| [243] 『消えていく子供達(ミッシング・チャイルド)』 (マックス&エルガ)−1 |
- 夏琉 - 2004年11月19日 (金) 23時03分
鳥が鳴いている。 耳障りな声だ。それほど高い音ではないが良く通る。あまり似ていないのに、人間の呻き声を連想させる。
その姿を探して顔を上げてみたが、大きく広がる枝の重なる影とその切れ目に覗くくっきりとした星空が見えるだけだ。
「何かみつけたのか?」
明らかに期待を含んだ声で、エルガの隣にいた男が尋ねる。
「いえ」 鳥が。エルガが言うと、男はああと頷く。
「普段は夜にはいないんだろうが…、人がたくさん入っているからな。おちつかないんだろう」
鳥の名前。男の言葉には出てこなかったので、エルガは僅かに落胆する。生まれたときからこの島に住んでいるだろう彼なら、きっと知っていると思ったのだが。知っているのかもしれないが、質問を重ねたいとおもうほどの好奇心はエルガにはなかった。
湿った土と柔らかい苔のにおいがする。こういうことを「豊か」というのかと、エルガはちらりと思う。
「…何か、わかったことはないのか?」
手にもったランプの明かりをたよりに、道なき道をじりじりと進みながら男が再び尋ねる。
「あんた、魔法使いなんだろう。星を見たり空気の感じとか、そういうのでなんかわかったりするんじゃないのか? そうじゃなかったら、子どもらの持ち物から居場所を探ったり」
「星見は私は観測ならたまにしますが、そこから特定多数の運命を読み取るような技術も能力も私にはありませんし、この島で私にわかる類の魔力が働いた気配はありません。 といっても私の感知力は頼りになるものではありませんが。 あと、探索の魔法は存在はしますが、私には使えません」
日付の変わる前から同じようなことを何回もきかれてきたエルガは、よどみなく答える。
この島から、何人かの子どもが失踪してからまだ一日もたっていない。
漁業で生計を立てているような小さな島だ。大陸からの船は一日に朝と夕の二回。その夕方の船が出たあと、子ども達は消えた。
ことが起こってからまだ夜も明けていないのだ。情報は混乱している。どれくらいの子ども達がいつどんなふうにいなくなったのか、いろんな人がエルガに説明してくれたが、まとまりがなかったのですべて忘れた。 とりあえず確かなのは、残された大人達は心当たりのある場所を探して、ついにはこうして山狩りまではじめたということだ。
エルガがこの島に今日いたのは、本当に偶然だ。このあたりの島の水質を調査するために、この島には二日前から滞在している。明日か明後日には一旦大陸に戻るつもりだったが、魔法の使い手がいたほうがわかることが多いだろうからと、謝礼も出すからといわれ、探索に加わってしまった以上、それは難しいだろう。
めんどうくさいなぁ。
眼鏡の位置を直すふりをして、あくびをした口を隠す。もっとも、待機ではなく実動の方を期待したのはエルガ自身だ。夜出歩くのが好きだからとか、じっと座っていて居眠りをしているところを見られたら体裁が悪いとか、その程度の理由からだが。
「…だな」
「はい?」
ぼそりと言われた男の言葉を反射的に聞き返して、すぐに後悔する。相手はこの村の人間で、40代かそこら。たぶん結婚しているのだろうし、それなら子どももいるだろう。
「魔法使いって案外何もできないんだな」
やっぱりだ。 あまり開けていない土地に行くと、こう言われることが多いのだ。純粋な驚きからだったり、揶揄や嫌悪や親しみや嫉妬がこめられていたりするが、この場合は失望といらだちだ。
「魔力というのは人間の能力のひとつでしかありませんから。繕い物が得意だったりすることと、魔法が使えるということに大した違いはありません」
「…そうか」
感情を押さえ込んで、男はそれだけ言った。
優遇されているのだな、とエルガは思った。こういうときに理不尽に激昂するような人間と組まされていないということは。
外套のポケットに手を入れて、紙に包まれた飴玉を二つ取り出す。一つは男に声をかけてから放って、もう一つは剥いて自分の口の中に入れた。
「甘いものは疲れがとれますから」
困惑している男にそう言ってみたが、彼は結局手の中のものを口にいれずどこかにしまった。
体温で飴が溶けて、唾液とまじって口の中に甘酸っぱい味が広がる。果物の汁が混ぜてあるのだ。この半透明の糖分のかたまりは、味も香りも柔らかく曖昧なのに、時には舌の表面が裂けてしまうのではないかと思うほど存在が硬質だ。
あの鳥が鳴いているのが、再び遠くで聞こえた。

|
|