| [269] 『吸血鬼退治』(ウピエル&シエル&礫)――5 |
- 葉月瞬 - 2004年12月06日 (月) 12時46分
シエルがチェス盤のような格子模様の床に倒れ込むのと、巨大蝙蝠達が加速度的に襲い来るのとはほぼ同時だった。しかも一匹や二匹ではない。五、六匹が纏まって互いの身体を擦り合いながら襲ってきたのだ。 礫は冷静にそのシエルに襲い掛かる蝙蝠達の動きを眼で捉え、的確に刀身で薙ぎ払っていく。右から来た蝙蝠を袈裟斬りにすると、返す刀で正面の蝙蝠を縦に真っ二つにする。そのまま動きを止めないで、手首を返すと刀身は横一文字になる。そのまま振り抜いて左から襲い掛かって来ていた蝙蝠二匹をほぼ同時に横薙ぎにする。そして、最後に右足を軸に半回転させて後ろから来ていた奴を短冊斬りにした。 床に落ちた蝙蝠の死骸は黒く霞んで霧散する。
「シエルさん! 大丈夫ですか!?」
倒れたシエルを気遣う礫とは対照的に、ウピエルはそのまま振り向きもせずに鎌を胸の辺りで交差するように両手で構え、雄叫びを上げながら階段を駆け上がっていく。さながら肉食獣のそれのように動きは俊敏だ。 目指すは階段の頂上、蝙蝠達を放っている元凶である。 ウピエルの吸血鬼としての能力はまだ中間ぐらいである。その証拠に瞳の色は未だに赤い色のままだ。
「へっ、死徒相手に本気を出すまでもねぇ!」
両手に持った鎌を交差させてクロスの形に振り抜く。的は当然領主の成れの果てだ。 鎌には銀の加工が施されており、旋回した時に蝋燭の光が反射してきらりと光った。 領主は一歩下がって、ウピエルの攻撃をかわすと同時に二匹の蝙蝠を出現させて牽制する。ウピエルの二本の鎌は二匹の蝙蝠をあっさりと分断した。
「おい! あんた! 下をよく見てみな! あんたのご自慢の蝙蝠は、もうあらかた片付いてるみたいだぜっ!」
鎌を振り下ろしながら余裕の笑みを張り付かせて語りかけるウピエル。 領主は、ウピエルの攻撃を辛うじて避けながら階段下を見遣った。
領主が見た時には、既にあらかた礫が蝙蝠達を片付けた後だった。礫とボルダー、それから倒れているシエルの周囲には千切れて転がる蝙蝠の残骸が山のように積まれていた。何れ消え行く骸たちだ。
「おい、あんた……体が壊れかかってるぜ」
右手の鎌をフック気味に振りながらウピエルが指摘する。 ウピエルが指摘した通り、領主の体は半分崩れかかっていた。身体の右半分が霧散していて、左半分から突き出している肋骨が露になっている。それでも生きて動いていると言うのは、まがりなりにも不死であると言う証であろう。
「くっ!」
領主は半分崩れかかっている自分の身体を目の当たりにし、苦しみを滲ませた表情を見せると、途端に身を翻した。目指すは自分のマスターがいる奥の部屋だ。
「あのお方に何とかしてもらわなければ――」 「だから、諦めろって」
ウピエルは余裕の笑みも凄まじく赤い瞳を煌かせると、霧になって領主の行く手を塞ぎ両手の鎌をクロスさせて振るった。 領主は断末魔の悲鳴も生々しく、十字の傷を癒す事も無く倒れ果てた。 倒れた領主の頭上では止めを刺した最後の格好で、ウピエルが格好よくフィニッシュポーズを決めていた。口元を笑みの形に歪ませて。
「領主様!」
驚愕の色を込めた声にウピエルが視線を上げると、丁度ボルダーが階段の上まで上がってきて驚きで見開かれた目で領主の死体を見詰めているところだった。暫く肩を少し震わせて顔を俯けていたかと思うと、突然何の前触れも無く走り出した。 暗がりに呑み込まれた廊下の先へと――。
「あっ! おいっ! ちょっと待て!」

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