| [262] 『吸血鬼退治』(ウピエル&シエル&礫)――4 |
- マリムラ - 2004年12月03日 (金) 01時17分
時間は待ってくれない。 空の色は紅に染まり、僅かずつ紫に浸食される。 紅く輝く太陽は既に遠くの山の端へと沈みつつある。 空を舞うのはコウモリだろうか? それともカラスなのだろうか? 小さな影が城の上で踊り続ける……ダンスフロアはもう灯りを落とし始めていた。
玄関ホールは閑散としていた。
勢い良くウピエルがドアを開け放つと、部屋の隅で埃が踊る。領主が使用人に暇を出しているのだろうか、人の気配もしなかった。
「もっかい足止めがいるかと思ったのによ」
ウピエルが肩を回す隣で、シエルはおもむろに仮面を外す。 城の中には殆ど日が射し込むことはなく、小さな蝋燭の灯りしかなかったので、最大限視界を確保しようとしてのことだ。 零れるような白を目の当たりにして、驚き、動きが止まるボルダー氏。シエルは気付いていないかのように自然に、ボルダー氏に会釈した。
「改めて、よろしく」
僅かに口の端が上がっただけなのに、唇の紅に目を奪われるボルダー。彼はカクカクと首を上下に動かすことしかできなかった。
「んー、やっぱ何とかは高いところがお好きらしいね」
ウピエルがホールの中央にある階段の上を見つめた。 外の光が一筋も入れないような暗黒が、奥に続いているような錯覚を覚える。
「しかも、ご丁寧にお待ちかねのようだ」
「そうみたいですね」
礫がボルダー氏を庇うように立ち、剣を構える。 ウピエルはキラリと瞳を輝かせると、紅い目で笑った。
「礫くんはボルダーさんを死守して。 あのバカと私は<アイツ>を無力化して、もう一体を引きずり出してみるから」
そういうと、シエルは階段の上に向けて発砲する。 <アイツ>と呼ばれた人影はソレを合図にしたように霧散すると、無数の巨大なコウモリとなって襲いかかってきた……。
「キリがないわね……」
シエルが舌打ちする。 外は紺色に染まり始め、僅かに紅みを残すばかり。 礫とボルダー氏は背中合わせでコウモリに応戦している。一方ウピエルも一人で奮戦してはいるものの、後ろに出来るだけコウモリを洩らさないようにとしているせいか、なかなか前には進めないでいた。
「どうするの?アナタ一人ならつっこめるんでしょう?」
ウピエルに声をかけると
「残りどうするんだよ」
そう息も切らさず返してきた。 満月の日、しかも後僅かな時間で完全な夜が訪れるという逢魔が刻。 吸血鬼の彼が、生き生きとしていないハズはないのだ。
「アナタが注意を引けば、こっちへ攻撃する余裕はなくなるんじゃないかしら」
この会話の間に撃ち落としたコウモリは4匹。弾を込めながらウピエルに微笑みかけると、もう一言付け加えた。
「それとも一緒に行って欲しい?」
「へいへい、先に行ってますよーだ」
肩を竦めて戯けたようにウピエルは言うと、両手に持った鎌を構え、くるっと踊るように一回転。回りには見事に落とされたコウモリの残骸がつもっていた……。
「そんな、私も……っ」
慌てて後を追おうとして、ボルダー氏がよろける。その隙を狙ったコウモリの攻撃は、礫の的確な判断で払い捨てられた。
「ボルダーさん、ウピエルさんが後方に憂いを残さず済むように、きっちり片づけてから後を追いましょう」
礫らしい利口な言葉にボルダーは力強く頷く。 シエルはやおら重くなった瞼を擦ると、睡魔に抵抗しながらコウモリを狙った。
「……そろそろ限界かな」
焦点が定まらなくなってきていた。銀の弾丸の数を考えても、外すわけにはいかない。
「お二人さん、銃は扱ったことある?」
「え、あ、ないですよ」 「あるが……」
「じゃあ、キマリね」
コウモリが減った隙に、ボルダーへ銃を渡すシエル。 取り落としそうになったが、何とか無事に手の中へ収まった。
「私はさっきの無理で限界が近いみたいなの。 残りの弾丸は今銃に込められている分と、アナタの首のソレね」
はっとして首元を押さえるボルダー。さっきよろけたときに、ペンダントが表に出てきていたらしい。 シエルは礫に向き直ると、上の階を指して言った。
「コウモリが減ってきたみたい。 頼むわね、礫くん」
階段を見上げる礫の後ろで、シエルは僅かによろめいた。

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