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短編リレー

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[439] 憑き物を落としてください(ティルヴィアンネ&しぐれ)−9 ちいさなちいさな みなみのしまで だいきゅうわ
ケン - 2007年02月03日 (土) 21時30分

「……誰も、悪くない……」

 小さな小さな声で、しぐれは呟いた。
 耳をすまさないと聞こえないような小さな声。


 今なんと言った?


 しかし黒犬にはしっかり聞こえていたらしい。
 ギロリとしぐれを睨み、牙を剥き出す。

「誰も悪くはナイ。そう言ったのデス。」

 返したのはティルヴィアンネだった。
 威嚇され、びくりと体を震わせたしぐれを庇う様に体の後ろに隠し、自らは黒犬の方へ一歩前に歩み出る。

「あなたの話は大体わかりマシタ。村の人を恨むのも無理はないでショウ。」

 そう言うティルヴィアンネの脳裏に、昨日の村人との会話がよぎった。
 会話の中に、昔、この村に遭難者が漂着したという物があった。
 遭難者は病を持っており、死んでしまったそうだ。
 それがこの事件に関係があるかもしれない、と、その村人は言っていた。
 そのときはさほど気にしなかったのだが、その遭難者とは、この黒犬の主人だったのかもしれない。


 当たり前だ、奴らは受けて当然の罰を受けたのだ。
 この呪いは永遠に解けることはない。
 たとえ奴らが死して土に返ろうとも、永久に許されることはない。


 黒犬は犬歯を剥き出して歪んだ笑みを浮かべた。
 深い深い恨み。
 ぞっとする怨念の奔流にしぐれは震えた。

「てぃ、ティルさん…。」

 助けを求めるように、小さな彼は大きな仲間を見上げた。

「…戻りまショウ。しぐれ。これ以上ここにいても時間の無駄なようデス。」
「で、でも…。」
「戻って村長さんに本当のことを聞くのデス。後のことはそれから考えまショウ。」


 貴様らは村のものではないだろう、なぜかかわろうとするのだ。


「彼らは私達の命の恩人だからデス。」

 あからさまに不快そうに問う黒犬にティルヴィアンネは少しも臆せず答えた。
 もっとも、しぐれにいたっては命の恩人というより、お世話になったくらいだったりする。
 

 命の恩人だと?
 奴らが?
 く、くはははははははははははははははははははは。
 奴らに助けられたか、はははは、これはお笑いだ。


 まるで壊れたかのように高笑いする黒犬。
 その意味がわからず、ティルヴィアンネは怪訝な顔をし、しぐれはティルヴィアンネの服のすそをぎゅっと掴んだ。


 くふふ、いずれわかるだろう。
 我が笑う意味がな。  
 もっとも、お前らがソレに気づけばの話だがな。
 くはははははははははははははははははははははははははははははは。


「…戻りまショウ。」

 いつまでも高笑いする黒犬に背を向け、ティルヴィアンネは泉を立ち去ろうとした。
 しぐれもそれに続いて泉から出ようとしたが、前を行くティルヴィアンネが不意に立ち止まったため、同じように立ち止まる。

「どうかしました?」

 不安そうに問うしぐれに、ティルヴィアンネは静かに答えた。

「…囲まれています。」

「え?」としぐれが返す前に、泉を中心に無数の怪物がぞくぞくと姿を現した。
 その数は両手の指では足りないくらいだ。
 怪物は威嚇するように低いうなり声を上げながら二人をにらみ付ける。

「ひっ!」

 しぐれは叫び声を上げ尻餅をついた。
 エシルから借りた服が水浸しになる。 

「水もしたたるいい少年。ぴったりデスネ。」

 なんのつもりか、そんなしぐれを見てティルヴィアンネは呑気にそう言った。

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」

 しぐれは泣きそうな顔と声で叫んだ。

「んん、でも困りマシタ。さすがにこれだけの数を相手に勝てるとは思えマセン。」
「そんな…。」


 くふふ、困っているようだな、お前達。


 絶体絶命の危機の助け舟のつもりか、はたまた単なる嫌がらせ目的か、例の黒犬が話しかけてきた。


 この危機をどう乗り越えるか興味はあるが、ここは我のお気に入りの場所だ。
 我が主人の骸の上を、余人の血で汚されたくはないからな。


「…どういう意味デスカ?」


 この泉には一箇所だけ深いところがある。
 その底には自然にできた洞窟のようなものがある。
 運がよければそこから別の場所にたどり着けるだろう。
 もっとも、辿り着く前に窒息死するだろうがな。


 口元を吊り上げて言う黒犬。

「そ、それ、本当ですか?」

 黒犬を疑いと不安の混ざった目で見つめながらしぐれが問う。


 無論だ。
 言っただろう、我が主人と我の聖地を汚されたくはない。
 とっとと消えうせるがいい。


 しぐれは黒犬をいまいち信用できないでいたが、他に手がないならすこしでも生き残れる可能性を取りたい。

「ティルさん、聞きました? ここから他の場所まで泳いでいけるそうですよ!」

 だが、ティルヴィアンネの返答はない。
 すぐそばにいるのだから声が聞こえていないわけではない。
 ティルヴィアンネにも黒犬の声は聞こえていたはずだ。
 だが返事がない。

「ティルさん?」

 訝しげにティルヴィアンネの顔を見上げるしぐれ。
 と、そこでやっとティルヴィアンネが口を動かした。

「し、しぐれ…。私は…泳げないのデス…。」

 僅かだが震える声。
 今までの余裕のある態度からは想像もできないほど狼狽した表情。
 すがるような目で見られ、しぐれは呆気にとられた。

「え…。そんな、ティルさん、あんなに運動神経がいいのに…本当…なんですね。」

 追い詰められたような表情のティルヴィアンネが嘘を言っているようには見えない。
 しぐれは困ったが、考えている暇はない。
 それ以前に、他に手はないのだ。

「じゃあティルさん、僕に掴まってください。僕がティルさんをおんぶして泳ぎますから。」
「え、え、でも、私は重いでスシ、しぐれは小さいでスシ…。」

 狼狽してチンプンカンプンなティルヴィアンネを見ているうちに、しぐれの方は落ち着きを取り戻していた。
 なまじ自分より相手の方がパニックになっていると、自分は落ち着けるものである。

「大丈夫です。僕、泳ぎには自身があるんです。」

 安心させるために微笑を浮かべるしぐれ。

「む、無理デス。できマセン。水は嫌いデス。嫌。」

 だがティルヴィアンネはふるふると首を横に振る。

「じゃあこうしましょう、ティルさん。目を瞑って、僕の背中を掴んで、少し息を止めるんです。十まで数えればもう向こうについていますから。」
「嫌、怖いデス。できマセン。」

 なかなかティルヴィアンネは首を縦に振らない。
 どうしてなのか水を相当嫌っているようだ。
 どうやら泳げないという理由だけではないようだ。
 嫌っているというよりは、恐れているようにも見える。
 しかし、今はそんなことはどうでもいい。

「ティルさん。お願いです。一回だけでいいです。今だけでいいので、僕を信じてください。」

 ティルヴィアンネの両手を掴み、真剣な表情で説得するしぐれ。
 そんなしぐれの必死の説得に、ティルヴィアンネも震えながら、やっと首を縦に振った。
 生き残れるかもしれない方法と言った黒犬の言葉はティルヴィアンネにとっては死刑宣告のようなものだった。
 ここで頷いただけでもたいしたものだろう。
 だがしぐれは、ただ純粋にティルヴィアンネが自分を信じてくれたことがうれしかった。
 と、そうこうしているうちに、怪物たちはどんどんと包囲の輪を狭めてくる。

「しっかり掴まってください。大丈夫です。すぐに楽になりますから。」

 背中にティルヴィアンネがしがみ付くのを確認し、しぐれは優しく声をかけた。
 実際のところ、生存率はかなり怪しいが、他に手がないのなら仕方がない。
 すっかり大人しくなり、しぐれの小さい背中にぴったりと身をあわせ、長身の体を小さくしてしがみついているティルヴィアンネをもう一度振り返る。
 震えながらだが、彼女もしぐれの顔を見返し、こくりと頷いた。
 包囲を限界近くまで狭め、すぐ近くまで来た怪物達が襲いかかろうと飛び上がった瞬間、しぐれは泉の奥深くに潜っていった。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 なんだろう。
 苦しいのに、身体はすごく軽い。
 まるで空を飛んでいるようだ。
 うっすらとあけた目に映ったのは、空でも大地でもなかった。
 水。
 視界を覆う水。
 水の中を高速で移動しているのだ。
 流されているのではない。
 泳いでいるのだ。
 視界の隅に、魚のヒレのようなものが見えた。
 きらきらと光るそれは、とても神秘的で、とても綺麗だった。
 どこかで一度、それを見たことがあった。
 どこだっただろう。
 考えてみると、答えはすぐに見つかった。
 あの日、この島に来る前に大蛸に襲われて船が沈没したとき。
 このヒレを見た。
 見たような気がした。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 静寂と暗闇が支配する空間。
 うっすらと差し込む光がそこがどこかの洞窟であることを教えていた。
 コケのこびりついた岩肌が露出している。
 天井から落ちる水滴が奏でる水音にまじり、ばしゃばしゃと騒がしい音が静寂を破った。

「ごほっ、げほっ、げほっ…。」

 小さな池のような水面からティルヴィアンネが顔を出した。
 ずいぶんと疲労しているようで、上半身だけが池から出た状態のまま、岩に寄りかかり荒い息遣いで呼吸をしている。

「し、しぐれ、しぐれ? どこデス?」

 まるで盲目のように手探りで少年の名を呼び探す。
 返事はない。

「しぐれ。」

 それでもあきらめず、少年を探すティルヴィアンネ。
 手が岩に擦れて細かな傷を作り、爪が欠けてもやめようとはしない。

「ティルさん。ここにいます。」

 ふと、上の方から声がした。
 その声の主が誰なのか、見なくてもすぐにわかった。
 ティルヴィアンネが探していた当人である。
 どうやら先に上がっていたようだ。

「ティルさん。水もしたたるいい女。ぴったりですね。」

 にこりと笑い、しぐれはついさっきティルヴィアンネが言った冗談をそのまま返した。

「…ふふ、惚れてはいけまセンヨ?」

 苦笑し、そう返すティルヴィアンネ。
 水の影響か、力なくぐったりと脱力しており、目に見えて辛そうだ。

「とりあえず水から上がりましょう。冷えますし。」

 そういい、しぐれは手を差し伸べた。
 ティルヴィアンネはその手をとろうと手を出す。
 が、その手はしぐれの手をとることなくすり抜けていった。

「…? ティルさん?」
「なんでもないデス。ちょっと手が滑っただけデス。」

 不思議がるしぐれにティルヴィアンネはそう答えると、再び手を出す。
 が、またすり抜けていく。
 しぐれは慌ててその手をつかんだ。
 と、そこで彼はある事実に気がついた。
 前からうすうすと感づいていたことだ。

「ティルさん。もしかして、目が悪いんじゃ…?」

 手を掴まれたティルヴィアンネは押し黙ってしまった。
 それは肯定の沈黙であるとしぐれでも理解できた。

「どうして目がいいなんて嘘を…。」

 しぐれの質問にティルヴィアンネは答えようとしない。

「しぐれ…私はこの島に来る前に、大蛸に襲われて海に投げ出されたのデス。」

 かわりにまったく違う話題を振ってくる。

「私は泳げマセン。もうおしまいかと思いマシタ。でも、その時、誰かが私を助けてくれたのデス。」

 ふと、ティルヴィアンネがしぐれを見上げる。
 身長の高い彼女が、小さなしぐれを見上げる場面はなかなかないだろう。
 はじめて見るアングルに、しぐれはすこしどきりとした。

「あのヒレ…同じでシタ。しぐれ…あなただったのですね…あなたが…私を…。」
「とりあえず上がりましょう。風邪引きますよ。」

 ティルヴィアンネの言葉をさえぎり、やんわりと微笑むしぐれは「よいしょっ。」っと掛け声を上げながらティルヴィアンネを引き上げた。
 実際のところ、しぐれには本当に記憶がないのでわからない。
 そういわれてみれば、そんな気がしないでもなかった。
 だが、それが真実かはわからない。

「ここは、どうやら洞窟のようですね。」

 しぐれの声が暗闇の中に響く。
 立ち上がってきょろきょろとあたりを見回すしぐれとは対照的に、ティルヴィアンネはというと座ったまま岩によりかかり、目を瞑り呼吸を整えている。

「ティルさん。僕ちょっと様子を見てきますね。すぐに戻りますから、ちょっと休んでいてください。」
「待って、しぐれ。」

 背を向け走り出そうとしたしぐれをティルヴィアンネが引き止める。
 しぐれはきょとんとした顔で振り返った。

「どうかしました?」

 訝しむ、というより心配そうな顔でしぐれは問う。
 ティルヴィアンネはしばらく目を瞑ったまま呼吸を整えていたが、ゆっくりと目を開け、その赤い相貌でしぐれを見つめた。

「信じて…もらえないでしょうケド…。私は…本当は…水が好きなのデス…。」

 しぐれを見つめたまま、ティルヴィアンネは辛そうな顔で告白した。
 そういわれたしぐれの方はというと、ティルヴィアンネが何を言いたいのか計りかね、困った顔になる。
 それもそのはずで、ティルヴィアンネの言っていることはめちゃくちゃだ。
 先ほどまで水を恐がっており、でも実はそれが好きだと言われても信じられはしないだろう。
 が、しぐれは笑顔でティルヴィアンネに微笑みかけた。

「信じますよ。あなたは僕を信じてくれた。僕もあなたを信じます。」



 ティルヴィアンネを残し、しぐれはとことこと洞窟の中を進んでいった。
 ただ闇雲に進んでいるわけではない。
 しぐれは目が発達しており、僅かな光を探知し、それを辿って行くと案の定、洞窟の出口が見えてきた。

「なるほど、ここはこの島の西側の森の奥にある滝…の裏でだったんですね。」

 しぐれの言葉通り、
 洞窟の出口は滝でふさがれていた。
 いや、正確には出口のすぐ前を滝が流れているのだ。
 反対側からは、よく見ないと洞窟があることにも気がつかないだろう。

「ここから村までは…ちょっと危険ですけど、モンスターが全部東側に移動したなら、逆に安全かもしれませんね。」

 と、独り言をつぶやき、滝裏の洞窟から身を乗り出し、反対側の岩場までジャンプする。
 刹那。

「おめぇ、誰だ? こんなところで何やってる?」

 背後からの声に、しぐれは心臓が口から飛び出しそうになった。
 「きゅぴぃっ!」と声を上げそうになりつつも、自分自身の手で口をふさいでなんとか免れた。
 ついでに心臓も飛び出すことはなかった。
 恐る恐る振り向くと、そこにはオレンジ頭の柄の悪そうな男と太っちょのちょっとおっとりしてそうな男がいた。
 今度こそ、しぐれは心臓が飛び出て「きゅぴぃっ!」と叫びそうになった。
 その二人は明らかに人間だったのだ。
 村長の話が確かなら、この島に人間はいない。
 ということは、外から来たということだ。
 見た感じ、遭難して漂着した風でもない。
 服に損傷が見当たらず、たくさんの道具や魔法アイテムが見える。
 しぐれにはそれがどんな道具でどんな魔法アイテムなのかはわからない。
 が、明らかにこの島になんらかの目的で来たのだ。
 それだけは理解できた。

「(うぅ、どうしよう…怖い人たちじゃなければいいんですけど…。)」

 そうなことを考えていると、太っちょの方の男が口を開く。

「アニキ、この子。あの村の子じゃないかな?」
「はぁん? 何言ってやがんだ。あんな廃墟に人が住んでるはずはねぇだろ? それに、あの洞窟にいたってコトは、俺達より先にこの森を抜けたってことだ。あのモンスターだらけのこの森をだぞ? 馬鹿は黙ってな。」

 二人の会話にしぐれは当たり前の疑問を持った。


「(村が廃墟?)」

 この島には村はひとつしかない。
 これも村長の言っていた事だが、それだとオレンジ頭の男の言っていることはおかしい。
 村は廃墟なんかじゃないし、ちゃんと人がいる。
 エシルも村長もいるはずだ。

「(きっと彼らは勘違いをしているんですね。)」
 
 と、ここでしぐれはティルヴィアンネのことを思い出した。
 側を離れてずいぶんたつ。
 きっと寂しがっているかもしれない。
 もしかしたら具合が更に悪化しているかもしれない。
 しぐれは意を決して二人組みに話しかけた。

「あ、あの、実は友達が洞窟の中で…その、具合が悪そうで、動けないみたいなんです。助けてくれませんか?」

 しぐれの言葉に、オレンジ頭の男が「はぁ?」と眉をひそめた。

「なんで俺様がそんなことしなきゃいけねぇんだよ。忙しいんだ、どっかいっちまえ。」

 しっしっと手で追い払うデスチャーをする。
 やはり見かけどおり柄が悪い。

「アニキ、それはちょっとかわいそうだよ。」

 人のよさそうな太っちょがそう言った。

「あぁ? 俺達の目的を忘れたわけじゃねぇだろうな?」

 オレンジ頭が太っちょの男を睨む。
 
「そ、そんなことないよ。でもアニキ。おいらにはこんくらいの弟がいたんだよ。もう死じまったけど…。だからほっとけないんだよ。」

 オレンジ頭に睨まれ、太っちょの男は慌てて答える。
 しばらく二人は黙ったまま見詰め合っていたが、先にオレンジ頭の男が顔を背けた。

「ちっ。ならテメェだけでいきな。」

 オレンジ頭の言葉に太っちょの男が顔を輝かせる。

「ありがとう、アニキ!」
「早く戻って来いよ。まだ準備ができてねぇんだ。ったくめんどくせぇな。」



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 いらいらする。
 気持ちが悪い。
 吐き気がする。

 目を開ける。
 何も見えない。
 しかし、別に構わない。
 目にはあまり頼ってはいない。
 臭いをかぐ。
 臭い。
 大嫌いな磯の臭いだ。
 耳を澄ます。
 喧しい。
 大嫌いな波の音だ。

 とりあえず、あたりを探索する。
 狭い。
 身動きするのもやっとだ。
 たくさんの荷物がある。
 人間の荷物だ。

 扉がある。
 うっすらと光が差し込んできている。
 それを力任せにぶち破ると、外に出た。

 日の光が目をくらました。
 こうなると数十分間は何も見ることができない。
 
 相変わらず目以外の感覚器はここが海の近くだと教えている。
 なぜこんなところにいるのだろう。
 わからない。
 思い出せない。

 だんだんと目が見えてきた。
 揺れる視界。
 広がる蒼。

 ここは、船の上だった。

 そうだった。
 お腹が減って、お腹が減って。
 もうずいぶん何も食べていなくて。
 行き倒れる寸前で見つけた建物に入ったところで、気を失ってしまったのだ。
 今思い出せば、あれは船だったのかもしれない。

 「あんた、大丈夫かい? どうしたんだ?」

 急に声をかけられた。
 びくりと驚きながらそっちを見る。
 人間がいた。
 心配そうな顔でこっちを見ている。

 「ニンゲン…。」

 ソウイエバ…オナカガヘッタ…。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



「ティルさん!」

 しぐれの叫び声にはっと我に返るティルヴィアンネ。
 どうやら寝てしまっていたようだ。
 顔を上げると、しぐれともう一人、見たことのないちょっと太った男が松明を持ったまま立っていた。
 この村の住人じゃないのかもしれない。
 顔を見ようとしたが、見えない。
 というより、頭がない。

 頭がない。

「てぃ、ティルさん…。」

 しぐれの声は心なしか震えていた。
 ティルヴィアンネは、ゆっくりと自分の足元に視線を落とした。
 スカートの中から二本の人の足と一緒に、二本の異型の首が生えていた。
 ここで、ティルヴィアンネはようやく事の重大さに気づいた。
 唖然とした表情で自分の下半身から生えた首を辿っていく。
 一本の首はしぐれの全身をゆっくりと、なめる様に匂いを嗅いでいる。
 しぐれは棒立ちのまま、はじめてみる生物を見るような顔でティルヴィアンネを見つめていた。
 もう一本の首は、ふとっちょの男の頭のあたりにあった。
 何かを噛み砕いている。
 赤い汁が口から零れ落ちている。
 それが男の頭だと言うことに、ティルヴィアンネは自らの胃が甘美に満たされていくことで気がついた。

「し、しぐれ、これは…違うのデス。」

 何がどう違うのか、どう説明すればいいのか、ティルヴィアンネは混乱していた。
 きっとしぐれは助けを呼びに洞窟の外まで出て行ったのだろう。
 そしてどうしてか人間と出会い、彼を連れて来てしまったのだ。
 寝ていても、身体は人間の放つ芳香に敏感に反応していた。
 得物が射程範囲に入った瞬間、おそらく、ふとっちょの男は自分がどうなったかわからぬまま食われたのだろう。
 突っ立ったままの太っちょの男の身体がうつ伏せに倒れ、首から思い出したかのように大量の血が噴出した。
 その血に反応し、ティルヴィアンネから生えた異型の首が、元男の首があったはずの、血の噴出し口にかぶり付いた。
 そしてジュルジュルと音を立てながら血を吸い始める。

「しぐれ…。」

 ティルヴィアンネは視線を男からしぐれへと、ゆっくり、ゆっくりと移した。





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 お、お待たせしました。
 なんじゃこりゃあぁぁ!!!???
 松さん、かなりお待ちしていたでしょうが、こんなのですみませぬ!
 ダークに進んでおります…。
 クライマックスまであと少し、がんばっていきましょうぞぉ!



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