| [469] 螺れた箱(ヘクセとルリン)7 |
- えんや - 2007年08月25日 (土) 17時51分
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ PC:ヘクセ ルリン NPC:悪魔i 場所:螺子れた箱の中 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「よもや人の身でありながらバンダースナッチを倒すとはな。」 悪魔が呟いた時、勢いよく扉が開かれた。 「戻ったよ。」 ヘクセは息を切らせながら室内に入ると、辺りに立ち込める血の匂いと檻の中の様子を見て、 鋭い視線を悪魔に向けた。 「随分なやり口じゃない?」 「ばかな!一人も間違えずに、もうクリアしただと!?」 悪魔iはヘクセをまじまじと見つめた。 「ズルはしてないのは、設問したあなたならわかってるよね? 簡単さ。間違いのない質問をすればいい。 『あなたはこの質問にイエスと答えますか?』 まったく違うことを言っても問題はない。 その人は不正解も出していないんだから。」 「…それにしても短時間すぎる」 「答えが決まってるのなら、相手の答えを確認する必要すらない。 現実世界じゃ無理だがね、この世界は数秘術のみで構成された実にシンプルな構造だ。 座標設定さえいじれば、複数地点に同時存在することだって可能だろ。」 悪魔iは苦虫を噛み潰したような顔で腕を一振りした。 檻もバンダースナッチも消えてなくなった。 「では、次の…」 「そっちだけ問題出すのって不公平だよね。」 悪魔iが言い終える前にヘクセは言い放った。 「こっちのなぞなぞにも答えてよ。 それがフェアってもんじゃないかい?」 「…」 沈黙する悪魔にヘクセは笑顔で言ってのけた。 「あぁ、やっぱりクイズは出せても、答えられるほどの脳みそはない? だよねぇ。あなたもこの街の住人だもんねぇ。」 「…何が言いたい?」 「知ってることにすがるのは、それが楽で考えなくていいからだよ。 だけどそれは知恵じゃない。知識の海に沈んでるだけだ。 クイズもそうだよね。問題を出す側は知ってさえいればいい。 でもそれは賢さの証明にはならない。」 「…いいだろう。問題を出してみろ。」 悪魔の返事にヘクセはにんまりと笑った。 「では問題でっす。銅を金に変える方法を述べよ。」 悪魔はその問題を聞いて勝ち誇ったように笑った。 「はっ!錬金術の永久命題か!? それは今だ誰一人解けぬ問題だ! お前自身が言っていた『解のない、あるいは証明が出来ない問題』だぞ!」 ヘクセは笑顔のまま聞いた。 「ホントにそう思う?いまだに外の世界の魔法が昔のままだとでも? ここの住人に聞いてきてもいいんだよ? 最近この世界に紛れ込んだ人間なら知ってるかもね。」 悪魔iはヘクセの自信満々な態度に動揺した。心の奥に迷いが芽生えた。 「制限時間は1時間。ビタ一文まかりません。ヨーイドン!」 ヘクセがそう言うと同時に悪魔iは消えた。 「…大丈夫なのか?」 ルリンが心配げに聞いてきた。 「あらルリン。なんか半死半生ってかんじだねぇ。無事?」 ヘクセはあははと笑ってルリンの側に座って手をかざした。 ルリンの傷がみるみるうちに塞がっていく。 「ちゃんとした治癒魔法も使えたんだ…。」 前回、薬草を塗りこんだだけの対応だっただけに、ルリンは驚いた。 「まぁね。あんまり大怪我だし、この後も無茶が予想されるからね。 あんまり綴れ織りに大きく影響を与えると思わぬところに反動が出るから、 出きる限り無茶はしないんだけどね。」 「綴れ織り?」 「私達が認識できる世界のこと。 魔法っていうのは、世界を織り成している法則を理解して、 その法則に従って認識世界を解して好きな模様に織り変えることだ。 当然、魔力というか意志力、想像力が強いほうが織り変える力が強いんだけど、 それ以上に、法則の理解度が深いことのほうが織り変えには重要だ。 織り変えるんだから、当然他の部分に影響は出る。 それは織り変える範囲が大きければ大きいほど影響も大きくなる。 ソフィニア学会では公式に認められてはいないけどね。 あぁでも偉大なシャーマンや仙人達は肌で知っている。 そこらへんは因果を積み重ねるソフィニア魔術と調和を重んじる精霊魔法や錬気術の違いだろうね。」 「法則って言うわりに、魔法っていろんな種類があるように見えるんだが? あれは全部同じ法則なのか?」 「うーん、なんというかねー。世界は人間が理解しきれるほど単純ではないのだよ。 たぶん法則は一つかも知れないんだけど、 人間はまだまだ世界を正しく認識してないわけで 手探りで世界に語りかける言葉を探してるわけだ。 わかり易く言うなら、農夫は土に語りかける言葉を知ってるし、 漁師は海の言葉を知ってる。 でも世界は同じわけだから、両者に共通する言葉はあるはずだけれど、 まだそれを見出せていない。 当然アプローチの方法によって、えらく違って見えたりする。 そのアプローチの種類が世にある魔法やら技術の種類になるわけ。 要は世界を理解する物差しが違うわけだよ。 ソフィニア魔術師が『マナが溢れている』というのと シャーマンが『精霊が活動的ですね』っていうのと 神官が『ここは神の声がよく聞こえます』っていうのと 仙人が『ここは気に満ちている』っていうのとは全く同じなのさ。 ただ、持ってる物差しで世界の見え方が違うだけで。 どの物差しが違うって訳じゃないけど、 誰もが、自分の物差しが世界の全てを理解できるものかも知らない。 例えば数秘術を始めとするヘルムス哲学。 これは目に見える現象から、最初の公理を設定して、 その上に論理を積み重ねて積み重ねて、世界の法則を解き明かそうっていう試みでさ。 論理の固まりな訳だし、まったく思想、価値観の違う相手とでも通じ合えるとも言われている。 …まぁその分、感情などを伝えるのは困難なわけだがね。 これを元にしたソフィニアの現代魔術が、 主にエネルギーや物質に働きかける魔法が多いのも、このためだろうね。 もっとも、公理(axiom)の原意は『お願いだから認めてください』っていう 文化的合意を求めるって意味なんだけどね。」 ルリンは首を捻った。 「よくわからんが、目に見える現実は一つだろ? なのに、なんでそんなに解釈が変わるんだ?」 「人は認識できるものしか見えないからさ。 例えば、…そうだな、せっかく数秘術の世界にいるんだし、数秘術から例を取ってくるか…。 iって知ってる?虚数i」 「…知らないが、それってあの悪魔の名前じゃ…!?」 「だから例に出したんだけどね。 もちろんあの悪魔とも呪いの言葉とも無関係ではない。 このiはImaginary number(想像上の数字)の頭文字でね。 定義は『二乗したら-1になる数字』だ。 二乗はわかるかい?同じ数字を掛け合わせることだね。 正の数なら二乗しても正の数。負の数もマイナス×マイナスはプラスだから正の数になる。」 「…だったら二乗してマイナスになるわけないじゃん。」 「だから想像上の数字と名づけられたのだよ。」 「…って実在しないんだろ?ただの言葉遊びじゃないのか?」 「実在しないのは、0だって負の数だって、いや1とか数字だってそうさ。 ただ、頭の中で概念を作り上げたから、捉えることができるだけで。 負の数の概念を理解できない人は、 『借金に借金を重ねて、なんで貯金になるんだ?』って言ったらしいよ。 iは実在するんだ。 x^3-15x=4って方程式の答えは4になる。式も解も整数だ。 だけど、この式を解くには途中でiを使わなければならない。 じゃあ、iって何だろう?正の数、負の数? 答えはどちらでもない数なのだよ。」 ルリンは頭を振りました。 「俺の頭ではさっぱりだ。わかり易く言ってくれ。」 「そうだなぁ。 じゃあ、東の方向を正としたとき、東に100m進んだ点は+100mと言えるよね。 では西に100m進んだ点はどのように表されるか? 答えは当然-100m。 さて、東に100m進んだ点は+100m。西に100m進んだ点は-100m。 ってことは東に100m進んだ点に-1をかけると西に100m進んだ点になるってことだ。 +100m×(-1)=-100mだからね。 これってどういうことかというと、-1掛けるってことは 向きを180度変えるってことと同義ってことだよね。 じゃぁ北に100m進んだ点はどう書けるか? 単純に言うなら東に100m進んだ点から90度向きを変えればいい。 180度向きを変えること=−1掛けるってことだから、 90度向きを変えることも何かを掛けるという形で表せるはずだ。 その何かをαとするなら、α×+100mが北へ100mってこと。 さらに北の点にαを掛ければ、さらに90度回転して、西に100mの地点に行く。 つまり+100m×α×α=-100m。 α×α=-1ってことだよね。 -1が180度向きを変えることなら90度向きを変えることを2回繰り返せば、確かに180度だ。 このαが虚数iってことなんだよ。 つまりね。本当は北にも南にも世界は広がっているのに、 多くの人は西と東の一直線上にしか世界を認識できていないんだよ。 だからiを想像上の数字なんて名づけたりする。 頭の中に持っている概念でしか世界を捉えることができないんだよ。 見えないものは無いことにされているんだ。 だから、他の人たちより見える人たちがそれを利用して何かをした時に、 見えない人には理解できないんだ。だから魔法って名づけたりする。」 「ってことは、世の魔術師どもは、俺たちより見てる世界が違うってことか。」 「多少はね。ってそれほど特殊なことではないよ。 ルリンだって、それだけの腕前なら、他の人と違う世界が見えているはずだ。 戦闘は優れた筋力や敏捷力だけではないことを知っているだろ? その境地に至っているなら、新人の剣闘士とかとは、 戦闘のときに見えている世界は違うはずさ。」 ルリンは頭をかいた。 「まぁいい。見えないものは見えないってことはわかった。 で、それがあの悪魔と呪いとどう関係があるんだ? あの悪魔に謎掛けしたのは理由があるのか?」 「いや、あの人のリドルに全部答えてってのでも、 いつかは敗北認めてくれるかもしんないけどさー。 途中でむきになって数秘術の難しい問題出されたら私じゃ手も足もでないもん。 あんな魔獣とかだしてくるしさ。攻撃は最大の防御さーってね。 それにあの人とカーターは一度ちゃんと話すべきなんだよ。 …例えその結果が殺し合いだとしてもね。」 「それはどういう意味だ?」 「呪いは恨みから生まれる。 恨みを晴らせずにねじくりかえったから、こんなことになってるんだ。」 ヘクセの言葉にルリンはちょっと考えた。 「しかし、うまいことあの悪魔はカーターのところに行くかな?」 「最近入った連中がわたし達の何年前にいるかは知らないけど、 そいつらから満足のいく答えを得られなかったら、 次は私達が接触した人達を探すしかない。 上手くいけばカーターと会うはずだよ。」 「…でもあいつ、三月兎が俺に何を言ったか、 その場にいなかったのに知ってたぜ?」 「ホント!? …でもそのわりには今とんでったしなぁ… 全てを覗き見してたわけじゃないんだなぁ…。 ふむ、三月兎と悪魔iになんらかの関係があるのか…?」 ヘクセが考え込んでいると、部屋の真ん中に悪魔iが出現した。 「…貴様の負けだ。 やはり銅を金にする方法などない。」 ルリンが言いかける前に悪魔iが部屋に戻ってきた。 「カーターに会えた? ちゃんと話してきた?」 「…カーター老は死んだよ。 『それでも私は認めない』と言ってな。」 へクセの問いかけに悪魔iはどこか虚ろに答えた。 「あなたが殺したんだ?」 「…いや、私を見るなり、勝手にわめきだして、自らの手でな…」 「…あぁ、存外生に対する執着なくしてたんだなぁ。 自殺する勇気はないと思っていたんだけど…。 自殺するってことは、私が指摘するより前に自分でその結論に至っていたか…。 その上で認められなかったってことかな?」 ヘクセはひとりごちるように呟くと、顔を上げ悪魔iと目を合わせた。 「どう?満足?それともまだ足りない? 考える時間をたっぷりと与えた結果がこれでは物足りない?」 「…お前のリドルに正解はないんだろう!?答えろ!」 悪魔iから何故か余裕が消えていた。 「しょうがないなぁ。 じゃぁ先ずは解答だ。 簡単だよ。銅を金に変える方法。 銅で金を買えばいい。銅貨100枚積んで金貨1枚と交換するって方法もあるね。」 悪魔は黙り込んだ。 ヘクセはそんな悪魔の目を覗き込みながら言葉を続ける。 「私は『同量の』なんて一言も言ってないよ。 なまじ物質の構成とか知ってると真面目に考えがちだが、 目先に囚われなければ、全然難しい問題じゃない。 君がこれを解けなかったのは、君自身の心がそれを見させなかったんだ。 …君はその怖さを十分に知ってると思うんだけどな。」 「…!」 悪魔は姿をくらます。 「ルリン、追うよ!」 部屋を飛び出すと、トランプの兵隊が周囲を取り囲んでいた。 「…ルリン。なんとか囲みを抜けて75の部屋に私を連れてけ。」 「どこだよ、そこ!魔法で飛んでいけないのか?」 「…75の部屋の座標がわかんないから無理。 最寄の番号のそばにあるとも限んないし。」 「じゃぁ、どう行けと!?」 ルリンが剣を構えながら咆える 「簡単だよ。一番こいつらが守りを固めて行かせないようにしてる先にあるはずだ。」 「事情は教えてくれるんだろうな。」 「道すがらで良いならね。」 「…任せろ。」 ルリンは覚悟を決めると、ヘクセを片手に抱え飛び出した。

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