| [250] 『吸血鬼退治』(ウピエル&シエル&礫)――2 |
- 葉月瞬 - 2004年11月27日 (土) 06時42分
「んぁ? もう時間か?」
無理やり目覚めさせられた伯爵の第一声は、なんとも形容し難い間抜けなものだった。 目覚めたばかりでまだ本調子じゃないのか、伯爵は未だ何が起こったのか理解しきれてい なかった。わざとらしい安っぽい牙が、きらりと光る。 質素な外見と相まって一歩踏み込んだ室内は、貧相さを際立たせていた。まず目だって 気になったところは、室内の広さだった。仮にも“伯爵”と名乗っている割にはその建築 物は狭かった。屋敷と言うにはおこがましいほどに。昼間だと言うのに薄暗く見通しは聞 かないが、簡素な暖炉が扉の正面の壁、中央にあつらえてあるのが見て取れる。火は点っ ていない。他の家具類は全て埃避けの白い布が被せてあって、一目で使われていない事が 窺える。窓には態々板張りがしてあって、それが日光を遮っている様だ。丁度部屋の中央 に棺があって、シエルが蹴りあけた棺の縁に片足を乗せている。
「さぁ、こっちの用事をさっさと済ませて、次行くわよ」
そう言って礫の方に振り向いて優雅に微笑んだシエルの赤い瞳は、今より先を見据えて いた。どことなく焦っているようにも見える。ウピエルと早く合流しなければならない。 そういう焦りだった。
「用事って、何の事だね?」
牙を不必要に煌かせながら、伯爵はのたまった。
「とぼけないで。今更。 さぁ、教えてもらうわよ。真祖が誰なのか……」 「真祖?」 「本当に知らないの?」
シエルは、少し苛立って、詰め寄った。時間が無いのだ。扉を派手にぶち破ったものだ から、もう直ぐ警邏の者達が駆けつけてくるだろう。流石にばったり出くわす訳には行か ない。 シエルの仮面を付けたままでの凄みに、流石に気後れしたのか伯爵はあっさりと白状し た。
「ああ、領主様の後妻に入った女の事だな」 「後妻?」
疑問に思い尋ね返したのは礫の方だった。
「ああ。領主様はあれでも大の女好きでね。先に娶った妻に先立たれると直ぐに、また別 の女を妻に娶ったのさ。丁度二、三ヶ月前の事かな。ところがその女を娶った途端、きっ ぱりと女遊びを止めやがったのさ。不審に思ったわしは調べたね。あの女が吸血鬼の真祖 だというところまで突き止めた所で、襲われたのさ。これが、その時の傷」
そう言って見せた右腕の傷は、蝙蝠か何かの動物に咬まれた様な咬み傷だった。穿たれ た二つの穴が妙に生々しい。
「襲われたのは夜だったから正確には把握出来なかったが、ありゃあ、相当にデカイ蝙蝠 だったな。ひょっとしたら人間大はあったかも知れん」 「女の名前は?」
今度はシエルが脱線した話を元に戻すべく、先を促す。
「女の名前? 何だっけかなぁ……嗚呼! クソッ! 上手く思い出せねぇ…………えっ と、確か……ソフィア……違う! フィリス……? これも違うなぁ。フィ、フィ、フ ィーニア……確かそんな感じの名前だったと思う」
伯爵は自信無さ気に上目遣いでシエルの認可を得ようと覗き込む。 シエルは暫く黙っていたが、やがて満足したように一つ溜息を吐くと振り向いて礫の方 へ近付いて言った。
「さ、早く行くわよ。こんなところに何時までも居られないわ。グズグズしてるわけには いかないもの」 「えっ!? ええ、そうですね。早く行きましょう。ウピエルさんが心配だ」 「飛ぶわよ」
そう小さく呟くと、シエルは外に出て何がしかの言語を低く小さく呟き“風”を呼んだ。 そして、その“風”をシエルと礫の周囲に巻きつけると空高く舞い上がった。 ふわりという浮遊感に、礫は驚きを禁じ得ないで居た。まさか、自分が空中に浮かぶな んて。思ってもみなかったからだ。
「うわぁ……」 「あんまり動かないで。コントロールが効かなくなるから」
気が付いたら身動ぎしていた礫は、気恥ずかしさのため赤面した。地に足を付けている わけではなく、空中に宙吊りにされた格好になっているのだ。誰だって慣れない内は恐怖 を覚えて、身動ぎの一つでもしてしまうことだろう。
「この術はそう長く持たないから、とばすわよ」
そう一言言い置いて、シエルは“風”を操作してウピエルが歩いていった方向――城の 方角へと進路を取った。途中、ウピエルが用意して隠しておいた銀製の武器を取るのを忘 れずに……。

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