| [436] 「ミッシング・チャイルド」(ライ&セラフィナ) [8] |
- マリムラ - 2006年12月16日 (土) 00時26分
ライが人形を抱いたまま走り、セラフィナが少し後を追う。 丁度ホームルームでも終わったのだろうか、りーんごーんと鳴る鐘の音と共に、教室から出てくる先生らしき着せ替え人形と鉢合わせた。……何故着せ替え人形だと思ったのか。それはセラフィナが昔遊んだ人形とよく似たものだったからだ。 「あら、遅刻は駄目じゃない。もう遅れないようにね」 学校には不釣合いなロングドレスで彼女は笑う。そして、意外な一言を発した。 「まあ、マーヤじゃないの。今日はお休みかと思ったわ」 当たり前のようにライから人形を受け取ると、教室へ戻り、ざわつく教室内に響き渡るようにこう宣言する。 「皆さんに残念なお知らせがあります。マーヤは夢の国へ行ってしまいました」 ざわつきがどよめきに変わる。教室の後ろの隅へ子供たちが固まり、ライとセラフィナから距離をとる。 「遅刻してきた子が桃色の罰を受けています。夢の国へ行きたくない子は近づかないようにね」 にっこり。笑顔で教室を後にする先生に、ライとセラフィナは顔を見合わせた。 「えーと、状況が飲み込めないんだけど、誰か教えてくれないかなぁ?」 ライが笑顔で一歩近づくと、子供たちが一歩下がる。ライを避けていることは明白だ。 「……あのさぁ、僕もさすがに傷つくよ?」 ライの呟きを聞きながら、笑っちゃいけないと思いながらも小さく苦笑する。ライはセラフィナをチラッと横目で見たが、少し膨れて口を閉ざした。 「あなたたち、お姉さんに教えてくれないかな」 セラフィナが膝に手を付くような姿勢で目線の高さを合わせると、一人の男の子が不本意そうに口を開いた。 「ももいろのばつをうけると、そのひのあいだ、おともだちにさわれなくなっちゃうんだよ」 まだ学校へ行くかいかないかの小さな子供だ。よく見ると、年齢が皆バラバラで、背恰好に差があるのが分かる。 「どうして?」 「だって、さわられたおともだちはゆめのせかいへいっちゃうんだもん」 夢の世界……それは一体どこなのだろう。自分たちのいう現実であればいいのだけど、と思いながらも、セラフィナは質問を続けた。 「他にも夢の世界へ行っちゃった子、いるの?」 「いるよー。おでっと、まだかえってこないもん」 『オデット!?』 思わずライとセラフィナの声が重なる。 今回のきっかけとなった少女、オデット。彼女は他の消えた子供たちと違って、一人だけ眠り続けていたのではなかったか。 「その時、他に夢の国へ行った子は居なかったのかな」 「えっとー、おくれてきたのがまーやだったの。まーやがおでっとといちばんなかよしだったの」 つまり。 「そのひ、まーやはだれにもさわらなかったよ。ずっとひとりでないてたもん」 もしかして、自分も夢の国へ行けばオデットを連れ戻せると思ったのではないか。そのために「わざと」ライの前に飛び出したのではないか。 マーヤの人形が置かれた椅子の隣に、オデットに似た人形が見える。 「喋りすぎだぞ、ハンソン。大人に気を許しちゃ駄目だ!!」 小さなハンソンの口を塞いだのは、ライとあまり年齢の違わないであろう少年だった。
一方その頃。 オデットの部屋では父親が不思議な体験をしていた。歪むように融けるように消えた二人を見た興奮も冷めないまま、とりあえずオルゴールを誰にも触れさせないように金庫に入れ戻って来ると、滲むように溢れるように一人の少女が姿を現したのだ。子供の一人が戻ってきたのか、と喜び勇んで駆け寄るが、オデットのように深く眠りに落ちて身動きひとつしない。そこにはオデットのところへ時々遊びに来てくれるマーヤが、オデットが発見されたときと同じように倒れていた……。
「あのね、聞きたいことがまだあるんだけど……」 「僕たちは子供だけのこの世界を気に入ってるんです。大人は帰ってください」 他の子達を庇うように両手を広げて少年が立ち塞がる。 「でもぉ、おねーさん、こわくなさそうだよ?」 「大人はいつでもズルイんだ!」 どうも、子供たちのリーダー格は彼であるらしかった。 「……みんなの家族が心配してる。本当にみんな帰りたくないの?」 セラフィナの呼びかけに、何人かが身じろぎした。特に小さい子などは目に涙を浮かべている。それでもリーダー格の少年が怖いのか、何も言い出せない。 「私はみんなが元居た世界へ帰れるように、お手伝いに来たのよ」 「余計なお世話なんだよ。僕は帰らないからな!!」 搾り出すような少年の叫び。一体何があったというのだろう? ライがそっと後ろから呼んだ。子供達を刺激しないようにとの配慮だろうか。 「セラフィナさん、授業が始まる前に行こう」 「でも……」 「子供たちがここにいる間は多分安全だと思うにゃ。僕たちはウサギを早く探さにゃきゃ」 ……。教室中が一瞬静まり返り、次いで爆笑に見舞われた。 「このにーちゃん、とらのばつまでうけてるよー!」 「どんくせー」 「にゃ、にゃんだとー!?」 振り返るとライの顔には長い髭が左右にピンと数本伸び、頭からまるで猫の耳のようなものが生えているではないか。 セラフィナはからかわれたライを押さえようと手を伸ばし、はっと気がついたように手を引いた。ライとセラフィナはこれから気をつけなければならないのだ。「触れるとセラフィナだけ強制的に戻されてしまうかもしれない」のだから。 「授業始まるよ。さっさと出て行ってよ」 笑い転げる他の子達の前で、一人真顔のその少年は言った。 「出口はあっち。二度と来ないで」 ライとセラフィナは視線だけで合図をして、彼の指す出口へと走り出した。
他の扉でもあったことだか、その指された扉は校内へは通じていなかった。まったく別の場所に迷い込んでしまったのだろうか。 「あー、忙しい忙しい」 目の前を、白い大きなウサギが走り抜けた。

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