| [280] 『聖マルタンの夏祭り』(時計塔の秒針編)〜2 |
- 聖十夜 - 2004年12月09日 (木) 23時34分
今宵は聖マルタンの祭典日。 さあ謳いましょう、星と共に。 紅・蒼・橙の灯りに乗せて、想いを星に還しましょう。 星が泣き出すその前に…
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所狭しと並ぶ、色とりどりのお菓子。 クッキーにキャンディ。紅茶にケーキ。 灯りに照らされ、輝くそれらのものは、見る者を誘惑し、その味は幸福を与える。 …筈なのだが。 「ニーツちゃん、さ、あ―んして」 後ろにハートマークをつける勢いで迫ってくるのは、御年1000歳を軽く超えているだろうと思われるご老人。 そんな御方から恋人のように振舞われても、嬉しくも何ともなく、自然、ニーツは不機嫌な顔をする。 「…ポポル、自分で食べれる」 「ホホホ、そんな無理しては駄目じゃぞ。ニーツちゃんはまだ子供なんじゃから」 恋人ではなく、赤ん坊扱いだったか。 ポポルと同じ、魔界図書館司書のクーロンには、いつもジジババ扱いされているのだが、と心の中でこっそりと付け加える。 魔界司書には、ろくな人材が居ない、と言うのがニーツの持論である。 何故、本を借りに来ただけで、司書とお茶をしなければならないのか、理解に苦しむ。 「それで、今度はどこかに行くのかい?」 ニーツに自らの手でお菓子を食べさせる事を諦めたポポルは、せっせと紅茶を入れながら、いきなり尋ねた。 「別に決めてはいないが…」 「なら、スピカなんてどうじゃろう?もうすぐ夏祭りじゃし」 「夏祭り?」 「そう、夏祭り。聖マルタンの夏祭りには、ある伝承があるんじゃよ」 「伝承?」 コロコロと、口の中で飴を転がしながらニーツはポポルに目を向けた。 ポポルは、孫を見るような顔でニーツを見、ゆっくりと目を閉じ、その知識を詩に乗せる。 聖マルタンと神の子の悲恋。 悲しき涙の物語。 「聖マルタンの夏祭り、ねえ」 聞き終えたニーツは、心の底に、小さな好奇心を見つけた。勿論、その話に感動したわけではないのだが、伝承の類に触れることは好きなのだ。 「行っておいで、ニーツ。ここを動けない我等の変わりに、見て来ておくれ」 不意に、ポポルが声色を変えて呟く。 一瞬、ニーツとポポルの視線が絡まり… 「何て言ってみたりのう。土産、期待して待っているぞえ」 すぐにいつものポポルに戻り、ニッコリと笑う。 全く、喰えない老人だと苦笑しかけたが… 「迷子になったら駄目じゃよ?」 「…誰がなるか」 からかいを含んだ声に、ニーツは憮然と答えた。
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金に銀に蒼に紅。 人間には持ち得ない、多くの色彩を持つ影の中でも、ニーツの纏う色彩は、思わず目を引くものだった。 中には、ニーツのことを知っている者もいるらしく、何事か囁きあっている者もいる。 だが、そんな視線を気にもせず、ニーツは人込みを軽やかにすり抜けていった。 街は浮かれた空気に包まれており、仮装した道化師達が、風船を配ったり、ご自慢の芸を披露している。 浮かぶ灯りは、スピカの街を幻想的に飾り立て、この瞬間が夢だと錯覚させるのに充分だった。 だが、口にしたお菓子の甘さは本物だし、人々の楽しそうな笑い声は現実だ。 「成る程、確かに一度来てみるだけの価値はあるな」 露店に並んでいる商品を物色しながら、ニーツは進む。途中、『可愛いお嬢さん、風船如何?』と言いながら風船を差し出してきてたピエロは軽く無視した。 ポポルへの土産に置物でも買おうかと思い、店に足を向けかけ… ふと、ニーツは目の端に気になるものを捉えた。 見た感じは、普通の少年と、子ども。 もちろん、その少年は、龍の尻尾を持つ、半龍半人の異形の姿だったが、そんな外見上の特異さは今日のこの街では珍しくなく、問題はない。 問題は、後をついている子どもだ。 夢のような現実にまぎれた、本物の夢。 それが、その子どもについてニーツが感じた事だった。 半龍半人の少年は、何も気がついていないのだろう。 「ふうん…」 放っておいても問題はない。だが、暇を持て余したニーツの好奇心を、彼らはほんの少し、刺激した。 「ポポルの言う通り、たまには祭りに出てみるのも良いな」 小さく笑みを浮かべ、ニーツは彼らを追うために、人込みに紛れた。
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黒く、暗く、闇が停滞する場所。 彼らが入っていったのは、朽ち果てた時計塔の中。 塔全体から不思議な魔力を感じるその場所に、少年は何の疑いもなく入っていく。 ニーツも後を追って足を踏み入れると、ザワリと闇の気配が蠢いた。 光の眷属には不安を植付け、闇の眷属には力を与える、そんな空間。 強い魔力を感じ、視線を常人では認識できない闇へ転じると、例の少年達が、不気味な触手に襲われているのが目に入った。360度から襲ってくる触手に、彼らはどうしようも出来ず、抱え合う。 「…これだから、子どもの夜遊びは危険だと言うんだ」 小さな呟きを残し、ニーツは右手を振り払った。それによって発生した圧倒的な魔力が、触手を一つ残らず焼き払う。 「え?」 半龍半人の少年の、呆けたような呟き。 突然脅威が失せた事に、驚いた少年が顔を上げ、ニーツと目を合わす。 「あ―…えっと、ありがとうございます」 ようやく自失から立ち直った少年が、子どもを支えながら立ち上がった。 落ち着いたところでニーツを改めて眺め回し、首をかしげる。 「君も迷子?」 「……」 いきなり命の恩人に向かって子ども扱い。 なかなかこの少年もいい性格をしていると、ニーツは思わず憮然とする。 「お前達は、何でこんな所に来た?」 反対に問い掛けると、少年は困ったように子どもに目を遣った。つられて、ニーツも子どもへと視線を移す。 子どもは、少年の後ろから真っ直ぐに、ニーツを見つめていた。自然と、二人の目があう。
…タイ…カエリタイ…
その時、ニーツははっきりとその言葉を聞いた。 小さな子どもの声。 切望と、懇願が入り混じった声。 「…まあ、いい。お前達、この塔の上に行きたいんだろう?」 しばしの沈黙の後、振り切るように少年に視線を戻すと、少年は躊躇いながらも頷いた。そんな彼の様子に、ニーツは先程とはうって変わってニッコリと笑い、腕を組む。 「そうか、じゃあ、俺も付いて行って良いか?」 「えええ!?」 少年の狼狽した声を聞きながら、ニーツは少年の先に立った。 事態を把握しきれず、なかなか動けない少年の腕を取って、歩き出す。少年は狼狽したまま、ニーツに問い掛けた。 「え、あの、その…何で?」 「単なる暇つぶしだ。気にするな」 素っ気無く言って、ニーツは紅い左眼を少年に向け…
―…ドオン…―
前方から突然響いて来た、爆発音。 それに反応して、視線をすぐに戻す。 「な、何…?」 「…どうやら、侵入者が他にもいるようだな」 冷たく言い放ったニーツは、同族の気配を感じていた。

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