| [266] 『消えていく子供達(ミッシング・チャイルド)』 (マックス&エルガ)−2 |
- フンヅワーラー - 2004年12月05日 (日) 01時03分
部屋の窓を開ける。 薄暗い光が霧によって拡散される様[さま]を見て、マックスは素直に幻想的だと思った。 だけども、これでは朝の計画が台無しであった。どうせこの霧では、朝の船の便はなくなっただろうから、急ぐ理由も無くなったのだが。 寝なおそうかとも思ったが、昼には霧が晴れるかもしれない。ならば、気持ちをシャンとさせていた方が……気分的な問題ではあるが、そっちの方がいいと思った。 マックスは、思い切り伸びをした。
墓参りには、やはり花が必要だろうか?
1階に下りると、まだ目覚めきっていない、自分のだらしない顔とは違い、主人は「おはよう」と挨拶をしてくれた。 へらりとした顔を作り、マックスは「おはようございます」と返す。 主人の顔は笑顔を作っているが、顔色はすぐれない。昨日の夜は寝ていないのだろう。 マックスは、「あー」などと、無意味な間を埋める言葉を発し、答えが分かっている問いかけをした。
「やっぱ……見つかってないんですかね? まだ」
返って来たのは無言の首振り。まぁ、分かってはいたのだが。 そうですか、と、マックスもなにやら神妙な顔つきを作って相槌を打った。 そこで、会話が終わるはずだった。
「……そのことなんですがね、あとから村長からお話があるんですけど……お願いが」
「はぁ……」
「あ、ですから、あの……、あとから来ると思うんで……あの、ちょっと、外出は……」
「あぁ……はい、わかりました」
主人から内容が伝えられないということは。……まぁ、だいたい察しがつく。 あぁ、こんなことなら、さっさとしておくんだった。 大した後悔の念も無く、マックスはそう思った。
昨夜、主人から子供がいなくなったと聞いて、マックスはいいきっかけだと思った。勿論、心配する気持ちも無くは無かったが、所詮は他人事である。自分の事情が一番である。 何にもないこの島に3日ほど滞在し、なんとなく先延ばしにしていた墓参りを、とっとと済ませて、やっかいなことに巻き込まれないうちに帰ろう、と思ったのがマックスの正直な思いであった。 だから、それを聞いた時、マックスは決めた。朝のうちに済ませて、朝の便に乗って帰ろう。 そう計画していたのだが、今朝は生憎の霧。まぁ、晴れていたとしても、ここで引き止められるわけなのだから、墓参りにも行けず、朝の便にも乗れないわけだが。 村長からの話というのは、だいたい見当がついている。 村の意向と、普通の人なら言いにくいという事柄。 ならば、内容はもう決まっている。
「特に、お急ぎの用事が無いようであれば、もうしばらく……三日ほどでいいので、滞在していただいて欲しいんです」
あぁ、当たってしまった。 なかなか、自分の判断力も悪くないらしい。
「……えっと……何故でしょう?」
理由を確認したいのではない。相手の出方を見たかった。 しかし、言った後に、相手がどう返答しようと、自分の返事は変わらないのだから、無駄な質問だったかもしれないとも思った。
「ご存知のとおり、今、子供が3人、昨日から見つかっていないのです。勿論、どこかで迷ったり怪我をして動けないでいるのかもしれないですけども……。 なにせ、見かけられなくなった時間帯が、それぞれにバラバラでして。3人が別々に、同じ日にそのような事が起きたとは考えられにくいでしょう。 ですから、今、あなたに島から出られてしまわれると……疑っても、仕方ないことになってしまいます。それはあなたとしても本意ではないでしょう」
白髪がやや混じった頭髪をしている、壮年の男。優しげな目つきをしているが、瞳には知性の輝きがある。 このような閉鎖的な環境では、だいたい老人が村長を務めているのが妥当であるから、マックスは最初、小さく驚いた。 だがこの返答を聞いて、マックスは納得した。 この賢さを持っているのならば、村からの信頼は厚いのだろう。
「勿論、こちらの都合ですから、滞在費……食事などは、こちらで無料で用意させていただきます」
ムチを振っての、アメ。順序が良い。 このような言葉の効果とか分かるのに、マックスは自分ではそのテクニックを使うことが出来ない。だから、村長の賢さには「すごいなぁ」と素直に感心してしまった。 そんな感情が、呆けた顔に出てしまったのだろう。 村長は、短く、真っ直ぐに言葉を重ねてきた。これもまた、効果的だ。
「要は、安心させていただきたいのです」
要は、万が一の時の、容疑者だということを、丁寧に宣言されているのだ。 気分は……いいはずがない。 マックスは、返答した。
「はぁ、数日くらいであれば別にいいですよ。 特にこれといった急ぎの用事もありませんし」
「ありがとうございます」
気分が良くなかったが、だからといってマックスには断る気力が無かった。 村長は立ち上がって、笑顔で握手を求めてきたので、マックスは手を差し出して握らせる。申し訳程度に握り返し、マックスの手は上下に数度、軽く振られた。
断ってもよかった。嫌な顔はされるだろうが、恐らく、船には乗せてくれるだろう。乱暴なことをされてまで拘束されるということは無いはずだ。 本格的に危ない立場になりそうになってから、動いてもいいだろうし。それに、と、マックスは心の中で付け加える。 自分は人畜無害な存在に見えることを、マックスは知っていた。 ただ、この島の小さな村で、どこまで通じるのだろうか、という不安はある。小さな集落では、余所者というだけで十分、不振な人物となる。
さて。 期限は延びた。 また、墓参りが延期されるということだ。 実は、自分はそうなることを望んだから、滞在の延長を受け入れたのかもしれないと、マックスは思った。 行きたくないということではないんだがなぁ、と思っているのだが、何故だか億劫になってしまう。 マックスは大きな欠伸[あくび]をする。
「……少し、寝なおそう」
小さく呟いて、マックスは部屋に戻った。

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