| [455] 螺れた箱(ヘクセとルリン)3 |
- えんや - 2007年07月20日 (金) 22時55分
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ PC:ヘクセ ルリン NPC:三月兎 場所:螺子れた箱の中 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ぜぇぜぇ、ハアハア、何…とか…フウフウ、…逃げ切っ…た、げほげほっ、…みたい…だねぇ。」 ヘクセは肩で息をしながら、壁に寄りかかるように座り込んだ。 「逃げ切ったというよりは、退いてくれた感じだがな。」 「…足止めするって言ったくせに、こっちに逃げてくるとは何事だよー。」 ヘクセは恨みがましい目でルリンを睨んだ。 「仕方ないだろう。多勢に無勢だ。 えらい腕っこ**たんだし。 クラブの騎士を倒せただけでも奇跡だ。」 ルリンの身体にはいくつもの傷がついていた。 「おや?湖の騎士を倒せたのか? ルリン、意外とやるねぇ。」 ヘクセは感嘆の声を上げた。 「あいつらは何者なんだ?お前は何を知ってる?」 ルリンが詰め寄る。ヘクセは「まぁまぁ」とルリンを宥めた。 「何故かはわからないけど、あいつらはトランプの兵隊だよね? トランプの絵札は歴史上の英雄がモデルになってるんだ。 Jは歴史上名だたる騎士が当てはめられていてね。 君が倒したクラブは湖の騎士ラーンスロ。 かの有名な円卓の騎士の中でも最強と謳われた奴だね。 ちなみにスペードはカース大帝の騎士オジェ・ル・ダンクス ハートがライールって渾名の、聖女ジャニの盟友だった男だ。 ライールが古代語で憤怒の意味を表すとおり癇癪持ちで有名だね。 ダイヤがヘクトゥール。トルロイの王子だ。 イリアッドという伝承によると、伝説の英雄アキレウスといい戦いをしたらしいよ。」 「湖の騎士だと? 本物なのか?」 「うーん、たぶん違うと思う。 実際のラーンスロは出家した挙句、老衰で死んだって話だし、 ヘクトゥールはアキレウスに殺されてるはずだからね。 たぶん、ここを作った人の想像でしょう。 つまり君は、この世界の創り手の想像を超える強さだったわけだ。」 ヘクセはそんなことを言いながら、懐から草を取り出し、 口に含んで細かく噛み潰すと、それを手の平に吐き出して、 ルリンの傷口に擦り込んで、上から包帯を巻いた。 「ちっ、本物じゃないわけか。それにしても、連中は何故退いたんだ?」 ルリンはされるがままにしながら、疑問を口にした。 「ふむ。聞いてみるのが一番かな。」 ヘクセは立ち上がると、とある方向に目を向けた。 すると、最初に来たときは、まるで人気の無かった路地に何人かの姿が見えた。 遠くのほうで、「こっちだー!」と言う声が聞こえた。 現れた人たちに混ざり、ヘクセとルリンも声のした方へと歩き出した。
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人々が集まった中心には、卵のように頭部を剃りあげた男が頭から血を流して死んでいた。 高いところから落ちたのだろう。 「…今回はハンプティか…。」 誰かが呟いた。 ヘクセとルリンは人々の様子を遠巻きに観察していた。 「彼らが俺らと同じ閉じ込められた人っていう保証は?」 「時計を持った兎、トランプの兵隊… この世界に元からいる住人は、どこかデフォルメされている。 湖の騎士にしたところでクラブのマークの鎧をつけてたようにね。 だから、この人たちは多分閉じ込められた人たちなんだよ。」 ヘクセはそう言うと、一人のエルフの男に近づいた。 「ハァイ。」 呼びかけられて振り向いたエルフ男は、目は充血気味で、やや出っ歯気味だった。 「やぁ、コンニチハ。 おや、君たちは先ほど追いかけっこをしていた人デスネ。 見たことのない顔ですが、新入りデスカ? 久しぶりデスネ、ここに新顔が加わるのも。ここ数十年なかったことデスヨ。 いや、めでたいめでたい。いや君達にとってはむしろ不幸なことデスカナ。失礼。 ともかく今回はお互い無事に生き延びられたようデスネ。 あいつらは当分現れないから安心するといいデスヨ。 私はバックス。みんな"三月兎"と呼びますガネ。」 なるほど。その赤い目と出っ歯とエルフ族特有の長い耳を見れば兎に見えなくもない。 加えて、場の空気も読めないお調子者のお喋りは、まさに三月の野兎のようにキチガイじみていた。 「…なぁ、こいつも十分、デフォルメされてないか?」 「…言うなよ」 背後からのルリンの小声の突っ込みに、ヘクセは同じく小声で返した。 実際、他の者達では、やつれていたり警戒しきった目をしてたりで、 到底話しかけれそうな雰囲気ではなかったのだ。 気を取り直してヘクセは尋ねた。 「あのさ、バックスさん。」 「三月兎でいいデスヨ。」 「じゃぁ、三月兎。 なんで、彼らは引き上げたの? 彼らの役目は何?」 その答えをヘクセはおおよそ解っていた。 そして、三月兎はほぼヘクセの推測どおりの答えを返した。 「彼らは、悪魔の呪いに従って、一人の命を奪いにくるのデス。 素数の月の完全数の日にネ。」 「呪いって?」 「この世界を作った悪魔がかけた呪いデスヨ。 詳しくは私も知らないんですけどネ。 なにせ私も途中参加で。 秘密の詰まった正立方体ってなんだろうって思ったのが運のつきデスヨ。 しかも、ここの人たちは秘密好きで困りマス。 途中参加者にはなかなか心を開いてくれなくって。 カーターなら知ってるんじゃないデスカネ。 芋虫みたいに太った男デスヨ。 いつも水パイプをくゆらせてマス。 彼はこの世界の最古参だって聞いたことがありマス。 なにせ300年ちょっと前に、私がここに迷い込んだ時にも、 彼はいましたしネ。」 「300年!?カーターってやつはエルフかなにかか?」 ルリンが思わず口を挟む。 「いえ。ただの人間デスヨ。 少なくとも、この世界では歳をとらないのは人間にはいいことかも知れないデスネ。 私にとってもありがたいことデス。 なにせ友人達と同じ時間軸を共有できるのデスカラ。」
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「私が案内して差し上げまショウ。 カーターには嫌われてますから、家の前までデスガ。 いやもう暇でネ。 ここの人たち陰気すぎて親しくなれないんデスヨ。 私は」 三月兎はそう言って先を歩き出した。 「ちょっと待って!数字メモんなくっちゃね。」 ヘクセは扉の上の数字をいちいちメモしている。 ルリンは先ほどから抱えていた疑問を口にした。 「なぁ、素数とか完全数ってなんだよ?」 「あぁ、そっか。普通は馴染みないよね。 素数っていうのは、自身と1以外の自然数で割り切れない1より大きな自然数。 完全数はその数自身を除く約数の合計が、その数自身と等しい自然数のことなんだ。 6って1でも2でも3でも割り切れるっしょ?でもって1+2+3=6になるし。 あの白兎、『素数の月の完全数の日』って言ってたろ? 素数の月というと、上の定義だと2、3、5、7、11月だよね。 完全数の日は31日までの中では1日と6日と28日ということになる。 つまりだね。あの兎は兵隊さんの人狩りを告知に来てたんだ。 で、今日がその日だったわけだよ。 だから、皆息を潜めて建物の中に隠れてたんじゃないかな。 でもって、今日の犠牲者が出たから連中は引き上げて、 隠れてた人も出てきたのさ。」 「その通り!ご明察デス!」 三月兎が手を叩く。 「…数字遊びか。」 「うん。おそらくそれが重要なんだと思う。」 ヘクセはメモした数字をもとに計算していた。 「うん。やっぱりそうだ。 桁数に惑わされて気付かなかったけど、 これ、フィボナッチ数列だ。」 ヘクセはそう一人ごちた。 「フィボ…なんだそりゃ?」 「フィボナッチ数列とはどの場所の数字をとっても、 その前に続く2つの数字の和となる数列のことデスヨ。 1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144…という具合デスネ。」 三月兎がルリンの疑問に答えた。 ヘクセがそれに付け加える。 「自然界によく見られる数列でね。 蜜蜂の家系やらヒマワリの種やら植物の葉のつき方やら花の花弁やらね。 知ってる?ヒマワリって真ん中にある種のならび方はらせん状に 21 個、34 個、55 個、89 個…ってなってるんだよ。 さらに隣り合うフィボナッチ数の比は黄金比 φ に収束するんだ。 これまた自然界によく見られ、最も美しいと言われる長方形の辺の比率なんだけど。」 「黄金長方形! 黄金比の長方形の短辺を一辺とした正方形を黄金長方形から取り除くと、 残った部分も黄金長方形になるという神秘の長方形! 貴女、詳しいデスネ!」 三月兎がご丁寧に解説を入れてくれる。 ちょっと便利だな、と思いながらヘクセは言葉を続けた。 「それが秘められた数列ということでも、この数列に神秘を見出す人たちがいた。 …ルリン憶えてる?螺子れた箱を見つけた遺跡の入口を。」 「…? なんか五芒星の紋様があったっけ。」 「そう。五芒星。この図形はまさに黄金率の宝庫なわけだけれど、 それと同時に、ピュトーグロス教団のシンボルでもある。 …ごめんねぇ、私頭回ってなかったよ。 もっと早く気付くべきだったのに…。 五芒星、正立方体、素数、完全数、フィボナッチ数列…。 ここは数秘術で構成された世界なんだ。」 「………えぇっと? 数秘術ってなんだよ?」 一人興奮するヘクセに完全においてけぼりにされたルリンは、困惑気味に尋ねる。 「数秘術とはピュトーグロスの提唱した魔法の一大流派デスヨ! 世界の神秘を数式で解き明かす、最も偉大な魔術技法デス! 数秘術により、座標設定が可能になり、転移呪文は飛躍的発展を遂げたのデス!」 三月兎が力説する。 「まぁ概ね間違ってないかな? 三月兎の言うとおり、数秘術は魔法の1ジャンル。 はるか大昔にピュトーグロスという、それはそれは偉い魔術師が打ち立てた手法だね。 今でこそ主流ではないけど、 ソフィニアで流行の現代魔術の基礎として、その考え方は深く根付いてる。 今のソフィニア魔術を数秘術抜きでは語れないくらいにね。 あまりに当たり前すぎて自覚している魔術師は悲しいかな少ないんだけどね。 要約するなら『万物は数である』かな?」 「…は?」 「うん、まぁ観念的なものなんだけどね。 調和、宇宙の概念を数で捉え、理解し、応用する方法なんだな。 数、神性、調和は関連しあっていて、行動、原因、結果は、物理的で時間的な現象だと。 これらは数を使うことによって観測され、測量され、記録されるわけだから、 数は行動、原因、結果といった物理的で時間的な現象にも、逆に影響を及ぼすことが出来る、 というわけだ。 …っていってもルリンにはさっぱりだよね。 もう少し、身近なところからアプローチしよっか。 例えば音。弦の長さを12とし、その弦の奏でる音を基本音としたとき、 弦の長さを3/4にすると基本音より4度高い音が、 弦の長さを2/3にすると基本音より5度高い音が、 弦の長さを1/2にすると基本音より8度、 つまり1オクターブ高い音が奏でられるのだよ。 逆に言うなら、音階の高さは整数で表せるわけだ。 しかもこんときの弦の長さは12、9、8、6となるっしょ。」 「9は6と12の算術平均、8は6と12の調和平均デスネ!」 三月兎が合いの手を入れた。ヘクセは気にせず言葉を続けた。 「まぁ、こんな具合に、この世界でおこる現象を全て数字や数式で解明できるって考えなんだよ。 逆に言えば数式を解明できていれば、それらの現象を作り出すことすら出来る。 大雑把に言うと、数秘術っていうのはそんなものなの。」 「…よくわからんが、要は大昔の魔法なんだろ? だったら、今の魔法で何とかしてくれよ。」 ルリンは早々に理解を放棄した。 「それはちょっと違う。 確かに大昔に編み出された手法だが、錆びれた手法じゃない。 抽象的な観念で法則を見出そうとしたのはピュトーグロスが最初なんだ。 彼は、感覚で把握出来る“現象”と理性でしか捕らえられない“本質”を 区別して理解する道を示したんだよ。 魂とか、理性とか、心とか、肉体を離れた何かが人間の本性であるかのような概念だって 結局は彼の魂についての見解のヴァリエーションに過ぎないんだし。 今一部で流行の人権思想も『人間は理性的である』と言う思いこみを根拠にしてるわけだけど これだって彼の思想が元になってるわけだし。 だいたい、確かに数秘術そのものは主流ではなくなったけど、 今のソフィニアの現代魔術の基本理論において、数学抜きでは語れないんだよ? …っと、話が逸れたね。 ともかく、力押しでこの世界をどうこうするのは危険極まりない。 まだ私たちが中にいるんだし、何が起こるかわかんないからね。 とにかく、この世界を構成してる法則を見つけ出さないと…」 「素晴らしい博識。貴女は相当名のある数秘術者デスネ!」 三月兎が興奮気味に叫ぶ。 ちょっとこのテンションの高さは鬱陶しい。 ヘクセは「まぁ…」と曖昧に言葉を濁した。 「それに貴方も。 私、見ていましたヨ。 絵札の騎士達との戦いを! 手だれ四人相手に引けを取らぬとは! すごい!実に素晴らしい! 貴方ほどの腕前の剣士を私は他に知りません! どのような経験が貴方をそこまでに高めたのデスカ?」 「あっ、それ私も興味ある!」 ヘクセも乗った。 「カーターの家まではまだ時間がかかりマス。 それまでの間、あなたの歴史を語っていただけませんカ? なにぶん、娯楽の少ない都市でしてネ、ここは。」 三月兎はルリンの目を覗き込んだ。

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