| [258] 「あなたを救う旅」 ◆2◇ |
- 小林悠輝 - 2004年12月01日 (水) 23時39分
「休憩だよ、ロッシ」
彼は僕を象からおろすと、フードを目深にひきながら手綱を引っ張った。
「象を休ませるから、お前も休憩しておきなさい」
「うん」
僕はうなずいた。 とても疲れていたし、それ以外にはどうしようもできなかった。 彼から少しはなれた場所にしゃがんで、手で水をすくって飲むと砂の味がした。びっくりして吐き出すと、彼が象を引きながら言った。
「……手は洗ったかい?」
「あ」
砂の色に褪せた手を、貫頭衣をたくって肘まで洗ってから、もういちど水を口にふくむ。不思議な甘さだった。冷たさが、乾いていた体に染みていく。
僕はたぶん呆然としたまま、たくさんの水を飲んだ。 僕の家でいつも飲んでいる水よりもずっとおいしかった。 ぼうっと見上げると、木の上に鳥の影が並んでいる。
あの鳥はどこから来たんだろう。 あの港町を知っているだろうか?
「ねぇ」
まだ何も言っていないのに、彼は首を横に振った。
「この砂漠の生き物は……ここから出たことがないよ」
……ジェニーは今、何をしてるんだろう。母さんは? 父さんは? 僕がいなくなって心配してるはずだ。だけどどんなに探したって、この砂漠には辿り着けないかも知れない。
「……そう」
彼は水を飲んでいる白象のとなりに立ち尽くして泉を見つめている。 色を変えていく砂漠が黒い背中の向こうに広がっている。 急にこわくなって、服を掴んでばさばさと砂を落とすと、僕は彼のところに戻った。
足元でやわらかく茂った草に、靴が浅く埋まる。白かったそれはもう赤みを帯びた褐色に変わっていた。
「夕方には出発するよ」
砂漠で日が暮れたら、昼間の暑さがうそのように寒くなる。 僕だってそのくらい知っている。ジェニーと一緒に読んだ本に書いてあったんだ。 だけど、ここでは違うのかも知れない。赤紫から橙に染まりながら消えていく砂丘を見て、そう思う。
「どこへ行くの?」
彼は空を見上げたけれど、僕にはできなかった。だって、ここの空は僕の知っている空とはあまりにも違う。海を映した鏡のような、どこまでも青い蒼い空を見たいのに、ここにあるのは砂漠の鏡だ。 どんな角度で覗いても、僕が見たいものは映されない。
「……ゆっくり休んでおくんだね」
「この砂漠は、どこまで続いてるの?」
フードの奥で、ふ、と彼が笑う気配がした。 哀れむように悲しむように喜ぶように歌うように、彼は囁いた。
「お前が望めばどこまでも……」
オアシスの周りには一面の砂漠が広がっている。 昔、海はどこまでも続いていて、世界を一周してしまうこともなく、滝になって途切れていることもなく、果てがないと信じていたことを思い出した。

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