| [290] 「あなたを救う旅」 ◆7◇ |
- 千鳥 - 2004年12月24日 (金) 01時27分
突風が、僕の体を攫おうと、絶え間なく吹き付けてくる。 力強い羽ばたきが、頭の上から聞こえた。 薄い布一枚に食い込んだ爪だけが、僕を大空に留めている。
眼下に続く果てしない砂漠。 海も、町も、木々も見えない。 波打つ砂漠が色を変え、形を変えながら僕の視界全てを覆っていた。 どうせ、僕の足ではこの砂漠から抜け出すことなど、出来なかったのだ。 海賊船から逃れた僕は、この砂の海に放り出された。 そんな僕を拾ってくれたのは、白い象に乗った黒い人。 しかし、彼もまた、砂漠の漂流者だったのだ。
だから、逃げた。 彼の元からも逃げて、岩の鮫に襲われて・・・今では独り空の上。 所詮、僕も一人で溺れる子供に過ぎないのに・・・。
(おじさんの所に戻りたいよ・・・)
あの象の上ならば、こんな心細い思いなどしなかったのに・・・。 溢れてくる涙をぬぐうことも出来ずに、僕は、その雫を乾いた砂漠の上に降らせた。 この体が乾くまで泣き続ければ、すこしはこの砂漠も潤うだろうか? 一体、何人の人間がこの砂漠で干からびたら、この悪夢が終わるのだろうか? 自分の落とした涙の行方を眺めていた僕は、その涙が砂に落ちると同時に文章となって広がっていくことに気が付いた。
(文字だ・・・)
僕の涙をインクにして、巨人が筆を走らせているかのように、上空でしか見えない大きな文字が遅々としてつづられていく。
走っても走っても出口は見つからない 未来への入り口はお前の頭上にあるから 赤色は 限り無い勇気を 黄色は 神秘の智恵を 緑色は 癒しと調和を 青色は 解放と自由を 紫色は 心の浄化を
お前に与えるだろう
純白は 希望 お前の 希望 混じりけのない心を5色に染めて お前の希望を空に架けて それが未来の入り口 ――――
僕はその文章を忘れないように必死で凝視した。 もしかしたら、続きがあるのかもしれないけれど、先ほどまで勝手に流れていた涙も、興奮で止まってしまった。 「あ!」 黒い点が、最後の文の横を通り過ぎた。
「おじさん!」
砂漠の色に染められた象と異なり、彼はどこまでもこの砂漠では異質な存在だった。
「おじさ―――んッ!!」
叫んで、僕は力いっぱい暴れた。 僕を運ぶ鳥のスピードは思ったより早くて、もう少しで彼も視界から消えてしまう。 これ以上離れたら、二度と彼の元に戻れないかもしれない。
僕は暴れて暴れて―――急な抵抗に驚いたのか、僕を捕らえていた鳥はぐんと急降下を始めた。 激しく体が左右に揺れた。 くらくらする。僕を気絶させようとしているのかもしれない。 まさに、僕の体が地面に衝突しようとした時に、
ビリッ!
服の破れる音がして、僕の身体は勢いよく砂丘を転がった。 再び僕を捕らえようとする爪をなんとか避けると、再び走り出す。
(いやだ!死にたくない!!このまま海を見ずに死ぬなんて!)
全身が、魂がそれを求めていた。 僕を待つ白い家。 波の音!匂い! 包み込むような海水の浮遊感!
( ならば、お前はいつまで背中を向けているの? )
心の中で誰かが問いかけた。 僕はこの砂漠にきてから逃げてばっかりだ。 背中を向けて逃げてきたんだ。 彼の言葉が聞きたくなくて。 この砂漠のイキモノが恐くて。 追ってくる羽音は聞こえるけれど、今も敵の姿はおぼろげだ。 鳥はどんな姿をしていた? 大きいことだけは覚えている。 では、色は? 顔つきは? 何一つ思い出すことが出来ない。
(だったら、向き合えばいいんだ!!)
自殺行為だと分かってる。 でも、僕はいったい何≠ゥら逃げているんだ??
僕は振り向いた。 一陣の風と、黒い羽だけが僕の脇を通り過ぎて行った。
「鳥は・・・どこ!?消えちゃっ・・・た?」 「おめでとう、ロッシ」
気が付くと、そこには彼が立っていた。 駆け寄って、抱きつきたかったけれど、今の僕には立っているのがやっとだった。
「・・・・・お・・おじさん?おめでとうって・・・何?」
象を走らせて来たのだろう。 テティスは息が荒く、さまざまな色の風を受けて、身を不思議なマーブルに染めていた。 しかし、その色も一回の緑の風にきれいに洗い流されてしまう。
「テティスは色を記憶することができないんだ。 しかし、君はこの砂漠の神秘≠ニ立ち向かう勇気≠手に入れた」
僕は彼の視線が注がれる自分の服を見下ろした。 服のすそには、赤と黄色のラインがしっかりと走っていた。 優しげな声と、真摯な顔で彼は僕に告げる。
「君は、私の希望≠ネんだよ。ロッシ」

|
|