| [233] 「学園事件」〜女学生編(フローネ&リア) |
- 周防 松 - 2004年11月03日 (水) 01時35分
びったん!
本鈴が鳴る前に教室に到着できた、と思ったら、後ろからそんな音がした。 いったい何事? 振り返ると、さっき私とぶつかった……というか私にぶつかってきたというか勝手に当たってきて転んだというか、とにかくその女の子が教室の入り口前で倒れてた。
あの……もしかして、転んだ?
……ドジ。
ちょっとひどいことを思いつつ、私は引き返す。
「大丈夫?」 さっきと同じように手を差し出しながら、私はちょっと考えた。
この人……えーと、アルフェリアさん……だっけ?
さっきも会っといて、今頃考えるなって言わないで。 だって私、この人とは同じクラスだけど、あんまり話したことなかったんだもん。 分厚いビン底メガネ。三つ編みにした緑色の髪。すらっと高い身長。 私は、その条件が全てそろう人間を一人しか知らない。 うちのクラスの『アルフェリア・シュトラウス』さん。 うん、間違いない。記憶がぴったり一致した。 確か、クラスの人には「リア」って呼ばれてたから……リアちゃん、でいいかな? 「リアちゃん、怪我とかしないの?」 私の手につかまって立ち上がった彼女を見上げながら、聞いてみた。 あんまり転ぶと、アザとかできちゃうよね。普通。 それに、足首とか捻挫しちゃうんじゃない? 「ええ……私、よく転びますけど、怪我はあまりしないんです。慣れですよね、こういうのって」 のほほん、と微笑むリアちゃん。 リアちゃん、それって、慣れっていう問題なの……?
それにしても、かけてるメガネがすごい。 今時滅多に見かけないような、ビン底の分厚いレンズのメガネ。 きっと、物凄く度がきついんだろうな。 リアちゃんって、そんなに視力悪いのかなあ。 ちょっと興味が沸いた。 「ねえねえ、視力いくつ?」 思わず、そんなことを聞いちゃう私。 だって、気になるんだもん。 やっぱり、メガネを外すと物が二重に見えたりとかするのかな。 「ええと……」 おっとりした口調でリアちゃんが答えようとしたその瞬間、私の視界にフッと影が落ちた。 あれ? 私は、ひょいっと顔を上げて……顔を上げたことを心底後悔した。
「せ、先生っ!」
思わず引きつっちゃう私。 忘れてたよ、授業が始まるから走ってきたんだ! 「シュトラウスさん、リドリスさん。ここで何をしているのかしら? 予鈴はとっくに鳴り終わっているでしょう?」 ひっつめてまとめた黒髪に三角メガネの、性格のキツそうな顔をした女の人が、三角メガネの奥から、それはそれは眼光鋭い視線を送ってる。 この人は、うちの学校でも一、二を争うほど厳しい先生。 しかもそれが、私のクラスの担任だったりする。 先生の授業があるときは、予鈴が鳴った時点で着席していること、が当たり前。 それができないと、グチグチクドクド、なが〜いお説教をいただくになる。 ……この顔は……もう、完璧に怒っちゃってるなあ……。 私は、彼女の怒りを逃れることはできないと覚悟した。 「もう一度聞きますよ。あなた達、一体何をしているの。新手の授業妨害かしら?」 三角メガネのフレームをくいっと持ち上げつつ、先生。 そんなそんな、滅相もございませんっ。 私は、ぶんぶんと首を横に振った。 「先生、すみません。走って転んじゃいました」 事実を率直に述べたリアちゃんに、先生はあからさまに呆れた顔をした。 「貴方ねぇ……今回のテストのことといい、本当にうっかりしたところがあるようね、アルフェリアさん」 「すみません」 リアちゃん、テストで一体何やらかしたの……?
「だいたい、今何と言ったのかしら。走ってということは、校舎内を、ということよね? ああ、嘆かわしい! 貴方達、一体いくつになったと思っているの! 一体今まで何をしつけられてきたの! いいですか、貴方達は年頃の乙女なのですよ! もう少し恥じらいと慎みを持って行動しなさい!」 先生の声が、だんだんヒステリックな甲高いものになっていく。 ああ、お説教が始まっちゃった……。 もう、耳を塞ぎたいよ。 早く終わらないかな……。
「リドリスさん、聞いているの!?」 「はいぃっ」
ひーんっ、この先生大っ嫌いだあ〜っ!
「……まあいいでしょう、早く席につきなさい」
先生のお説教は、『まあいいでしょう』で済まされるレベルじゃありません……。 なが〜いお説教にぐったりしながら、私は教室に入った。 続いて、リアちゃんが教室に入る。
教室中の視線が痛い。痛い。おお、痛い。
教室では既に私達以外の生徒が席についてて、お説教の間、ず〜っとこっちを注目していたのだ。 これじゃあ、まるでさらし者だよ……とほほ。 たかが予鈴に間に合わなかったくらいで、そんなに怒らなくたっていいじゃないのさ。本鈴にはちゃんと間に合ってたんだから。 うなだれながら、私は、廊下側の列の、前から2番目の席にそそくさと座る。 こないだの席替えで、私はそこの席になったのだ。 前の席はもっと後ろの方だっただけに、ちょっと嫌だったんだけど。 リアちゃんは……と思ったけど、今きょろきょろしたら絶対先生が怒ると思ったのでやめた。 おとなしく、机から教科書とノートを引っ張り出す。
「……あら?」
持ってきたプリントやら教科書やらを教壇に置いた先生が、ぐるっと教室内を見まわして、かすかに声を上げた。 「ハワード君? ハワード君はどこかしら?」 先生の言葉で、教室全体がざわざわし始める。 ちらっと隣の席に目をやると、そこは空っぽ。 でも、何故か、教科書とノート、筆記用具は机の上に出してある。 「リドリスさん、何か心当りはない?」 「いえ、全然」 ふるふる、と私は首を横に振る。 うーん……お昼休みの時に教室を出て行くところを見たきりで、後は見てないよなあ。 「誰か、ハワード君の行方に心当りはないかしら?」 先生の言葉に反応する人、なし。 「……貴方達、心当りがあるのかどうか聞いているのよ。返事をしなさい」 キラン、と先生の三角メガネが光る。 その後、まばらに「わかりません」とか「知りません」とか、ぼそぼそと声が上がった。 皆……怖いんだぁね……わかるよ、うんうん。 「参ったわね……保健室にでも行ったのかしら?」 眉根を寄せて、考えこむ先生。 クライブ君、具合が悪くなったらなったで連絡ぐらいしとけばいいのに。 誰かに伝言してくとか、さ。
「仕方がないわ。保健室に行ったんだったら、そのうち保健の先生から連絡が来るでしょう」
そう言うと、先生は出席簿にチェックして、授業を始めた。 あれ〜? 絶対キツイこと言うと思ったのになあ。 ちょっと意外な反応に、私は、黒板に書き物をする先生の背中を、じ〜っと見つめた。 あ。 もしかしたら、テストの成績が1位だったから、特別扱いなのかも。 そうだとしたら……。
ずる〜い、ずる〜い、えこひいき〜。
……でも、クライブ君、本当にどこ行ったんだろう? 一応、ノートに黒板の内容を書き写しつつ、私は推察を始める。
先生の予想通り、保健室に行ったのかな? それとも、この厳しい担任の先生の授業さぼって屋上にいるとか? うわ、大胆。
……あ、でもサボりはちょっと不自然かも。 普通、次の授業の準備して、サボったりしないと思うし。
一つだけ言えそうなのは、彼はまだ学校にいるだろう、ってこと。 だって、机にカバンがまだあるもん。 帰るんなら、カバンを置きっぱなしにしないでしょ、普通。
うーん……。
担任の先生には非常に申し訳ないのだけど、その時私は、授業なんてさっぱり聞いてなかった。

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