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短編リレー

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[446] 希望の炎―8(イートン&ベアトリーチェ)
千鳥 - 2007年05月31日 (木) 01時59分

(子供たちは元気にしてるだろうか・・・)

 イートンはふいに家に残してきた二人の息子たちの事を思い出した。
 長男のダヴィットは本を与えておけば大人しいのだが、最近一人歩きを覚えたばかりの次男ギルバードは、やんちゃで家政婦を困らせているかもしれない。
 こうして妻とゆっくりできる機会は貴重だったが、少し予定を早めて帰ってもいいかもしれない。
 その為には、この幼い恋人たちを何とかしてやらなくては・・・。

「君たちの親はどうしているんですか・・・?」

 彼らには協力者が必要だった。
 神殿に閉じ込められていた幼い二人の行動は、あまりにも無謀だ。
 いくらベアトリーチェが熟練のハンターとはいえ、異国の断崖の国では浮かぶ策も、行動範囲も限られてしまう。 
 しかし、彼らの答えはイートンを更に悩ませるだけだった。 

「僕たちには親はいません」
「呪われた子供は、母親の命を代償に産まれてくるんです」
「そうなのですか・・・」

 思わずベアトリーチェの方を見る。
 彼女はじっと自分の顔を見つめ返した後、ふぅ、と短く息を吐いた。

「取りあえず、イートン。あんたは神殿に戻ってハーティアから情報を聞き出して頂戴」
「そうですね、竜の呪いが解けない限り、ルネア君もこの国も救われることは無いでしょう」

 この洞窟で身を隠すだけでは何も解決はしないのだ。

「君はどうするんですか?」
「この子達を見てるわ。もしも、ここに捜索の手が回ったら、二人を連れ出して逃げる」
「それなら・・・大丈夫です」

 ベアトリーチェの言葉に、セレナが答えた。

「洞窟の奥は行き止まりです。わたしはルネアに乗ってこの洞窟までやって来たんです」

 しかし、長い山脈を越え、この断崖の国を逃げ出すだけの体力はルネアには残っていなかった。力尽きつる前に降り立ったのが山の中腹にぽっかりと空いた洞窟だったのは僥倖と言えるだろう。 

「えーっと、つまり・・・」

 イートンは嫌な汗をかきつつ先ほど入ってきた入り口の光景を思い出す。
 山の中腹、その岩肌にぽっかりと空いた小さな穴。
 そこが唯一の出入り口というわけだ。

「追っ手に捕まる可能性は少ないってワケね」

 イートンとは対照的にベアトリーチェは嬉しそうな声で腕巻くりをした。

「じゃあ、私も出るわ」
「あの、つまり・・・」
「この崖を降りるにきまってんじゃない」

  ・・・☆・・・

「まだ巫女と怪物は見つからないの?」

 神殿の中は騒然としていた。
 神官長であるハーティアは長いすに座りいらいらとした様子で、兵士たちの報告を受けていた。 
 イートンはあわただしく走り回る人々のあいだをすり抜けて彼女の名を呼んだ。

「オーディル神官長!」
「次はなんなの!?」

 声のした方をきっと睨んだハーティアは声の主がイートンだと知ると、慌てて頬に手をあてた。
 
「ま、まぁ!失礼しました。まだ神殿にいらっしゃったんですか?・・・なんだか随分お召し物が汚れているようだけれど」

 黒いコートはあちこちが砂埃で白くなっていた。
 イートンは「ちょっと転んで」と頭をかいて答えると、真面目な顔で彼女に言った。

「僕も何か力になれないかと思いましてね」
「ご好意は嬉しいですが・・・今兵士たちが怪物を探しているところです」
「・・・とても恐ろしい怪物なそうですね。何か倒す方法はないんですか?」
「そんな事をしても・・・」

 ルネアを殺したところで仕方が無い。
 ハーティアはその言葉を飲み込んだようだった。
 彼が死んでも、この呪いは他の者に移動するだけだ。
 新しい呪いの犠牲者を作らないためにも、彼にはまだ生きてもらわなければならない。
 生きて、希望の炎の下に居続けてもらわねばならない。

「貴女も・・・それではいけないと思ってるんじゃないですか?」
「え・・・」
「呪いの連鎖を断ち切らねば、この国に真の希望は訪れませんよ」
「・・・何をご存知なんですか?」

 長い時を経て、竜の呪いの事実は一部の神殿の関係者に伝えられるのみとなっていた。
 国民が知るのは、この国には怪物が眠っており、希望の炎がその怪物を押さえつける唯一の方法であるということだ。

「僕が知ることは、各地で耳にした不思議な物語くらいです」
「・・・・・・」

 ハーティアは、イートンの紫色の瞳をじっと見つめた。
 彼女は今までもずっと媚びるような視線を送ってきたが、どうやらそれは自分の勘違いのようだった。
 彼女は期待していたのだ。
 イートンがこの呪いの謎を探し当て、『ルナシー』の物語のように終末へと導いてくれる事を。

「プリメラ。という女性を紹介しましょう」

 縋るような擦れた声でハーティアは言った。

「その方はどういった人物なのですか?」
「セレナの前に巫女を務めていた女性です」

 竜の呪いは生涯続くというから、ルネアが生まれる前ならば、十数年前の巫女ということか・・・。

「わたくしよりも竜の呪いについて詳しいはずです」
「一つ聞いてもいいですか・・・?その巫女と『怪物』はどういった関係だったのですか?」

 竜の呪いは不思議なもので、呪いを受ける怪物は男、呪いを抑える巫女はその血縁者の女性から現れた。
 セレナとルネアも従兄弟同士なのだという。
 ハーティアは目を伏せて答える。
 
「怪物は・・・プリメラの母親のお腹から生まれました」

 母親を失った瞬間から、その姉弟の悲劇は始まった。
 この呪いはやはり断ち切らなければならない。
 イートンは急かすような右手の感覚を感じながら、妻の姿を探した。

 



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