| [171] No.056「天使の涙」+(「叫び声」+「握手」) |
- 匿名 - 2004年02月08日 (日) 21時52分
「どうして……?」
真っ白い宮殿。いや、建物かどうかすら認識ができないほど白い光が覆った空間。その中心で悲しげに瞳を伏せる美しい女性。
「なぜ、争うの?」
誰に問うでもなくその女性は呟いた。6対ある純白の翼を弱々しく輝かせ、女性は水鏡に映し出された人間の姿を見つめる。
狂気じみた叫び声を上げて甲冑を着込み剣を携えた人間達が殺しあう。彼等は彼等の意思で戦っている。
「争いは何も生まないのに」
胸が張り裂けそうなほどに女性は悲しんだ。愛しい父が作り出した愛しい弟や妹達。その子達が殺し合っている。
「やめて、お願い」
父によって人間達への干渉は禁じられている。彼女にできる事は一刻も早く争いが終わるように祈るだけだった。
そんな祈りを続けてどれだけ時間が経っただろう……、どれだけ祈ろうと、どれだけ悲しもうと、人間達が争いを止めることはなかった。
幾度涙を流したかわからない、幾度彼等を見放そうとしたかわからない。それでも彼女は人間を、理解しあう心を信じ続けた。
「もうやめようよ!」
ある時、いつものように水鏡を眺めていた女性の耳にその声は届いた。澄んだ少年の声。力強く、決意の篭った声。それは女性のいる場所にまで響いてきた。
少年は女性と同じく争いを続ける人間を憂い、嘆き、その叫び声を戦場に響かせていた。だが少年は非力だった。そんな少年の声に誰も耳を傾けはしなかった。
「ああ、あの子は私と同じ……でもあの子の声は私に届いた。もしかしたら」
女性は少年に賭けてみることにした。少年の心に、人間に残された一欠けらの希望に。
少年は成長し、青年になり、やがて大人になった。大人になっても彼は叫び続けた。いつまでも、どこでも。その声はわずかだが、少しずつ、ほんの少しずつ人間達の心に届き始めた。
やがて少年は王になった。それは何度も繰り返されてきた人間の歴史。新たな王が生まれ新たな争いが始まる。女性は少年の姿を見つめ、祈った。悪しき歴史の連鎖を断ってくれることを。
彼女の祈りは通じた。少年は良き王として国を治め、争いばかりの隣国をまとめた。
「これからは皆で力をあわせ、平和な世を作っていこう」
少年は隣国の王達と力強く手を握り合わせた。それは人間よりもはるか長い時を生きた女性でさえ、長く、気の遠くなる争いの歴史が終わりを告げたことを高らかに語っていた。
「よかった……本当に、よかった」
女性は涙した。長い間忘れていた喜びを心が感じていた。女性の流した涙は水鏡に落ちた。涙は水鏡を通して人間達にも祝福を与えた。七色に輝き、天空にかかる橋として……。

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