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短編リレー

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[438] 希望の炎―6(イートン&ベアトリーチェ)
千鳥 - 2006年12月22日 (金) 11時28分

 断崖の国で最も空に近い場所に、希望の炎はあった。
 空に留まり続ける太陽のように、宙に留まる台の上で盛んに燃え続ける炎はこの国の人々を守護するまさに希望の光だった。

 白亜の円柱で囲まれた祭壇に、一人の少女が足を踏み入る―――。

「ルネア…今、わたしがあなたを自由にしてあげる」

 裸足に、手足がむき出しの白いドレス。 
 薄手のドレスの上から見た少女の身体は、まだ女性的特徴に乏しく、幼さを残していた。
 無防備な姿の少女は何かを決意した強い眼差しで頭上の炎を見上げた。
 ここは神殿兵も立ち入る事の出来ない神聖な区域だった。
 オーディル神官長ですら正当な理由がなければ立ち入ることが出来ない、セレナと…ルネアだけの場所。

「駄目だよ、セレナ。そんな事したら君はこの国にいられなくなってしまうよ」

 無人と思われた祭壇で、セレナの言葉に応える少年の声があった。
 それは真っ白な石の床に僅かに入った亀裂の下から聞こえた。
 小さな穴からギョロリと覗く赤い目。
 炎の光の下に閉じ込められた人食い怪物。
 そんな言い伝えとは裏腹に怪物の声は実に弱弱しかった。 

「そんな事したって、どうせ…」

 どうせ僕の命はあと僅かなんだ。
 最後まで言わず口を閉ざしたルネアに、セレナは膝を突いて穴から彼の瞳を覗き込んだ。
 この地下に住まう怪物の命が消えかけていることは、巫女であるセレナが一番分かっていた。

「あなたは優しいヒトよ、ルネア。きっと本当のあなたを知ればみんなだって考え直してくれるわ」
「セレナ…」

 違うのだ。
 そうではないのだ。

 そう叫びたいのをルネアは必死に抑えていた。
 自分は人食い怪物で、あの暗闇の中に浮かぶ亡霊の顔のような月を見ていると、人々を八つ裂きにし、その臓物を食い荒らしたくて仕方がなくなるのだ。
 しかし、正気のときの自分は、臆病で孤独で、卑怯で…
 だから彼女の優しさに付け入ろうとしているのだ。

 セレナは再び立ち上がると、希望の炎を見上げた。
 そして、まるで空を歩こうとするように足を踏み出す。

 ストン。

 すると少女の足にはそこに見えない階段が有るかのような、確かな感触が返ってくる


 あぁ――!

 怪物は感嘆の声を上げた。
 ルネアにとって『希望の炎』の光とセレナの存在はあまりにも眩しすぎた。
 その二つがまるで一つになるほどの近づいていく。

 ふっ。
 
 セレナが小さく息を吐いて火を吹き消した。
 途端に、今までルネアの身体を刺すように降り注いでいた光が急速に失われていく。
 円柱の祭壇はまるで鏡のように『希望の炎』の光を増幅させ、その下に閉じ込められたルネアを照らし続けていた。
 その光が消えると、昼間だというのにルネアの視界は灰色のベールに覆われたようになった。

「ルネア!大丈夫?」

 見えない階段を駆け下りてセレナが近寄ってくる。
 銀色の長く真っ直ぐな髪を揺らす、大きな瞳の可愛らしい少女。
 
「セレナ…やっと君の顔が見れた」

 ルネアはそれだけでもう胸がいっぱいで死んでしまってもいいと思った。
 しかし、セレナはそんな彼を急かす。

「炎が消えたことにすぐに皆が気がつくわ!早く逃げないと。出来るわよね!?」

 セレナは優しい性格だったが、何でも自分の思い通りになると考える所があった。
 ルネアは身体をうんと伸ばすと久しぶりに自分の姿を確認した。
 長い爪、白い――セレナの髪と同じ銀色といっていいかもしれない―鱗、そして同色の羽。

 うん、できる。

 唯一血の色をした瞳を見開くと、人食い怪物と呼ばれたホワイトドラゴンは雄叫びを上げて今まで自分の身体を閉じ込めてきた祭壇の床を破壊した。

 

 ・・・☆・・・

「ま、待って」

 二度目の奇蹟は実感を伴って現れた。
 洞窟の奥底へと走り出した妻の背中を追いながら、イートンは己の身体に触れ、確認した。
 紙とペンは見当たらなかったが、コートの中には出かける前に入れた地図とこの国の金貨が入っており、意識だけでなく肉体もこの場所に運ばれているようだった。
 道の真ん中に自分たちの身体が転がっているということはなさそうだ。

「あなたたち、誰なの!?」

 威嚇するような少女の叫び声が聞こえた。

「あたしはベアトリーチェ。あんたたちが神殿から逃げ出したのね」
「安心してください。僕たちは味方です」

 慌てて妻と二人の間に割ってはいると、イートンは彼らに穏やかな口調で語りかけた。
 ベアトリーチェが余計なことは言うなとばかりに眉を潜めてこちらを見た。
 しかし、子供を相手にするにはベアトリーチェの存在は威圧的過ぎた。
 柔和な物腰の中年男に、少年少女は僅かながら警戒を解いたようだった。

「僕らをこの場所に連れてきたのは人ならぬ存在です。恐らくあなた方を守護する神の使いではないかと思うのです」
「神様が…わたしたちに手を貸して下さるというの?」 
「たしかこの地には、神の『右手』であり『書き記す者』と呼ばれる天使と『空の目』、『鳥の化身』と呼ばれる天使がいるのでしたよね?」
 
 ここまできた経緯をイートンがセレナに説明する間、ベアトリーチェは「またこいつてきとーな作り話を作って」という視線でこちらを見ていたが、神話伝承を都合のいいように解釈するのはまさにイートンの商売だった。

「お願い…ルネアを助けてあげて」

 じっとイートンの話を聞いていたセレナは、搾り出すような声で懇願した。

*************
あ、ルネアの描写書いてないや。
断崖の国の宗教はイムヌスとは全く関係ありません。



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