| [272] 「あなたを救う旅」 ◆4◇ |
- 千鳥 - 2004年12月06日 (月) 23時59分
砂漠は白かった。 まるで全てをリセットしたかのような、真白い砂漠の地平線に太陽が昇る。 僕が背を預ける、象もまた白かった。僕の服も白かった。 彼の服だけが、ただ真っ黒で、夜のカーテンの切れ端のようだった。 黒い服についた白い砂が星屑のように瞬いては滑り落ちていく。
そうしてまた、砂漠での一日が始まる。
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僕らは太陽が昇る方角――東に向かって進んだ。 何処へ行くのかという問いは、もう口に出さないことにした。 彼は星を読んでいた、星は方角を、進むべき道を示してくれる。 ここが海だったら、僕だって、知っている星座の知識を総動員して役に立つこともできるのに…。
緑とオレンジで出来た斑(まだら)の地帯を少し迂回したところで――こういった場所の地下では、何か生き物が動き回っているらしい――僕は、ふと尋ねた。
「ねぇ、あなたは何と言う名前なの…?」
二人っきりだから、名前など呼ぶ必要がなかった。 でも、名前も知らないなんて、何だかよそよそしい気がする。 僕はそう思うのに、彼は案の定、今までのように、子供をはぐらかす様な答えを返した。
「私は、名前を捨てた人間だ。ロッシが好きなように呼べばいい」
好きなように? おじさん?お兄さん……?それとも…… 彼の容貌は年齢どころか、性別すら判断しようがなくて、僕は心の中で辛うじて「彼」と呼んでいた。
「じゃあ、この象はなんて名前なの?」 「テティス」
それは迷うことなく返ってきて、僕は少なからず驚いた。 ………テティス。それは船人に道を指し示す、海の女神の名前。
「それって……」
僕がさらに問い詰めようとしたときだった。 ゆっくりと歩を進めていた、象――テティスの足が止まる。 僕は、彼の横から大きく身体を乗り出して、前を覗き見た。
「あ――」
人だ。 人が倒れている。
「助けなきゃ!」
ピクリとも動かない彼の背中を力いっぱい揺すった。 しかし、皮だけの身体のどこにそんな力があるのか、彼はけして動こうともしなかった。
どうして? どうして僕のときのように助けないの?
「その必要はないんだよ」
ザザッと、波の様な音が僕の脇を通り過ぎていった。 黒い影――いや、砂が、四方から集まって倒れた旅人の身体を包んだ。 砂鉄をひき付ける磁石のように、男は黒い砂に隠れてしまう。 その異様な光景に、耐え切れなくなって、僕は視線を落とした。 その先に、彼の右手が映る。 指を交差して、前に突き出した仕種は、やっぱり僕が知っている、船乗りが死者に向ける習慣で・・・・・・
ここは、一体どこなんだろう・・・・・・?
倒れた男を食らうように動いていた黒い砂が、弾けて散った。 そこには黒いマントを被った男が佇んでいた。 水分を失い褐色になった肌に、窪んだ眼孔が不思議そうに僕らを見ていた。
――― あぁ、彼は!!この人たちは!! 彼は、くるりと象の向きを変えると、何も言わずに進み始めた。 今、目の前で彼の仲間になったであろう男に、何の言葉を残すこともなく。
「ねぇ、どこに行くの?」
緑色の、どこか爽やかな風が一陣、僕らを追い越した。 緑色に染まる象、白いままの僕の服。黒いままの彼の服―――。
「あなたは、この砂漠の果てを見たことがあるの?」
―――――お前が望めばどこまでも・・・・・・この砂漠は続いているよ。
「僕も、あなたのように、さっきの人のようになってしまうの!?」
あなたはいつからこの砂漠で彷徨っているの!!???
長い沈黙が続いた。 彼についていけば、きっと助かると思ったのに。 僕は象の背中からを身を投げた。 「待ちなさい!!ロッシ!」
彼が声を上げる。 その焦った声が、今までの平らな調子と違っておかしかった。 右肩を地面に打ち付けたが、砂のせいか、それほど痛くない。 素早く立ち上がると、僕は砂に足をとられないように懸命に走り始めた。 僕と彼の間に、強い虹色の砂嵐が吹き、振り返った時には別の光景が広がっていた。 だから、彼の悲痛な呟きなど、僕には届かない。
「行ってはいけない・・・私は、やっとテティスとお前を手に入れたのに・・・」

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