| [306] 『消えていく子供達(ミッシング・チャイルド)』 (マックス&エルガ)−6 |
- フンヅワーラー - 2005年01月09日 (日) 02時06分
「えーっと……」
部屋を出て行くエルガを数秒見つめた後、マックスはベッドを簡単に直し、ランプを消す。投げ置いていた上着を取って、ドアを抜け、扉を閉める。 上着を着ながら、ドアの出口の側に立っているエルガに問いかけた。
「なんで、でしょうか」
「は?」
レンズ越しに、純粋無垢な瞳を向けてくる。マックスはそれに、ほんの少しだけ、引く。 あぁ、少しだけ苦手かもしれない。 あと……何かと似ているのだが。……何だっけ。 マックスは、脳の裏側でそんなことを思いながら、まっすぐ……よりも少しだけ上を見て、質問を重ねる。
「いやぁ……なんで、私がついて行かなきゃいけないのかなぁ……と」
「嫌ですか?」
首を少しだけ傾げる。 あぁ、やはり似ているのだが。なんだ。
「や、そういうことではなく……。いや、どうせヒマですからいいんですけどもね」
首は更に横に落ちた。 目が純粋だ。純粋に「じゃぁ、ついてくればいいんじゃないの?」という気持ちを放出している。 あぁ、なんだろう。よく見る、何かに似ているのだが。
「私が聞きたいのは、ですね。純粋に、理由を……と」
首が起き上がった。ようやく、質問の意図を理解してくれたようだ。 しかしそれから、エルガは数秒止まった。 なんとなくだが、それで分かった。今、彼女が考えていることが……あくまで、恐らく、だが……マックスは分かったような気がした。
「……あぁ。すみません。 物騒な事件も起きてますし、それに普通に夜、女性一人で歩くのは心許無いのは当たり前ですよね」
助け舟を出してみる。
「あぁ……はい。じゃぁ、そういうことで」
助け舟はあぶくを立てて沼底に沈んだ。
あぁ、そうだ。と、マックスはそこで思い当たった。 彼女は、子供に似ているのだ。
マックスは迷いの無い歩みのエルガの後ろをついて歩いていく。 自分がついて行かなければならない理由は、確かにあるのだ。あの、何かを考えていた数秒の間がそれを証明している。 ただ、あの時説明しなかった理由は「ついてくれば分かるのに、前もって説明するのはめんどくさい」というのが理由だろう。十中八九、きっとそうだ。
霧のせいか、よく冷える。 部屋を出る時から数分ほどしか経っていないというのに、すでに外は真っ暗だった。それがまた、空気を冷やしていく。 腕をさすりながらマックスは背中に問いかけた。声が少し張っているのは、冷たい風のせいだ。
「どこ行くんですかぁ?」
これもまためんどくさがられるかな、と思ったが、彼女は答えてくれた。
「村長のところへ」
自分の声とは対称的で、彼女の声は変わらなかった。震えてすらいない。 寒くないのだろうか。あんな細く薄い身体であれば、あっという間に熱を奪われるだろうに。 しかし……霧でこんなに寒くなるものだろうか。海からの風が、こんなところにまで来ているんだろうか。 寒いと、自然に視線は下がる。エルガの足を視線の端で見ながらマックスは歩く。
ぎゃぁ、ぎゃぁ。
また、昼間のあの鳥の鳴き声だ。耳障りで不快な、あの鳥の声。元気なものだ、こんな時間まで。 寒さに、マックスは鼻をすする。 いや、待て。……こんな暗いときに鳥の鳴き声だと? 昼間に活動していた鳥の声が、何故、こんな時に。何故、上空から。何故、こんな暗さで、飛んでいる。 見上げようと面を上げた瞬間、マックスは鼻をぶつけた。 ぶつかったのは、エルガの背中。いつの間にか、エルガは止まっていたらしい。 冷たくなった鼻に、ツンとした痛みが抜ける。なんとなく、その鼻を暖める。 マックスは鼻声でエルガに質問をした。
「……どうしました?」
彼女は、答えてくれない。それどころか、質問を返してきた。
「男の子……知りません?」
「は?」
「いや、心当たり。十過ぎたくらいの年の」
エルガはようやく、振り返った。やたら目を真っ直ぐに向けてくる。 最初部屋に現れた時は、こちらなどどうでもいいような視線を投げかけていたくせに。いや、あれは眠かったからか。それとも今のコレは、質問をするときの癖だろうか。
「いや……仕事柄、接する時はありますけども。そんな意味ありげに質問されるような関わり方はしていないと思いますよ」
十歳あたりの少年……旅費が尽きそうになった時の軽業の客に見かけるくらいなものだ。
「では、十年位前に、女を強姦した上、孕ませてしまい無理矢理堕ろさせたとか」
「無いですね……。というか、そんなバイオレンスな内容を、普通のトーンで質問するんですね」
質問するにしても、「強姦」の部分は省略してもいいんじゃないのか。 むしろその工程を加えることによって条件を狭めているような気がする。
「じゃぁ、少年を惨殺してしまい、誰にも見つけられず山奥に捨てて埋めてしまったとか」
「……無いですねぇ」
……そんな人生を歩みそうにはなっていたけども。
「というか、もし、そんなことをしていたとしても、普通素直に答えなくないですか?」
誤魔化す必要などないのだが、余計な言葉が出る。 鼻をすすって、誤魔化そうとしたことを誤魔化す。
「では、したんですね?」
「してませんよ」
何故、「したんですか?」ではなく「したんですね?」という、念押しの疑問形なんだ。
「なら、少年を……」
「ホモセクシャルでもバイでもなく、少年に性欲を抱く趣味も無く、逆にそういった人から誘われるようなことも今までこのかた無いですからね。で、殺しもして無いです」
「……」
エルガはふぅ、と息を吐いた。 マックスの質問の先読みはやはり合っていたらしい。 質問が尽きたらしく、彼女は首をひねる。
「……あれ? ……おかしいなぁ。 ……じゃぁ、なんででしょうねぇ」
「……あ」
思わず、声が出た。
「やっぱりしたんですね?」
だからなんで念押しの疑問形なんだ。というか、どれに確証を持っていたんだろう。
「いや……別のことです。なんでもないですから」
そう言っても、彼女はしばらくこっちを見ていた。 質問をするときの癖。……なるほど、これは質問されている。 しかし、彼女の質問タイムは数秒で終わった。 そして、エルガはマックスに後頭部を見せる。 ……暗闇の中の何を見つめているんだ。
「いや……宿の主人に、食事二人分用意してもらっていたのに、悪かったなぁって……」
返答は無い。 まぁ、宣言通り、なんでもないことを言ったのだから、しょうがないけども。 ……あまりにも空々しかっただろうか。 十歳を過ぎた頃……そう、恐らく十一歳の頃だ。自分の人生の大きな転機は。 その頃、一緒にその転機に、転がってしまった仲間……と呼んでいいのか、未だによくわからないが……の墓が、ここにはあるのだ。 虚飾の名前が刻まれた墓が。 ……でも、そいつが死んだ時期はその数年後のはずなのだから、おそらく彼女の質問には関係あるまい。きっと、そうだ。 ……本音は、下手に晒して詮索はされたくないだけなのだけども。
「あ……」
と、マックスはまた、あることを思い出した。 しかし、今度は彼女は反応しない。 自分はまだ名乗っていないことに気がついた。 名乗るべきなのだろうか……と思ったが、きっとエルガは自分の名前など覚えないような気がした。まぁ、名前が必要な時などそう滅多に無いのだから構わないか。 彼女が振り返った。
「あのですね……今、いるんですけども。あなたを見つめてるし」
「は?」
「いや、いるんですよ、少年が」
エルガは、暗闇を内包したような林を真っ直ぐと指差していた。 彼女には、何かが見えているのだろうか。 魔法使いというものに触れるのは、マックスにとって初めてだった。メガネと同様に、未知の世界のモノだ。 メガネでさえ、魔法によるものでないのに、見えるものが違ってくるらしいのだ。だから、魔法が使える人は何が見えたって不思議じゃない。 きっと、魔法使いとはそういうものなのだろう。
「どうします? 放っておいて村長のとこに行った方がいいですかね?」
「……さぁ。 私には見えないし……お任せします」
マックスのその返答を聞き、エルガはしばらく悩んだ。 そして、それを突然中断し、マックスに向かって大真面目に言った。
「……結構冷静なんですね」
なんと言って答えればよいかわからなかったので、マックスはやはりこう答えた。
「……はぁ」

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