| [275] 『吸血鬼退治』(ウピエル&シエル&礫)――最終話 |
- 魅流 - 2004年12月09日 (木) 07時55分
「あっ! おいっ! ちょっと待て!」
舌打ちをしながらボルダーを追いかけるウピエル。 何やってるんだあの馬鹿、まだ領主のトドメも刺してネェっていうのに――!! 知り合いの、かくも無残な姿を観察する冷静さを求めるのはまぁ酷というものだろう。 そして夕闇の靄の中、足元をゆっくりと霧状の何かが王座の方に流れていったコトに気付かなかったっていうのもまぁしょうがないだろう。 だからってむやみやたらに先走っていいって事はネェ。ほら、今にも王座に集まった霧は再び人型を成し、肘掛に手を掛けてやがる……!!
「待ちやがれってんだ、よっ!」
王座に向けて駆け上がっていくボルダー氏を体当たりで吹き飛ばすのと、
「ヒッ!!」
彼の目の前に豪華なシャンデリアが落下してくるのはほぼ同時だった。 普通のシャンデリアならばそのまま絨毯に引火して火事にでもなっていたであろうが、幸いというべきか当然というべきか火は灯っていなかったので一瞬埃が立ちこめるだけで済む。もっとも、挽肉になりかけていた自警団団長にはそこまで考えを回す余裕はなかったのだが。
「ボルダー、お前だけは最後まで私を裏切らないと思っていたのだがな…」
「なっ」
舞い上がった埃が落ち着くのを待って、この対人罠を動作させた人物は言葉を発した。 先ほどまでいろいろと欠落していたハズの体も刻々と回復を遂げていく。 ここにきて、ボルダー氏にも傷口に足元から霞が集まって来ているのが見て取れた。 かなりの勢いで体を再生させる領主は、自らの王座に腰掛け両手を組み審判を下す裁判官のようにかつての友を見下ろしている。
「そんな、さっき確かに…」
「あぁ、アンタが余計なコトしなけりゃあのままトドメまで行けたんだけどナ」
男の独白に答えたのは裁判官ではなく、彼の審判から咎人を救った部外者だった。 体を起こし、二本の鎌を両手にぶらさげて領主を見やる。
「考えてみろや。体を蝙蝠に変えて襲ってくるようなヤツだぜ? 見た目がダメージを測るのに参考になると思うか? コイツはな、やられたフリをして俺たちが油断するのを待ってやがったのさ。 ご丁寧に斬られる前にその部分を自ら霧に化けさせて攻撃をやり過ごしてな。 まぁ、多少はマジメに攻撃をしかけて化ける間もなく撃ち落されたり斬り落とされたりしてたみてぇだが」
「気付いていたか。だが、それを知ったところでお前に私をどうこうはできまい? いくら人ならぬ身とは言え、な」
嘯く領主。それははったりでもなんでもなく、本当に何人たりとも自分の体を侵す事なぞできはしないという確信だった。吸血鬼は個体によって持っている能力に差がある事は多い。この"領主"は自分の体の分解、再構成に特化した個体であるらしい。
思わず溜息がこぼれた。いくら立場を利用して見境無しに力を得たとはいえ、一年も化け物をやってない、こんな自分の体をいぢくり回すしか能がないヤツがこんな大層な口を利くようになるとは。
外に意識を向ければ、シエルが連れて来た自警団の団員は自分達の領主の座っているハズの場所に化け物がいる所為で中に入りかねて様子を伺っているのが分かった。 殺るなら、今だ。
もう一度、深い溜息。あからさまな落胆の仕草に領主が訝しげな顔をした頃にはウピエルは目の前に肉薄、ほとんど条件反射に首の防御に入った右腕を斬り飛ばしている。 再生する間も与えずに肉体を破壊し無力化、しかる後にトドメを刺す作戦は失敗。ならば、手を抜かずに確実に無力化をすればいいだけの話。 体の一部を斬り飛ばす、というところまでは先程と変わらない。領主の口には無駄だと言わんばかりの笑いが張り付き、斬られた断面はすでに霧と化している。
そしていよいよ腕本体が霧散しようとしたとき。 領主の右腕は、ウピエルの一睨みで音も立てずに燃え尽きた。
「な、馬鹿な!?その瞳……まさか貴様、祖だとでも言うのか!?」
いったいその瞳に何を見たのか。さっきまでの余裕はどこへやら、一転して声に怯えが混ざり目を見開く領主。ボルダーや礫には背を向けている形になるので、彼らがウピエルと領主の間に何が起きたのかを伺い知る事はできない。外の自警団員達に至っては、辛うじて彼らの領主様の腕が斬り飛ばされたのが見えただけだった。
「そういうワケじゃネェんだけどよ、ちょいとワケありでな」
ウピエルが苦笑しながら応えた時には領主の残る手足を全て刈り取られ灰と化している。 相当な痛みがあっただろうに痛そうなそぶりなぞは一切見せず、もはや領主はただ愕然と震えるだけだった。
「馬鹿な、私の手足が再生しないだと……!? そんな事があってたまるか、もう私は弱かったあの頃とは違うのだ……!!」
半ばパニックを起こしながら自分の手足を再生しようとする領主を尻目に、ウピエルはシャンデリアの残骸をようやっと乗り越えてきたボルダー氏に場所を譲る。
「領主様」
手足がない事や、もはや人間ではない事。それらを差し引いても、今王座に座っているのはボルダーの知っている領主とはまったくの別人だった。 体が弱い分、有事の際に先頭に立って戦う事はできなかったものの、領民の事を第一に考え、様々な書物から得た知識を惜しみなく活用し、皆の生活を支えていた昔の彼とは。 代々領主に仕える家柄だったとか、そういうのを抜きにしてもこの身朽ちるまで尽くさんと誓った、あの頃の彼とは。 もはや目の前にいる人物の事なぞ気にもならないのか、領主はボルダー氏の呼び掛けにも答えず、ただ自分の手足を取り戻す事にのみやっきになっていた。 その様子にもはや言葉は無意味と悟ったのか、ちらりとウピエルや礫、力を使いすぎて眠りについてしまっているシエルを見た後で、借り受けたリボルバーを主であり友であった男の胸に突きつける。
ドン ドン ドン ドン カチ カチ カチ
「ヒャハハ、手、足、て、ヒャハ、アシ、私の、ワタしの、ワたシのおぉヲヲヲヲ」
銀の銃弾を一発撃ち込む度に叫ぶ声は大きくなっていく。だが、込められた弾が尽きても領主が力尽きるコトはなく、狂ったように奇声を上げ続けている。 やっぱりか、という思いに捕らわれながら氏は自分の懐からペンダントを取り出した。自分と彼との決着をつけるのは、やっぱりこの一発でないと駄目なのか、と。 それはまだ子供の頃。よく意味もわからないままに"ちゅうせいをちかう"と言った自分に彼がくれた銀の銃弾を加工したペンダント。 弾倉を引き出し、空の薬莢をリジェクトして、ペンダントから外した弾を込める。不思議と手は震えなかった。左手を使ってしっかりと弾倉を押し込む。両手を合わせたその姿は、まるで神に祈るかのようにも見えた。
「……さようならです。せめて、天に召される事を――」
「ハハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハハhaHAハは」
づどム。
哄笑はその一発でピタリと止まった。一瞬ビクリと痙攣してカクリと首が落ちる。 結局夜闇の到来を待つ事もなく、吸血鬼と化した領主は体の末端の方から徐々に灰となり、茜色の風に流れていった。
◆◇★☆†◇◆☆★
そして、この一件は終わりを告げた。予定通り、外から様子を伺っていた団員達には団長から事情を説明させ、遠くからとはいえ状況を見ていた彼らも納得、街に住む"伯爵"からも特に訴えがなかった為、そっちの方面での事後処理は楽に終わった。気絶していた所を保護された、浚われて血を吸われた娘達も、日が浅かった一部はなんとか人間に戻れたようだ。ただし、もの凄く衰弱しているので今は病院で療養中らしい。残念ながら帰らぬ人となってしまった多数の被害者は共同墓地に埋葬され、近々合同で葬式が行われるのだろう。
ちなみに、夜になるまで領主の城の隅々まで捜索したが、結局黒幕とされる女は見つけることができなかった。領主と戦っている間に裏から逃げ出してしまったのだろう、というのが自警団の出した結論だ。 この様な事件の再発を防ぐ為にも辺りに山査子を植えたりなどはするが、吸血鬼にしてみれば襲える村や街など星の数、わざわざケチが付いた所を狙うこともなかろう、というのが専門家の意見だった。
――そして、激動の一日の深夜。宿屋二階、ウピエルの部屋にて。
「はいんな」
コンコン、という静かなノックの音に反応してウピエルは来訪者に声を掛けた。 入って来たのは、夜色のドレスを纏った一人の女。整ったその顔に、ウピエルは確かに見覚えがあった。 ・・・・・ 「ひさしぶりだな、フィーニア」
「ええ、お久しぶりです。ウピエル様」
飲むか?とグラスを勧める。それを「すぐに帰りますから」と断ってフィーニアはウピエルに背を向けた。
「今回は私の負けです。ですが、次は貴方を倒せる殿方を見つけてみせます」
「ま、次はもっと上手くやるんだナ」
もはや言う事はない、と扉を開けて"子供"は夜の闇へと紛れて行った。
「いいの?逃がしちゃって」
入れ違いに入って来たのは、ここしばらく一緒に旅をしている相棒だった。 パタン、と扉を閉めてテーブルの上のグラスを手に取る。
「いんだよ、アイツがまたどっかで何かやんのは当分先の話だろうしな」
チーン、と澄んだ音が狭い部屋に響き渡った。 ゆっくりと杯を干す。 ふと見上げればそこには相棒のように白い月。深い夜の中で優しい光を放っていた。
◆◇★☆†◇◆☆★
「本当に、世話になったな」
翌日、村の出口にて。 領主の交代やらなんやらで、自警団の団長もいろいろと処理する仕事が多いのだろう。一睡もしてない赤く腫れた目をしたボルダー氏は再三頭を下げた。 さらに礼の言葉を紡ごうとするのを、片手で抑える。
「まぁ、もういいって。なんかキリがネェしよ」
「そうですよ。そんなに頭を下げられると逆に僕達の方が恐縮してしまいますし」
「そ、そうか……」
俺様と礫坊、二人に言われてようやくペコペコするのをやめるおっさん。 こんな腰の低いおっさんでも次期領主候補なのかと思うと、笑いを堪えきれなくなりそうだ。ま、そこらへんはこの街の連中が決めるコトだから俺様がどうこう言うコトでもないんだが、よ。
「んじゃ、俺様達はそろそろ行くゼ。色々大変だと思うが、ま、達者でな」
「あんまり根を詰めすぎずに頑張って下さいね」
「あぁ、君達も元気でな」
口々に別れの挨拶を交わす。 かくて俺達一行は街を後にした。しばらく行った所で道が東西に分かれており、俺様達は自然にそこで立ち止まった。
「それじゃ、僕はこっちに行ってみますから。お二人ともお元気で」
東に向かう道を選びながら、礫坊は朝日を受けて笑っている。
「あぁ、お前さんもな」
そうして、彼は東へとまっすぐに歩み去って行った。 そんな堂々としたここ二日ばかりの共闘者を見送って、俺様達ももう一方の道に爪先を向ける。
「行くか」
「そうね」
大陸の端には一年中お祭りをやってるような街もあるらしい。一度行ってみるのも悪くはネェかな、などと思ってみる。 まぁ、先のコトなんざ知ったコトじゃねぇ。とにかく、俺様とシエルは、朝日に背を向けて、街道を西へと歩きだした――。
----------------------------------------------------------- 吸血鬼退治
依頼人………ボルダー氏 PC設定……なし クリア条件…吸血鬼を倒す 参加PL……葉月瞬 魅流 マリムラ 参加PC……礫 ウピエル シエル
MISSION COMPREAT!!
THANK YOU FOR READING ----------------------------------------------------------- てなワケで、終わりました。実は完結させたのはこれが始めてだったりする自分。三日くらいかけて頭を捻りましたさ。 いままで作ってきた話に相応しいオチがちゃんと付いてるといいのだけれど。 最後の方、すべて消して書き直したい衝動に何回か駆られて困りました。とかいいつつ実は一回やったんだけど。ハッハッハ。
心残りは、全般的に礫君を活躍させてあげれなかったコトかな。後シエルさんのセリフが少ない。三人称視点を頑張ろうとしたけど、ハンパに一人称が混ざってわけの分からないことに。まだまだ精進が必要ですな。
なにはともあれ、ここまで吸血鬼退治の話にお付き合いくださりありがとうございました。m(_ _)m
そして、オレの脳内設定爆発の世界に付き合ってくれたマリ姉と瞬さんにも、ありがたう!他PTもいろいろとよろしく!!(何
以上、朝の謎テンションと共に、魅流でした。

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