| [297] 「あなたを救う旅」〜心のかけら探し〜 4 |
- 葉月瞬 - 2005年01月03日 (月) 00時19分
母さまは再び次の行き先を決めるべく、ダウジングロッドと地図を取り出しました。これは、探索の魔法なんだよと、いつだったか教えてもらった覚えがあります。 母さまが地図を片手にダウジングロッドで行く先を決めている間、私はただただ母さまの成す事を見守る事しか出来ませんでした。 あの恐ろしげな鳥さん達――母さまは使い魔と言いますが――は、今は上空に飛び立って私達の頭上を旋回しています。きっと行き先が決まるのを、待ってくれているのでしょう。相変わらず私は、恐くて凝視できませんが。 やがてダウジングロッドは一つの町の上で大きく揺り動きました。どうやら、砂漠のオアシスの町を指し示しているようです。
「どうやら、行き先が決まったようだよ」
そう言って母さまはダウジングロッドと地図を懐に仕舞い込むと、子象に私を乗せたあと自分も乗り、たずなを繰って進路方向を変えました。今度は北東に向かうようです。そう、私達はお日様の昇る方角へと向かっているのです。 そういえば、この子象の名前を考えなくてはなりません。 私がその事に思い当たって母さまに言うと、母さまは肯定とも否定ともつかない返答を返してきました。こういう時は何時だって私の思うとおりにして良いと言う事なのです。昔からそうでした。 私は子象が立ち止まるまで何時までも飽きる事無く、子象の名前を考え続けました。こうしていると、マロウの事を考えなくて済むので少し気が楽です。
「…………ウィリー……」 「は? 何か言ったかい?」 「あ、いや、子象の名前……ウィリーってどうかなぁって」
振り返りもせずに訊ねる母さまに、私は取り繕うように言いました。今までつまらない事に拘ってた自分を見透かされたようで、ちょっと恥ずかしかったから。だから私は取り繕うように、はにかんで笑いました。 たくさんの名前達が浮かんでは消え、消えては浮かんで来て、結局最後に残ったのが「ウィリー」という名前でした。だからとても素敵な名前に思えたのです。母さまも「うん、良い名前だね」と言ってくれました。私は嬉しさの余り、ますます顔が綻ぶのを覚えました。
そうこうしている内にとうとう、目的の町の入り口までやって来ました。 町は砂防のため赤土で出来た外壁に覆われており、一見するとお城のようにもまた砦のようにも見えました。私達の正面に見える入り口の門は、硬く閉ざされており、一枚岩で出来た重たい両開きの扉が行く手を塞いでいます。
「母さま、どうしよう……」
私は、母さまの小さな背中を仰ぎ見ました。不安な表情を顔一杯に浮かべて。
「心配するでないよ。こんな時の為にワシが付いて来ているのじゃろ」
母さまはそう言って私に微笑むと、金色の鍵の形をした杖を取り出し、扉に向かって一振りしました。するとどうでしょう。硬く閉ざされた扉は見る間に内側に開かれていくではないですか。私はびっくりして口もきけませんでした。ただただ、目を見開いて事の成り行きを見守るばかりです。 よくよく見ると、門扉の両端に聳える二つの塔の上にいる門の番人の人達も、口をあんぐりと開けて目を瞠っているようでした。驚くのも無理はありません。扉が独りでに開いて行くのですから。私だって驚いているのです。 母さまは門を潜るとき、上に控えている門番達に言いました。
「ワシは南の町から来た南の魔女じゃよ! この町に探し物があって来た。通してもらうよ」
母さまがそう凄んで見せると、門番達は驚愕の表情で二度三度頷きました。どうやら私達を無事に通してくれるようです。 私は思わず、両端の塔の上の方に向けてお辞儀をしてしまいました。何となく無理やり通ってしまう事を心苦しく思ったからです。
町に入ると、町の市場の活気より何よりも先ず猫が沢山いることに目が行きました。町のあちらこちらで、猫、子猫といわずあちこちで猫達が彷徨っているのです。恐らく30匹以上はいるのではないかと思われるぐらい、沢山居ました。 私達は一先ずウィリーと名付けた子象を宿屋に預けてから、マロウの心のかけらを探しに町へと繰り出す事にしました。 町は、砂漠の中にある町の割には清潔感が漂っていました。道と言う道は赤土を踏み締めて出来ていて、舗装されている訳ではないけれどしっかりと出来ていて歩きやすいのです。町の道と言う道が全て集まっているところ――町の中心部分には、まるで巨大な水溜り、湖がありました。町の人々の生活用水は、全てその湖で賄われているのだという事が一目見て解りました。皆、水を瓶[かめ]に汲んだり、洗濯をしたりして思い思いにオアシスを使っています。
「さて、探すよ」
母さまは、ダウジングロッドを取り出すと、その場で一回りしました。まるで何かを探しているようです。その何かとは――言わずもがな、マロウの心のかけらの事です。 すると、直ぐ目の前でダウジングロッドが反応しました。見るとそこには一匹の黒猫が居ました。黒猫はじっとこちらを見詰めると、一声ニャアと鳴くとそのまま裏路地へと逃げるように駆けていきました。母さまのダウジングロッドはその猫を追いかけるように大きく振れます。そのスマートな黒猫は、私たちが見守る中であっという間に居なくなりました。
「何をぼさっとしてるんだい! さっさと追いかけるんだよ」 「あ、はいっ!」
私は母さまに急かされるままに、黒猫を追い掛けて行きました。 でも、もう後の祭りです。裏路地を見たときは、もう見えませんでした。黒猫が何処へ行ったのか私には解りません。私は途方に暮れました。そして暫く考えた末、漸く考えが纏まりました。 私は出来るだけ沢山の人に先程の黒猫は何処へ行ったか、訊ねて回りました。すると、十人十色の答えが返って来ました。私にはそのどれもが本当の事で、嘘を付いている人など一人も居ないように思えました。だけど、母さまが言うには「この中に嘘を付いている者が一人いるね」とのことです。母さまが私に嘘を言う筈がありません。では、この中に嘘を付いている人がいる、と言う事になるのでしょうか。 先ず一人目の証言では、「この裏路地を通って行ったよ」と言っていました。 二人目の証言では、「そこの箱の陰に隠れたような気がしたなぁ」だそうです。 三人目は、「裏路地を通って向こうの通りの左に行ったよ」と言っていました。 四人目の方は、「そこの家の勝手口に入って行ったよ。本当だよ。この目で見たんだ」と自分の証言を殊更に正当化していました。 五人目の方は、少し滑舌が悪いらしく何を言っているのかよく聞き取れませんでした。小さい男の子だったので、無理も無いと思います。 猫は周りに沢山います。でも、そのどれもが黒猫ではなくてトラ猫とか三毛猫とか白猫だったりします。私はもう、如何したらいいのか解らなくなって縋る様に母さまを見ました。そうしたら、母さまがヒントを与えてくれました。
「五人目の少年は、何を言っていたのかねぇ」
五人目の少年? 五人目の少年は……確か「……お姉さん、何で黒猫を探してるの? 捕まえて何かするつもり? …………いいよ。何処へ行ったか教えてあげる。黒猫は、軒を伝って屋根に上って行ったよ……」って、言っていました。小さくて、余りにも小さい声で聞こえ辛かったけれど、確かにそう言っていたように思います。 私は暫く考えて、そしてこう言いました。
「私には皆本当の事に思います。でも、この中に嘘を付いている人がいるとしたら……五人目の少年だと思います。私は確かに裏路地に入って行く所を見ました。だから一人目の人の証言は本当の事です。それに裏路地を見たところ箱が積まれていました。だから二人目の証言の箱の陰に隠れた、と言うのは本当の事だと思います。三人目の方の証言は裏路地を通って向こうの通りの左に行った、と言うのですがこれも本当の事だと思います。私が見たとき猫は裏路地に居ませんでした。袋小路にもなっていなかったので、恐らく裏路地を突っ切って向こうの路地に出たのだと思います。四人目の方は……この町には猫が30匹以上居ます。だから多分四人目の方が目撃した猫は黒猫ではないと思います。で、五人目の少年は明らかに黒猫を庇っているような口調でした。だから、嘘を付いている可能性が高いです」
私はそこまで一気にまくし立てると、一息つきました。私は心苦しいです。だって、嘘つきを言い当てなければならないなんて。 私が嘘つきを言い当ててみせると、母さまはにやりと笑うと、言いました。
「どうやら、少年が黒猫を庇っている事はほぼ間違いないようだね。あの少年に訊いてみるよ」
母さまはそう言うと、さっさと少年の方へ行ってしまいました。私は母さまに付いて行きました。
「何だよ」
少年は私達をみとめると、驚いた顔で言いました。
「あんた、黒猫の行った先を知ってるね。さぁ、とっととお言い」
母さまは最初口の中で何事か呟いてから、少年に向かって言いました。多分、人から何事か訊き出す魔法だと思います。
「知ってるよ。多分あの黒猫は泉の広場に行ったんだ。あそこが大のお気に入りだから。……うわぁ!」
少年は全て言ってしまってから驚いて口を閉ざす仕草をしました。驚くのも無理もありません。自分が隠し通そうとしていた事柄を、全部言ってしまったのですから。でも、母さまの次の質問にも少年は抗う事が出来ませんでした。
「少年、どうしてそんな事を隠そうとしたんだい?」 「だって、あの黒猫は俺の友達だから……」
少年が本当のことを言っているのは、間違いないです。だって、母さまの魔法が掛かっているのですから。
「泉の広場ってのは……?」 「そこの裏通りを抜けて向こうの通りを左に曲がっていった先」
思ったとおりです。やはり三人目の言うとおり、向こうの通りを左に曲がって行ったのです。
「何をぼさっとしてるんだい! 追いかけるよ!」 「はっ、はいっ! 母さま」
母さまに怒鳴られるまで私は呆けていました。だって私の言った事が本当の事だったんですもの。自分でもまさか当たるとは思っていなかったので、ボーっとしてしまったのです。 直ぐに母さまの後を追って走り出しました。 その内いつの間にか母さまを追い越して、私が先頭を切って走っていました。 もう、夢中です。 確か、裏路地を出て直ぐの所を左と言っていましたね。左に曲がって暫く走ると途端に周囲が開けました。先程までの赤土が露わになった地面ではなくて、芝生が敷き詰められていて、目の前には泉、と呼ぶには余りにも大きな水溜りが広がっていました。向こう岸は見えますが、水深は深そうです。 そして、目の前に一匹の猫が居ました。もちろん黒猫です。 その黒猫は、水を優雅に飲んでいました。 私はそっと後ろから近付いていって、抱きしめました。するとどうでしょう。黒猫が急に光りだしたのです。その淡い光は私を包み込み、そして――。
気が付くとミモザの木が目の前に生えていました。そして、その木に登っている一人の少年が居ました。その子は私のよく知っている人でした。淡い金髪が眩しく映える、紫色の瞳の少年。そう、彼はマロウでした。幼年時代のマロウです。 そのマロウが一生懸命になって木によじ登り、何かを手折ろうとしていました。木には黄色い花しか咲いていませんでしたから、きっとその黄色い花を取ろうとしているのでしょう。 彼は容易くミモザの花を手折ると、危うく落ちそうになりながらも何とか無事に降りられました。そして、そのミモザの花を手にしたまま、麗らかな春の日差しの中へ走り去って行きました。 何処へ行ったのでしょう。 そう思った次の瞬間には場面が変わっていて、私の部屋の窓枠にそっとミモザの花を置いて走り去っていくマロウが居ました。 何てことでしょう! 私が不思議に思って受け取っていたあのミモザの花は、マロウが持って来てくれていたのです。そうとも知らず、私はずっと誰が持って来てくれているのか解りませんでした。 私はごく自然に涙が溢れてくるのを覚えました。 マロウが、マロウが私のためにしてくれた事――。 ずっと、私が気付かないで居た事――。 マロウ――。
その時、私を包んでいた淡い光は一点に絞られ、私の掌の中に納まりました。 涙を流している私を残して――。
「そのマロウの心のかけらは、名前を付けるとしたら“情熱”だね。マロウのお前を思う心がミモザの花を贈るという行動に繋がったんだろうよ。それは、言わば情熱だよ。そのマロウの心を大切にしておやり」
これで、マロウの心のかけらは二つ目になりました。 あと一体いくつ集めればいいのでしょう――。

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