| [450] 螺れた箱(ヘクセとルリン) 1 |
- えんや - 2007年06月17日 (日) 22時56分
「なんで、こうなったんだろう?」 少女は階段に座り、頬杖をついてため息をついた。 少女の目の前には奇妙な、それでいてどこか古代の町並みを思わせる不思議な風景が広がっていた。 立方体を思わせる建物群がいくつも並んでいる。 所々に円形の噴水があり、そして道はあちこちに直線で伸びており、階段はそこかしこにあり、 階段を上ったらいつしか下っているような、床だと思って歩いていたら、いつしか壁だったような、 上下すら分からない奇妙な光景。 最悪なことに、空もそんな建物群で占められているのだ。 そして、それらの建物群は中心部に向かって収束するかのように小さくなっている様に見える。 ちょうど四角錐の容器の4面に建物が立ち並んでいるような感じだ。 「…遠近感がおかしくなりそうだなぁ。」 ヘクセは近くの建物の入り口を見る。 扉の上には4444705723234230000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 という数字が書かれている。 「…いったい何桁だよ。」 ヘクセは溜息をついた。 「おい」 その瞬間、少女の無造作に束ねられた黒髪が掴まれ、上に引っ張り上げられた。 「みゅげっ!」 思わず奇異な声が漏れる。 「なにすんのさー!」 ヘクセは髪を押さえて、悪戯主を見上げた。 そこには長身の、20代半ばくらいの男が立っていた。 痩せてはいるが引き締まった体躯、身長に比べ手足が長いが、 この世界では、そのアンバランスさのほうが自然に思えるから不思議だ。 黒と赤のオッドアイでヘクセを見下ろしながら、男=ルリンは不機嫌な様子で答えた。 「人を走らせときながら、惚けていたようだが、 俺の労力に見合うだけのことには気づいたんだろうな?」 「…ルリン優しくない。 初めて会ったときは、あんなに親切だったのに…」 ヘクセは上目遣いで涙を浮かべながら非難げに言ってみる。 「…あんときは、ただのガキだと思ってたからな…」 確かに、ヘクセの外見は長い黒髪と、黒い瞳と浅黒い肌の、 それなりに魅力的な、13、14程度の少女にしか見えない。 ちなみにそれなりに魅力的というのはヘクセの自己認識だけれども。 「つまりルリンは幼子に見える私の魅力にくらくらってきちゃったわけだね。 そっかー、だからあんなに優しかったのか〜♪」 「違う!ガキが一人で人気のない遺跡近くでうろうろしてたから、 ほっとけなかっただけだ!」 ちなみにヘクセが見た目通りのただの子供じゃないことは、その遺跡で徐々にわかり、 それに比例するように、ヘクセも可憐な少女ぶりっこもやめていったので、 今や完璧なボケとツッコミをやりあえているわけだが。 「まぁいいや。 ルリン、先の方まで行ってみて、近くの建物の大きさはどう見えた?」 「ここと同じくらいに見えたな。」 「扉の上の番号は?」 ルリンはごそごそと懐から羊皮紙をとりだした。 3865462327928460000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 2388987100892080000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 「メモってくるなんて意外と几帳面だよね。 …桁合ってる?」 「知るか!」 「…うーん、コッチから見た感じでも、 建物とあわせるようにしてルリンの背が縮んでるように見えたんだよね。 つまり空間自体が歪んでるんだな。 中心部までは見た目より遠いかもしんない。 でもまぁ、中心部に行くにしたがって数字は小さくなってるんだし、 数字が有限である以上、いつかは辿り着くだろう。」 ヘクセは足元の小石を拾って立ち上がった。 「面白いの見せたげるよ。」 そう言ってヘクセは小石を真上に放り投げる。 小石は速度を緩めながら真上へと飛んで行き、 なぜか途中から真横へ向かって飛んでいった。 それも速度を上げながら。 そして横に見える建造物の屋根へと落下して転がる。 「…ね?」 「…どういうことだ?」 「うん、あっちと向こうっかわに見える壁なのだけれども、 まるで地面のように壁にまで建造物が建っちゃったりしちゃってるわけなんですが、 重力まであるらしいってこと。 あっちの床と壁の境目から、天井と向こうの壁の境目を対角で結んだ面が ちょうど重力の境目みたい。」 「…頭が痛くなってきた。」 「ルリンは鈍いな。私なんかとっくに頭が痛いぞw」 「…これってやっぱり、あの箱のせいなのか?」 「うん。というより、あの箱の中なんだろうね。」 ヘクセは昨夜のことを思い出した。
* * *
「やったね! これが『螺れた箱』か!」 「それは、あの苦労に見合ったお宝なんだろうな?」 「ルリン、ロマンが無い。 これの価値は金銭には変えられないものなのだよ?」 「俺には、ロマンより金のほうが大事だ。」 とある宿の一室でヘクセは正方形の黒い小さな箱を抱えてはしゃいでいた。 ルリンはあきれた顔でその様子を眺めていた。 二人は、とある遺跡で知り合い、その遺跡の中で共に死地を潜り抜け、 遺跡の奥に眠る、この箱を手に入れたのだ。 「…なんか俺ばっか苦労した気がするし。」 ルリンが愚痴をこぼすが、ヘクセは聞こえぬふりで箱を眺めていた。 「これは、どんな未知の領域に私を誘ってくれるのかなぁ♪」 そんなことを言いながら眠りについて、目が覚めたときには二人はこの奇妙な異世界にいた。
「未知すぎだよ。」 ヘクセはひとりごちた。 「箱の中って、あの箱にこんな広さはないだろう。」 ルリンが後ろを振り返る。そこは無限の奥行きを持っていた。 「意識だけ閉じ込められたんだよ。 概念だけで構成されてるんだ。 製作者の想像力でいくらでも広がりを持つ。」 「ってことは果ては無いってことか?」 「…うーん。想像力にも限度はあるから、 複雑になればなるほど範囲は限られるんだが… ここは多分、無限だと思う。 たとえば『どこまで行っても平坦な大地』みたいに、 設定を単純にしちゃえば、負荷は少ないしね。 捉えられた人の移動範囲だけ世界を設定すればいいわけで、 つまり観測点から周囲なんぼかだけ明確化すればいいんだから…」 ヘクセはぶつぶつと呟いた。 その二人のそばを何かが走り去って行った。 「今日は素数の月の完全数の日だ。 今日は素数の月の完全数の日だ。」 そう言いながら走っていくのは時計を持った白いウサギ。 それが人間のように走っているのだ。 「なんだありゃ。」 ルリンが呟いた。 捻りも何もない表現だったが、ヘクセも同感だった。 すると、前方の方から多数の足音が聞こえた。 それも軍隊のように整然と。 収束点のほうに目をこらす。 そしてヘクセとルリンは目を疑った。 トランプのカードに人間の頭部と手足が生えたような存在が 手に鋭くきらめく槍と、古代帝国の重装歩兵のような盾を持って整然と行進してくるのだ。 向こうのほうで赤いドレスを身に纏った女が「首を刈っておしまい!」って叫んでる。 ドレスの模様的にハートの女王なのだろうか。 「絵札は普通の人の姿なんだ…」 思わずそう呟くヘクセの身体をルリンが抱えた。 「よくわからんが、逃げるぞ!」

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