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短編リレー

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[434] 「ミッシング・チャイルド」(ライ&セラフィナ) [7]
小林悠輝 - 2006年11月16日 (木) 23時54分


「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 ライは半ば反射的に抗議の声を上げた。
「学校に行かなきゃいけないのは子供だけじゃないの!?」
「きみは子供じゃないか」
 あっさり返される。う、と口ごもってから、その場しのぎに「このお姉さんは子供じゃないよ」と言うと、テディベアは少しだけ悩むように押し黙った。その隙にライは目の前の大きなルーレットを見た。“もも”と“ぶち”と“とら”。テディベアが言った通りの色に塗り分けられている。キノコと言っていた。食わされるのか。どの色を引いたとしても――と、それぞれの色のキノコを想像してみたが、人体に悪影響を及ぼす類のものでありそうだということ以上の想像はできなかった。
「この人はお客さんで、僕が案内してる最中なんだから」
 早口で言う。じっと見下ろしてくるテディベアの視線から目を泳がせたいのを我慢して、じっと、睨むように見据え返す。テディベアは「それなら」と言って、金色の毛に覆われた腕を上げた。セラフィナだけをぽとりと落とす。彼女はたたらを踏んで地に降りると、困りきった表情でこちらを見ていた。強がりで苦笑してみせる。寒いな。
「お客さんなら仕方ない。その代わり、一人で二つね」
「げ」
 どうしてそうなるんだ? 首根っこを掴まれて、そろそろ襟が喉にかかって苦しい。暴れるべきか、いや、暴れてもこれは無理だな。体格差がありすぎる。っていうか熊だし。
「お客さんに罰はないよ。でも、遅れて校門を入ったのが二人だから、ルーレットは二回まわりたくて仕方がないんだ。ねぇ」
 と、テディベアが話しかけると、ルーレット盤の針が素早く動いてまた元の位置へ戻った。「ほら、頷いている」と言われ、ライはどうしようかと思ったが、まぁきっと遅刻くらいで殺されることはないだろうと信じることにした。セラフィナが「それなら私が」と言い出しかけるのを「わかった」という言葉で遮って、テディベアにルーレットの回し方の説明を聞いて、くるりと回した。
「遅刻も二回分数えるからね。後一回でゼンマイ」
「だからなんで!?」
「無理を言うからだよ」
 テディベアは重い声で可愛らしく含み笑いをしたが、悪意のようなものをまったく感じないわけではなかった。ライは少しだけ眉を顰め、表情の変化をセラフィナに覚られないよう注意した。その間にルーレットがからからと音を立てて止まる。
「“とら”だね。じゃあ、もう一回」
 躊躇するうちに、ルーレットは勝手にまた回り始めた。ライが「おろしてよ」と言うと、テディベアは「逃げられないから」と言ってから手を放してくれた。服の襟を直しながら、ため息をつく。セラフィナが不安そうな顔で見ている。
「……大丈夫なんですか?」
「セラフィナさんはお医者さんだったね。倒れられたら治す人がいなくなる」
 もう被害を受けること覚悟で軽く言うと、セラフィナは複雑な表情で口を閉ざした。あまり印象のいい言い方ではなかったな、まあ、いいや。からから、ルーレットが止まる。
「“もも”だね」
 テディベアはそう言って、ルーレットの裏から紙の袋を持ち出してきた。ボタンつきの手をその中につっこむと、がさごそと中を探る。取り出したのは、なるほどルーレットに描いてあるのとそっくりな“とら”と“もも”の色をした傘のキノコだった。それを差し出してくる。
「ほら、食べて」
「ナマで?」
 それこそ死ぬんじゃないか。
 テディベアは「火は凶暴だからね」と言って肩を竦めた。わざとらしい動作に何故か苛だつ。が、自分でも理由がわからない。強いて挙げるとすれば場の流れを完全に握られていることかも知れない。それはここでは初めてではない。何故、こんなに危機感を感じる?
「早く食べないと授業が終わっちゃうよ」
「……授業」
「学校では授業をやるんだ」
 何、当たり前のことを。そんなことは知っている。
 僕だって学校くらい通ったことがある。遅刻すると怒られる、授業は面白いのとそうでないのとがある。家から出ない少女にそう話して聞かせたのは僕だったじゃないか。
「子どもたちはみんな授業を受けるんですか?」
 セラフィナが首を傾げてテディベアに聞いた。
「そうだよ」
「じゃあ、子どもたちはみんな学校にいるんですね」
「欠席してなければ教室にいるよ」
 それを聞くと、セラフィナはちらりと校舎を見た。ライが「先に行ってる?」と聞くと、彼女は躊躇して首を横に振った。だったら早めに済ませてしまうか。できるだけさりげない風を装ってナマのキノコを取り上げると、口に放り込んでぞんざいに噛み、飲み下す。二つめもおなじようにする。喉に引っ掛かって咽せかかったが、また「水が欲しい」と言う気もなかったので、唾で無理やり喉の奥へ押しやった。テディベアが「あーあ」と声を上げたので何かと思って横目にしたら、金色の熊は相変わらず大きさ以外は可愛らしくそこに立っている。
「二つ同時に食べちゃって、何が起こるか知らないよ」
 勝手な言い草もあったもんだ。完全にワザトじゃないか。
「セラフィナさん僕が死んだら立派なお葬式をあげてね」
「ライさん!」
 怒られてしまった。とりあえず今のところは異常なさそうだ。食べたものが人体に吸収されるにはそれなりの時間がかかるので、油断はできないが。まぁ、後で慌てればいい。毒を毒と知っていて飲んでから慌てるのはあまりにも間抜けだ。ライは不安でないとは言えない内心を押し殺し、「じゃあ、行こうか」と平坦な声で言って校舎へ向かった。
 セラフィナが小走りに追ってくる気配。

 振り向こうとした途端、すぐ行く手の木陰に何かが飛び出してきた。ぶつかって、転びそうになりながらも、倒れこんできた何かを受け止める。視線を降ろして、見えたのは金髪の頭だった。背の高くない、少女。彼女は顔を上げた。蒼い目。白磁の肌のすべらかさに心臓が跳ねた。
「どうしたんですか!?」
「え、あ……急に飛び出してきて……」
 見下ろせば、腕の中にいるのは布の人形だった。黄色い毛糸の髪。綿を詰めた布の顔に、ボタンの目がちょこんとついている。人形はくったりとして、動く様子はない。見間違いだろうか、確かに――
「もしもし?」
 呼びかけてみたが、もちろん返事はなかった。他のぬいぐるみや人形と違い、生気がまるきり感じられない。だとすると、誰かが投げてきたのだろうか?
 周囲を見るが、校舎へ続く道に沿って木が並んでいるものの、人が隠れられそうには見えなかった。誰かが逃げたとしたら、よほど気配を殺していないかぎりわかるはずだ。いくら人形に気を取られていたとはいえ。
「どうしよう、これ」
 困惑の表情でセラフィナに振り返る。「ここらへんに置いておくのも悪いよね」と続けながら、ライは上の空だった。
「教室に持っていけば、持ち主がいるかも知れませんね」
「……そうだね、行こう」
 人形は抱えたまま歩みを再開して、なんとなく体の調子が普段と違うような気がしたが、どうせロクでもないことにしかならないんだからと、極力気にしないことにした。



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