| [204] NO.004 「一騎打ち」+(「ドラゴン」+「叫び声」) |
- 匿名 - 2004年03月26日 (金) 00時09分
初めて飛んだ空には、絶望が満ちていた。
自由があった。 このまま逃げられる、と一瞬気分が高揚した。 しかし。 このまま、逃げてどうするのだろう? 一人で隠れ住む、という選択肢がそこにはあった。 嫌だった。
現在の自分の居場所を思う。 質素だが、実は高級な作りの調度品。尽くされた対応。しかし、無意味な枷は常時嵌められ、怯えと嘲りの混ざった態度が、そこにはあった。 ただ一つだけ、窓から降り注ぐ、暖かな太陽の光を浴びる時間が好きだったことを思い出す。 それを理由にして、私は、目の前の不透明な自由を捨て、冷たい枷を選んだ。
私は、自分の存在を他人でしか確かめられない、とても矮小な、人間だった。 ……きっと人は否定するだろうけども。
少し、首を上げて空を見た。 その、広すぎる空を見て、自分の小ささに少しだけ泣いて、私はあの馴染んだ牢獄に戻った。
◇ ◆ ◇ ◆
王座に足を組みながら座る人物。そしてその人物の前には二名の人物。そのうち、一人は背筋をピンと反るように伸ばしている。そして、もう一人は、枷で手足を戒められ、膝を付いている姿であった。顔は床に向けられており、表情は読めない。 そして、その周りには多くの武装した人々。 そこには優雅な香りは一切無く、殺伐とした乾いた空気が流れていた。嗅ぎなれたものなら分かるだろう。その空気は、生臭い、血の匂いが微かに流れていることが原因だと。
「この者は、×××国の生物兵器です。 突然変異か……呪いの類か……それとも掛け合わせたのか、今では関係者がいないので、分かりませんが。ドラゴンの要素を持つ人間です」 「その関係者はどうした?」
王座に居座った人物は、足を組みなおす。低く、良く徹(とお)る声だ。
「我々がこの城を制覇する直前、×××国の王に殺されたようです。乱心しただけなのか。それとも、この者についての生産技術がやはりあり、技術の漏洩を怖れたのか……そこら辺は分かりかねますが」 「続けろ」 「ハイ。 ご覧の通り、今は、×××国の何らかの文様がついている枷……特殊な効果があるかは定かではありませんが……それをつけているのでおとなしいものです。 この状態で、牢に……といっても、囚人がいるようなものではなく、部屋といえる場所でしたが……いるところを発見しました。 確認されている信憑性の高い能力は、怪力、飛行能力、硬化した肌……というより、鱗、ですな。他、火を吹く、雷、風を自在に操る等の報告がなされていますが……こちらの信憑性は低いものとされております」 「喋らぬのか?」 「……の、ようですな。とりあえず、喋っているところを、我々は確認しておりません。 ……まぁ、言ってしまえば、化け物ですよ」
その時、ぼそり、と声がした。
「……バケモノじゃ、ない。人間だ」
一瞬、誰が喋ったのか、姿勢のよい男は分からなかったようだが、周りの者の視線の先を辿って、ようやくその声の主を知ることが出来た。 「言葉」を放った人物は、自分の隣にいる、戒めをされた「バケモノ」だった。 背筋を伸ばした男は初めて、その姿勢を崩した。 その男に向けた目は見開き、口は中途半端に開いていた。その男を含め、周囲の者の顔には、驚愕、恐怖が入り混じった……つまり、何かの怪異に出会ったかのような顔つきだった。 唯一、その表情に愉しそうな色が混ざっている者がいた。 王座の男だ。
「ほぉ。人間、と言うたか」
戒めをされた男は、答えない。
「その、苔色の鱗に覆われた身体を持ち、蝙蝠のような不気味な羽を生やし、はみ出すほどの牙を見せながらも、人間と言うのか」
戒めをされた男は、顔を上げた。幾つもの目が男に注がれているが、その男と視線が合うのは、勿論、王座に座っている男のみ。
「人間だ」
今度は、ハッキリと明朗な声で告げた。瞳には、細くはあるが、強さを感じさせる光があった。 突如、張り詰めた空気が、震えた。 王座に座っている男の笑い声だ。王座の男の良く通る声は、その場を切り裂くようであった。
「おもしろい」
王座の男は、獣のようなギラギラとしたモノを剥き出しにする。
「ならば何故、そんな鎖を甘んじてつけている。 お前が真実人間ならば、鎖で繋ぎ止める者の為に使われていたのだ。それでは犬と同等ではないか」 「人間だから、繋がれていたいんだ」
鎖をつけた男の目は、狂気の色が混じり、笑っていた。 何に笑っているのか。 横に立っている男は、そう思った。
「逃げずに居てくれる人が欲しい。 話しをしてくれる人が欲しい。 頼ってくれる人が欲しい。 触れる人が欲しい」
翼を持つ男の言葉が、熱く、なってゆく。 吐き捨てるように。そして、我が身を呪う様に。
「怖れていようとも。 打算であろうとも。 軽蔑されていようとも。 卑下されていようとも。 気味悪がられていようとも。 飼犬と思われていようとも」
そこで男は、息継ぎをする。 凍った空気から取り入れられ、篭もった熱が、冷やされる。
「……鎖に繋がれていようとも」
そして、醒めた吐息と共に、吐き出す。
「そう、思うのが、人間だろう?」
自信なさげに、男は再び視線を床に落とした。 王座の男は、その異形の男を見下ろしていたが、しばらくすると立ち上がった。 いまや、最初の姿勢のよさはどこにも見られず、それどころか腰が引けている男に視線をやる。その男は、玉座から立ち上がった男の意識に気づき、目を合わせる。
「引け」
顎でしゃくりながら、指示をする。 男が引いたことを確認し、項垂(うなだ)れた男を見やる。
「人間だと思いたいのなら、戦えばいいのだ。 戦わされるのではない。自らの意思で戦え」
王座に背を向けた男の声が、響き渡る。
「対峙し、剣戟の音(ね)で語れ。 頼りにする者を求める前に己を頼りにし、頼られろ。 傷つけあい、互いの存在を確かめろ。 怖れは讃えと共だ。 計算などそんなものは無い。 浅みも侮りもそこには無い。 疎ましいと思う感情など、入る隙間も無い。 そうではなかったか? 戦場に立ったのだろう。ならば知っているはずだ」
金属の擦れる音が鳴る。 手には、剣が握られている。
「いつまでその枷に甘んじている! お前が人間なら、バケモノ封じの文様など関係ないだろう。 お前は、いつでもそれを解けたはずだ!!」
うつむいた男の真下に、はたり、と熱い雫が落ちる。 それを拭おうともせず、男はむくりと立つ。 それを切欠にし、張り詰めたした空気が崩れる。 周囲の或る者は逃げようとし、と或る者は主を止めようとし、他の或る者はそれらを堪え踏みとどまり、見届けようとしていた。 撓(たわ)んだ鎖が張り、ギリギリと鳴り、弾けるように千切れた。 緑色の腕が、自由になった感触を味わうように動く。 そして、足かせを繋いでいる鎖を、引きちぎった。
「さぁ。来い」
剣を構えた男が、愉しそうに言う。 枷を外した男が、楽しそうに応える。
そして、叫び声が響いた。

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