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短編リレー

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[186] No.047 「蝶」+(「正夢」+「幻」)
匿名 - 2004年02月29日 (日) 15時20分

 冷たい紅茶を喉に流し込みながら、ふと、昔のことを思い出した。

 狭い家の中は相変わらず汚くて、最後の掃除がいつだったか、最早おぼえてはいない。
 だから彼女がいなくなってどれだけ経ったのかもわからない。

 仕方ない、と溜息をついて箒を握り、雑巾をこちらに放ってきた彼女がいなくなってか
ら、気がつけば太陽と月の移り変わりを数えるのすらやめていた。

 綺麗になった部屋と、疲れきった手足。人間の体の貧弱さを嘆いた私は子供じみていた
だろう。彼女は笑いながら冷たい紅茶を淹れてくれた。砂糖もミルクも混じらない、透明
に濁った綺麗な液体は、甘かったけれど苦かった、と、思う。

 この家を出るのが嫌だ。この街には彼女の記憶が多すぎて、幻を見て立ち止まることが
何度もあった。名前を叫んで追っても、その腕を掴むことはできなかった。

 気が触れたのか、と友人に心配された。そうかも知れなかった。何も知らない友人には
愛想笑いしか返せなかったが、きっと、気付かれていたんだろう。

 彼女がいなくなってから何度か誘いにきてくれた彼は、そのうち寄り付かなくなった。

 表の郵便受けに溜まった手紙の中に彼の筆跡のそれを見た気がするが、あれはいつのこ
とだったか。今はもっと増えているだろうか、もう諦めただろうか。

 彼女との、所謂、思い出、というやつは、自分でも驚くほど少なかった。頼んだわけで
もないのに台所に立っていた彼女の料理が私よりも上手だったのかもよくわからない。

 魔法に失敗して味覚を失ったことをはじめて気にしたのは、彼女が綺麗に笑って「美味
しい?」と訊いてきたときだった。それまでは、その程度で済んで幸運だと思っていたの
に。

 手元で、古いカップがカチャリと鳴った。彼女が買ってきた白いカップは、まだ新しい
と思っていたのだが。窓の外を見ると放っておかれた庭が藪[やぶ]になって、その隙間
からほんの少しの日の光が輝いていた。

 再びカップを見下ろして、魔法で作った灯りしか浴びていなかった自分の指が病的なま
でに色を失っていることに初めて気付く。手の甲に浮いた骨はまるで餓死者のようで気味
が悪かったが、生憎と私はまだ生きていた。

 立ち上がると床板が軋んだ。曇りきった鏡は最早、実体のない亡霊のようにしか何も映
すことができなくなっていた。
 鏡の向こうには死者の国があると言ったのは、誰だったか。

 そこに彼女はいるだろうか。

 日の差さないこの部屋の空気は重く澱んで、だから、それらしい呪文でも唱えれば、そ
こへ渡ることもできそうな気がした。

 囁きかけたのは、彼女が好きだった歌。
 喉が声を出すことを忘れていたらしい。掠れたその声を聞いて、私はテーブルに戻って
紅茶をすべて飲み干した。鏡の前に戻ると、さっきの思いつきは既に、馬鹿馬鹿しくなっ
ていた。鏡の向こうなどない。死者の国は私を拒むだろう。

 頭に血が上った。何をしてるんだ、私は!
 叩きつけた拳が鏡を割った。とろりと流れ出す赤い血に薔薇の花を連想したのは、窓か
ら庭の有様を見たからに違いなかった。

 彼女が育てていた小さな苗木。花を咲かすのを心待ちにしていた笑顔。
 木漏れ日の下で私を手招きして、嬉しそうに言うのだ。昨日からどれだけ成長したか。

 何も変わっていないように見えたけれど、でも毎日少しずつ変わっていたから、あれは
蕾をつけたのだろう。

 もう花は咲いただろうか。それとも散ってしまっただろうか。
 庭に出てみようと決心するまで、私は長い時間、悩んでいただろう。

 ノブにかかった埃を払い、ギシギシと悲鳴をあげる扉を開ける。
 眩いばかりの青空が、薄闇に慣れた私の目を突き刺して涙を滲ませた。
 そこに、知っている街はなかった。朽ち果てた家々の残骸が並んでいるだけだった。

 どれだけ長い間、私は家に閉じこもっていたのだろう。かつての石畳をひっくり返して
生い茂った草を踏むのが恐ろしくて、しかし庭に行くのも恐くなった。あの薔薇が今も咲
いているわけがなかった。彼女がいるはずもなかった。

 魔法を学び、手に入れた永遠の中で、庭に一輪だけ咲いていた薔薇に人の姿と心を与え
たのは戯れだった。そしてその妖精の棘に呪縛されたのだ。
 春を過ぎた蝶のように、ふわりと目の前から消えてしまった彼女。

 私のアリス・リデル。
 夢と幻に見るお前との再会が、いつか本当になればいいのだけれど。

[221]
作者 - 2004年04月23日 (金) 14時19分

感想ありがとうございます。
ひたすら後ろ向きな心理描写してみたいと思って書きました。読む人に無駄に迷惑。儚いというよりジメジメ鬱陶しいっつーかなんつーか。でも儚いように見えてよかったです。

イメージ先行だったので、あんまり膨らみませんでした。もう少しなんとかなったかなぁ…



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