| [463] 螺れた箱(ヘクセとルリン)4 |
- るいるい - 2007年08月06日 (月) 02時58分
螺れた箱(ヘクセとルリン)4
PC:ヘクセ、ルリン NPC:三月兎 場所:螺れた箱の中
自分の過去を話そうかどうか、ルリンは迷っていた。 特に何か面白いオチがあるわけでもないし、軍隊を退役して冒険者になったわけだから、人生に失敗している可能性の方が高い。 「いや、自分は自分を信じてこの道を選んだんだ」 という気持ちはあるものの、客観的に見るとそのくだりを説明するのは大変だし、やっぱり失敗したんじゃないか、と思われるのも言われるのも嫌だった。 しかし、三月兎におだてられると(乗せるのがうまかった)、まあ、少しくらいは話してもいいかな、という気になった。 「でもなぁ」 ルリンは首を傾げて訊いた。 「どんな経験があなたを高めたか、と言われても心当たりが無いんだよな……。元々軍隊にいたから、そこが下地になっているのは確かなんだけど」 「そんなに難しく考えないで、結構デスヨ。こんな戦いをした、トカ、何でもいいんデス。本人が普通に思っている事は、他の人から見レバ変わっていることはよくありマス」 「そうそう、ルリンは考えるのが苦手みたいだし、面白い面白くないは置いといて、話してよ。例えば、冒険者になる前の軍人さん時代はどんなことしてたの?」 茶化して訊くヘクセだが、そういった質問のほうがルリンは答え易かった。 眼を上へ向けて、指をひとつふたつと折り曲げていく。 「退役前は戦争に参加してたな。ヘクセも知ってるかな『空中要塞攻略戦』とか……」 「何ですカ? それ?」 聞いた事もありません、と首を振る三月兎。 「空中要塞って、国境にあった、あれ? うそ、じゃあルリンって、王位継承戦争に行ってたんだ?」 とヘクセは知っているようだった。 不思議そうな眼を向けてくる三月兎に、ヘクセは簡単に説明した。 「ある一国の王が崩御して、その空いた王位を巡って国を割る戦争が起きたの。ひとつは王の弟、ひとつは王の息子。どちらも継承権を譲らなかったから、貴族や騎士団を絡めた戦争になったのよ」 ふんふん、と三月兎は頷く。 「よくある話ですネェ」 「その戦争の転機になったのが、空中要塞の奪い合い。国内に横たわる山脈の中で、進軍できるような道は限られるから、お互いの陣地に攻め込むにはその要塞を何としても押さえる必要があるのよ。最初は王の弟の軍隊のものだったんだけど、息子の軍隊が何とかこれを攻め落として、一気に敵領内へ兵を進めた戦いなんだ」 「ふむふむ、確かに攻め込むのは難しそうデスね」 「更に難しい事に、自分の領内からは一本の道しか要塞へは行けなかった。なぜなら、すぐ側には川が流れて回り込むこともできなかったのよ」 「ほほう、まさに難攻不落の要塞!!」 少し大げさだな、とヘクセは三月兎の大きく広げた両手を払いのけながら続けた。 「そこで一計を案じた息子は、少数精鋭で潜り込み、同時に進軍、正面の軍隊で陽動している間に、潜り込んだ部隊が内側から門を開けて、そこに軍隊が雪崩れ込んで要塞を奪った!!」 これで合ってるよね、と目でルリンに訊きながら振り向いた。 「うん、まあ、大体合ってる」 ルリンはそう言いながら、大きく広げられた両手を払って続けた。 「細かい所を言うなら、潜り込んだ部隊はふたつで、ひとつはそのまま山中を無理に進んだ部隊、もうひとつは川沿いにある要塞の脱出用通路からの侵入だったよ」 「ア、そうなんですか?」 三月兎が今度はルリンの横に来て訊いた。 「侵入前に通路があることは確認されていたから、作戦の成功率を上げる為に、両方から行ったんだ。ただ、通路の方は途中で通れなくなっていて、引き返す羽目になったって言ってた」 「へ? 言ってたって?」 「それに山中の方は天候が崩れてな。寒いし視界は悪いしで、辿り着く前に何人もリタイアしたぜ。しかも着いたのはもう戦闘が始まってからだったんで、気まずかったなぁ。作戦は失敗したと思ったよ」 ルリンを挟んで無言で目を合わせるヘクセと三月兎。 「だから言ったんだよ、こんな無理のある作戦がうまく行くわけないって。それをウチの上官は軍の決定だからとかおかしなこと言いやがって……俺たちに死ねってのか。そんなにその作戦やりたけりゃ、自分ひとりで行きゃいいんだ」 その時の感情がそのまま今に引っ越してきたかのように文句を言うルリン。 もう随分と歩きながら、ヘクセはそこで「ハイ」と手を上げた。 「ひょっとして、ルリンは潜入部隊にいたの?」 「いたよ。いたけど、別に少数精鋭って訳じゃない。単に軽装で戦える人間が少なかったから、身軽な連中が集められただけなんだ。俺は開戦からこっち、前線と後方支援の往復をしていたから、怪我もなかったんで選ばれたんだろうな」 「ああ、でも」 と、三月兎が訊く。 「少数で敵地の真ん中へイク事に、変わりは無かったんですヨネ?」 「そりゃあ、まあ」と鼻の頭をかきながらルリンは言った。「何十人もの敵に囲まれたときは流石にダメだと思ったけどね」 もう一度目を合わせるヘクセと三月兎。ちらり、と同時にルリンを見て、頷く。 「なんだよ、ふたりで勝手に納得して。気持ち悪いな」 「イヤ、マア、アナタモタイガイ、ツヨインデハナイデスカ?」 妙なカタコトで言ったのはヘクセだった。三月兎は無言で首を縦に振っている。 「あ、でも」 と、急に思いついて言った。 「魔法は使えないんだよね。どうして?」 「覚える機会が無かったんだ。簡単なものは……って言っても、戦闘に使えるようなものばかりだけどな……教えてくれていたんだが、いつも教えてやると言っていた上官が、結局教えてくれなかったんだ。そうこうする内に終戦して、それも必要無くなったけど」 「タイミングが悪かったんですネ」 と、今度は三月兎だ。 「デモ軍人なら、軍に残ればもっといい生活ができたのデハ? ナゼ冒険者になったんです?」 「あ、それそれ。わたしも聞きた〜い!」 どうしてこんな異世界で思い出話に花を咲かせることになったのか、ルリンは心の中で首を傾げた。 三月兎が少し先を歩き始め、大通りを曲がって案内をする。 幾つか通りを過ぎる内に、徐々にではあるが町並みにも変化が生じ、巨大な建造物からだんだんと個人宅のサイズへ縮小されていく。 同時に道幅も狭くなり、都市の大通りといって差し支えない幅から閑静な住宅街の生活道路のような幅になる。 どう話そうかと思ってルリンは上を見る。 雲も星も無い天井、逆さに連なる家々(?)しか見えない景色を見ていると、気分が沈んでくる。 「あれれ? ひょっとして、イヤ〜な思い出でもあるのかな? 失恋したから国を出た、とか?」 うしし、と忍び笑いをするヘクセの頭を小突いて、ルリンは言った。 「そんな訳あるか。単に、軍隊という場所に見切をつけただけさ」 「見切をつけたって……主義、主張が合わないから出てきたってこと? うっそー、やっだー、かっこわるー」 ずいぶんヘンテコな言葉を使いますね、と三月兎はヘクセを振り返る。 その通りだよ、とルリンは頷く。 「俺はあの頃、軍の言うことに従っていた。いや、自分では従っていたつもりだ。任務の失敗とか、成功とかいろいろあるが、大筋では彼らの言うことを聞いていたし、自分なりに頑張って仕事をこなしていた。ただ、そのうち段々と不満の方が大きくなってきたんだ」 また茶々を入れようとするヘクセの口をふさいで、三月兎が先を続けるように手で促した。 「どんなに頑張っても報われない。出世するのは上官とうまく連携の取れている奴だけだ。軍隊だからそういうのは理解できるが、不平、不満を口にしたら駄目なんだ。反抗になるからな。だが、俺は反抗したくて、目立ちたくて言ったわけじゃない」 知らず知らずの内に、拳をつくり握り締める。 「俺はもっと仕事をしたいと真剣だった。佐官になろうと必死だった。どうやったら自分を認めてもらえるのか、考えていた。でも、結局伝わらず、俺は軍を辞めた」 えー、とイメージ崩れたな、という顔をしたのはヘクセで、三月兎は表情を特に変えなかった。 足早に先を急ぎ出すルリン。 その後では、ヘクセが両手を頭の後にやってのんびり歩いてくる。 彼女の横で道筋を言いながら三月兎が首を傾げる。 はあ、という小さな溜息は、三月兎にしか聞こえなかった。 「ドウしたんですか?」 こっそりと訊く。 ヘクセは再び溜息をつくと、やはり前を行くルリンに聞こえないように言った。 「あたしもさぁ、こういう事やってるから、色々な人と会うわけ。中には凄いのもいたけど、ルリンみたいに、軍がイヤになって出てきた人も大勢いたよ。でもなぁ、主義主張が認められないなんて、当たり前じゃん。冒険者なんて、もっとそうでしょ? なんだか現実から逃げているような気がするんだよねぇ」 分かります、と三月兎も頷いた。 確かにそういった印象を受けました、と。 「でも、デスネ」 彼は付け足す。 「そんな風に逃げてばかりいる人が、あれほどの腕を持てるものでしょうカ? 私は体力に自信もないし、剣の腕を磨くのに練習が必要だとしか分からないですが、ひとりで頑張っても、多分、アレ程の腕は身につかないですよネ?」 「そりゃあ、そうだねぇ」 と、不満そうに口にするヘクセ。 「それに私が彼を見た時に感じたのは、こういった失望ではなく、凄いヒトがいるな、という驚きだったんです。このヒト、きっと名のある人物に違いない、と。今もその印象は変わりません」 「そりゃあ、あたしだって、ルリンの腕を始めて見た時はびっくりしたよ。そこらへんにいる山賊や盗賊なんか相手にならないよ」 「デショウ? つまり、彼は軍を辞めてからも、自分のことを正しいを信じて、自分を鍛え続けているんジャないですか? ひょっとしたらお金を払って、もっと強いヒトに教わったりして」 うむむ、と今度はうなりながら腕を組むヘクセ。 もしそうなら、彼はとんでもない頑固者、ということになる。 今時、自分の意思、意地を貫き通す為にそこまでやるヤツなんかいるだろうか? 「私は、マスマス彼がどうしてあそこまで強くなったのカ、知りたくなりましたが、オシャベリはここまでですね」 どうしてよ、と訊くヘクセに、彼は立ち止まり、ある一軒の建物を指して言った。 「お待たせしました。あそこがカーターの家、デス」

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