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短編リレー

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[310] 「希望の炎」(タスナ&ジュリエッタ&ギゼー)[4]
とばり - 2005年01月10日 (月) 02時27分



 いつの間に起きてきたのか。
 気配や足音には敏感だと自負のあるタスナだったが、自分の後を追うように姿を見せた少女のことには、まったく気がつかなかった。

 あの後、意識を失った少女は呼びかけても目を覚まさず、結局タスナが店内へ運び入れたのだ。とはいえここに客間などという上等なものはなく、自分の部屋を明け渡さなければならなかったのだが。
 それが災いし、いつもの時間にやって来たアルバイトの少女には、あらぬ疑いをかけられて殴りかかられたという切ない事実もある。事情を説明するまで、やれ見損なっただのもう辞めさせてもらいますだのと喚いて大変だった。

 いや、それはともかくとして。

 タスナはうっすらと背筋を凍らせつつ、客の1人をじっと見つめている小柄な姿を視界に入れる。ついさっきまで伏していたのに起き上がって大丈夫なのか、という心配もないではなかったが、佇む少女の異様な雰囲気に声をかけられずにいた。
 だがふと、その大きな瞳が、あの時―――玄関先で妙な感覚を覚えた時と、同じ色を宿しているような気がした。

「―――!」

 そう思った途端、反射的に、少女の両目を覆い隠していた。
 まさに頭の中のひらめきというか本能というか……とにかくそんなものの衝動に突き動かされた後、タスナははっと我に返った。これではただの変人だ。
 だが、負けず劣らず変な言動を先ほどから披露している少女は、至極真面目な口調で「無駄です」と呟いた。

「力を移すのは、ほんの一瞬ですから。―――そちらの貴方」

 肩についた屑でも払うようにタスナの手をどかせると、少女はもう1人の客のほうへ顔を向ける。あ、と思う間もない。彼女は驚いたような表情をしていた栗色の髪の男から、無関心な雰囲気を漂わせている黒髪の女性に視線を移した。女性の赤みの強い双眸が少しばかり見開かれる―――おそらくは、「あの」瞳を直視して。

「3人目」

 ほんのわずか、奇妙な沈黙が訪れた。
 灰色の長い髪をさらりと流しながら、巫女装束の少女は謎めいた小さな笑みを浮かべる。

「揃いましたね。わたくしは貴方たちに、お話しなければならないことがあります」

「…………」

「……」

「………………」

「……何で?」

 至極もっともな言葉を突っ込んだのは、傍観に徹していたアルバイトの娘だった。
 タスナは鼻の頭にしわを寄せ、首の後ろを掻き、こめかみを揉み―――溜め息をついて、悪気のない顔できょとんとしている彼女の名を呼んだ。

「グラシーウィ。悪いけど、この子と上にあがってくれるとすごく嬉しい」

「はぁ。いいですけどー……いいんですか?」

 あろうことか、グラシーウィはそう言って少女の顔を覗き込んだ。そんなわけがないでしょうと言いたげに、灰色の髪に包まれた小さな輪郭に不快そうな表情がともる。いや、不快と称するよりももっと幼い。拗ねているような雰囲気だった。

「駄目ですよ。これはわたくしの使命。わたくしが果たさねばならない義務なのですから」

 ゆっくりと、噛みしめるようにそう言い放つ。嫌な気配を察したのか、黒髪の女性がかすかに眉をひそめてこちらを見た。迷惑そうな顔をしている。
 そりゃそうだよな、と思った。

「……用も済んだし、私は帰るけど」

「え、帰るの?」

 乗り気でない女性に、声を上げたのは栗毛の髪の男だった。鳶色の瞳がどことなく楽しそうだ。「帰らないのか?」と黒髪の女性は隣を振り返る。
 連れ立って買い物に来たらしい2人だが、特に親しそうな感じは見受けられない。数時間前に出会ったばかりだからだとはタスナも知る由がなかったが、目の前で言葉を交わす男女に、そんな印象を抱いた。

「あー……と。俺にもよくわからないんだけどさ」

 くしゃりと銀髪をかき混ぜて、呟く。灰色の髪の少女が無言で見上げてきている。何か変なことになってきてるなぁと思いつつも、どうやら巻き込んでしまったらしい客2人の視線を受けて、タスナは言葉を続けた。

「時間あれば、お茶でも飲んでいってよ」



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