| [467] 螺れた箱(ヘクセとルリン)5 |
- るいるい - 2007年08月20日 (月) 04時33分
螺れた箱(ヘクセとルリン)6
PC:ヘクセ、ルリン 場所:螺れた箱の中
獰猛な猛獣に似た雄叫びを上げ、バンダースナッチが勢いよく首を伸ばしてきた。 最初に運良くかわせた時に、予備動作があることに気付いていなければ、噛み付かれていただろう。 ルリンは素早く横へ飛び回避する。それまで彼が立っていた所を、鋭い牙が切り裂いていく。 あんなものに噛まれたら、一溜まりもない。 冗談じゃないぜ、とこぼしながら、首の正面にだけは立たないように檻に沿って左右へ移動する。 さほど大きくない檻のせいで、バンダースナッチは体をうまく回転できず、どうしても上半身だけでルリンを追う事が多くなる。 何度も首を伸ばされる事はないが、1時間も周りをぐるぐる回って無事でいられる自信はない。 「さて、どうしようか?」 と言ったのは、ルリンではなく悪魔の方だ。 「このままでは見ている私が面白くないし、折角バンダースナッチまで出したのに何も無かったのでは、外で頑張っているお友達に悪いと思わないか?」 「思うわけねぇだろ」 剣を正面にかざし、隙あらば噛み付こうとするバンダースナッチを牽制しながら即答した。 「だが、君は本物でないとはいえ、湖の騎士を打ち破った剣士だ。その腕を存分に発揮してもらいたい。例えば、こんなふうに」 悪魔が指を振ると、急に周囲が暑くなる。 「これなら一時間も持たず、体力が底を尽く。これと戦って、短期で決着を着けるしか生き残る道はないぞ」 「ふざけやがって……!」 悪魔を睨みつけるルリンだが、檻から離れて見物している悪魔は愉快そうに唇の端を吊り上げる。 いきなり、バンダースナッチが体を寄せて来た。 檻と自分の体で挟んで、ルリンを押しつぶす気なのだ。 ルリンは剣を抱える危険を冒し、そのまま前転。器用にバンダースナッチの腹の下に潜り込む。 更に転がり、檻の反対側に出ると、剣を振りかぶり思い切り打ち下ろした。 室内に響く咆哮。 それは痛みによるものではなく、単に自分が出し抜かれ攻撃を受けたことに対する怒りによるものだった。 確かに命中したはずの剣は分厚い筋肉に跳ね返され、ほとんど切り裂くことはできなかった。 「剣が剣として使えないのか?」 愕然としながら、バンダースナッチが向きを変える前に剣を構え、次の攻撃に備える。 ルリンは冒険者になってからも、人間以外のものと戦ってきた経験がある。 人間サイズのゴブリン、コボルドだけでなく、ヒポグリフ、マンティコアといった危険極まりないものが相手だった時もある。 その経験、知識を総動員してバンダースナッチに当て嵌めてみるが、有効な作戦を思いつくことはできなかった。 それどころか、勝てるイメージが沸かない。 まず、相手の特徴を知る事から始めるか。 そう考えると、それまで時間を稼ぐ為に逃げ回っていた動きから一転、積極的に攻撃を仕掛けることにした。 四角く囲まれた折の中を、うまく左右に走り、円く使っていく。 噛まれることはそのまま死を意味するから、そこにだけ注意し、常に側面にいるようにする。 移動しては切りかかり、また下がって移動しては切りかかる。それだけでは動きを予測される為、切りかかる振りだけして逃げたり、移動する素振りだけして動かなかったり、とにかく相手の裏をかいた。 結果、身体的な能力は判別がついた。 体はしなやかで、大型の動物と同じく分厚い表皮、脂肪、筋肉に覆われており、生半可な攻撃では傷つけることはできない。 動きも俊敏で、体重があるにもかかわらず軽快な動作をするが、檻が狭いせいでスピードを十分に発揮することはできない。バンダースナッチにとってみれば足を止めての接近戦にならざるを得ず、しかもその為に必要な動きが制限されているのは不利な点だが、結局力勝負に持ち込めば勝てる。逆にそうした戦いをさせてもらえなければ、バンダースナッチは噛み付くくらいしかすることがない。 「やってみるさ!」 様子を伺う為、慎重に距離を置いていたルリンが、いよいよ攻撃に回る。
数分の接近戦の末、幾分傷を与えることに成功したものの、ルリンが払った代償は大きかった。 伸縮する首の攻撃はかわせるものの、懐に飛び込んだら鋭い爪が待っており、これに傷を負わされた。 また、移動攻撃をしながら接近戦に持ち込むことはできるが、どうしても力負けしてしまい、硬い表皮の前に何度も剣を退けられた。 何とか致命傷を与えたいが、それには武器の殺傷力が欠けている。せめて両手斧かメイスのような打撃力のあるものがあれば。 「いやはや、思ったより粘るものだな」 悪魔が珍しく、率直な感想を言った。 「三月兎も気にしていたが、どうしたらひとりでそこまで強くなれる? 普通、強くなりたいと思えば自分より強いものに教わるだろう」 「だからどうした!」 「こう言っては悪いが、君は戦士として素質があるように見えない。速さも力も、平均的な男のそれだ。だが、君は湖の騎士といい、今のバンダースナッチといい、不利ではあるが戦えている。何が君を支えている?」 ルリンが更に攻撃を仕掛けようと、ステップを踏んでいた足を止め、一直線にバンダースナッチへ肉薄する。 ぐるり、とバンダースナッチの首がおかしな角度に曲がった。 側面にいるルリンを捕えようと、体はそのまま、首だけ伸ばしねじり、上下逆転した首が大きく口を開く。 その様に驚くルリンだが、ブレーキは効かない。そのまま剣を刺そうと全体重をかけ突撃していく。 風が起き、僅かに空気がその口に飲み込まれ、そして。 紅蓮の炎が噴出された。 避ける事も伏せる事もできず、業火に身を焼かれる。 肉の焦げる鼻腔の奥にこびりつく臭気が部屋に広がる。 敢行した突撃は届かず、ルリンは火傷まで負い片膝をついた。 バンダースナッチは敵の動きが止まったのを確認し、首を戻すと体を入れ替えルリンの正面に立つ。 そして口を開き、ナイフのように鋭く生え揃った牙でルリンを上半身ごと飲み込む。
「終わったか。結局、1時間どころか10分も持たなかったな」 再び指を一振りすると、今までの熱気が嘘の様に消え、揺らいでいた空気も静まった。 バンダースナッチを元のように消そうとするが、その様子がおかしい。 いやいやをするように激しく首を振り、溜まらず口を開いて大きく仰け反った。 糸を引く唾液と共に、赤黒い血が大量に撒き散らされる。 そのままずるずる後退し、バランスを崩して檻にぶつかった。 ルリンに目をやり、悪魔はバンダースナッチが何をされたか分かった。 上半身を飲み込まれながら、彼は剣で口内を、舌を、喉を切り裂いたのだ。 逆流する血が肺に入ったのか、ごぼごぼと血を撒き散らしながら咳き込むバンダースナッチ。 返り血で真っ赤に染まったルリンは、立つことができないので、そのまま膝で近づいていく。 今度は逆にバンダースナッチが檻の周囲を逃げる。 「なぜだ!」悪魔が叫んだ。「なぜ、そこまで強い!」 ルリンの動きが止まる。そしてちらりと視線を悪魔へ向けると、言った。 「しつこい奴だ……。本当に、知りたいのか……?」 「ああ、興味深い。知りたいね」 だがルリンは首を振った。 「お前も悪魔なら……もう少し、気の利いた事を考えろ……俺の強い理由だと……そんなくだらない事が……本当に知りたいことなのか? この下衆め。少し考えれば……分かるだろうに!」 そして、止めを刺すべく、自分の血で息もろくにできなくなっているバンダースナッチへ近づいていく。 「ヘクセが何とか……脱出させる方策を探してるってのに……俺がこのまま倒れていたんじゃあ、あいつに申し訳が立たねえぜ!」 ルリンは力の抜けたバンダースナッチに馬乗りになると、剣を目に突き刺した。 絶叫が上がるかと思いきや、血の逆流する音と、口から流れる血が床に落ちるびちゃびちゃという音がするだけだった。 ルリンは体ごと覆い被さる様に剣を沈めていく。 刀身の3分の1も入った頃、バンダースナッチはもたげていた首をどうと倒した。 乗っていたルリンはそのまま前方へ投げ出される。 そのまま食いつけば今度こそバンダースナッチの勝ちだが、動かない。 牙の間からだらしなく長い舌が伸び、そのまま息絶えた。 だがルリンも倒れたまま動けないでいる。傷を負い過ぎたのだ。 「これなら」 ルリンは悪魔に唾を吐きながら言った。 「10分どころか、1時間でも2時間でも待てる。ざまあみやがれ」

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