| [428] 学園事件(ウピエル&ストゥリ&リタルード)−9(4) 少女と踊り場と鏡の世界 |
- みる - 2006年10月21日 (土) 23時40分
「チ、どこもかしこも同じってか。手抜きしやがって」
苛立ち紛れに目の前の扉を軽く蹴る。相変わらずの硬い足応えを確認して、ウピエルはため息を吐いた。
結局、二階の全ての教室を試したものの結果は同じだった。先ほど空けた廊下の穴は確かに残っているのに、今もう一度同じ事をしようとしても今度は傷一つ付かなかった。つまり、この旧校舎が今のような状態になったのはほんの数分前、という事になる。
廊下の端の教室を調べ終えたウピエルは階段の方へ戻ろうと振り向く。そこには、笑みを浮かべるリタルードの姿があった。
「なんだ、こんな所に居たのか。探したんだぜ?」
しかし、リタルードは笑みを浮かべたまま返事をしない。その態度もさる事ながら、よく分からない『何か』が違和感として引っかかる。金色の長髪も赤茶色の瞳も先ほどまで一緒にいたリタルードと同じものだ。深くは考えずに視点をさらに落とし、そこでようやく何が違うのかに思い至った。
――そうか、服がちげぇのか。
ウピエルが違和感の正体に気付いた瞬間、それを感じ取ったのか『少女』は顔に刻んだ笑みをさらに深くして、身を翻した。
「逃がしゃしネェよっ!」
吸血鬼であるウピエルはその恩恵として常人を遥かに超えた身体能力を持っている。その性能は存分に生かされ、『少女』が背中を見せる頃にはもう肩を捕まえようと手を伸ばしている。……だが、その手が『少女』の肩を掴む事はなかった。
間一髪ウピエルの手を逃れた『少女』が階段の方へと駆けて行く。後を追うウピエル。だが、全力で疾走ったにも関わらずその差は詰まらない。 ウピエルが階段のところに辿り着いた時、『少女』は既に一階と二階の間の踊り場まで降りていた。
「待――!」
『少女』は最後にもう一度クスクスと笑って見せると、そのままフッと姿を消してしまった。
◆☆★◇†☆◆◇★
「おに〜さ〜ん」
テレテレテレという不思議な足音を立てながら走ってくるのは先ほどまで迷子だった新入生の女の子……ストゥリだ。
「お疲れ、なんかあったか?」
屈みこんで目線を合わせる。先ほどはずっと目を閉じていたように思えたが、今は深緑の瞳がよく見える。その視点が時々、ほんの一瞬だけだが遠くを見るように動くのが印象的だった。
「ううん、何もなかったよー」
「そっか、じゃあ下の階をみてみっか」
軽く言って階段を降り始める。階段の踊り場には大きな鏡が掛かっていて、ウピエルは『そういえばこの鏡は旧校舎壊すときには持ち出しておくようにって指示されてたっけな』なんていう事を思い出した。これほど大きい鏡だと置き場所にも困るだろうし、ましてや今までの月日をしっかりと受け止めていい加減ボロくなった鏡をわざわざ持ち出して保管してどうするつもりなのか――奇妙といえば奇妙な話だ。それが現状に結びつくとは限らないが。
「おにーさん……」
「うん?」
考え事をしながら歩くウピエルは、服の裾を引かれて思わずつんのめりかけた。引っ張られた方に視線を送ると、当のストゥリはウピエルの方ではなく正面をただじっと見つめている。
「鏡がどうかし……!?」
階段の踊り場に掛かっている大きな鏡。それが映し出す世界の中では本来なら在るべきものの姿がまるでないものとして扱われている。 ――ここに居て、その鏡を見ている二人の姿が。
その代わりというわけではないのだろうが、鏡の世界の中に変化が現れる。映し出されたのは紺のスカートに白いセーラーの上下を纏った一見女性と見紛う少年。探し人が、そこにいた。
「やれやれ、見つけたのはいいが合流はめんどくさそうだなをぃ」
一瞬鏡を叩き割れば全て丸く収まるんじゃないかという衝動に駆られるが、それでリタルードがこちらの世界に戻ってこれなくなりましたなんてオチがついたらシャレにもならない。首を振って思考をリセットしようとするウピエル。何気なく目に入ってくる光景はとりあえずスルーしようとして……硬直した。
鏡の前に立つ一人の少女が
――ついさっきまで自分の服の裾を掴んでいた
鏡にそっと触れると
――にこにこと楽しそうに笑う
そのまま、水に入るかのような自然さで
――深緑色の瞳をした新入生の女の子
鏡の中へと吸い込まれていった。
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
慌てて鏡に近づく。近くでよく見ると、鏡の表面は穏やかな湖面のように静かにうねっているのが分かった。
「ま、それぞれ分断される事もなさそうだし……後は行ってみてのお楽しみってか」
鏡の中の世界で言葉を交わす二人の様子を見ながら鏡の表面に手を触れる。トプン、という音を立てて指が鏡の中へ潜って行った。
自分でも中に入れる事を確認したウピエルは、そのまま鏡の中の世界へと身を躍らせる。その口に軽薄な笑みを浮かべながら、楽しそうに楽しそうに。 ------------------------------------------------------------
というわけでお久しぶりです。 がんばりました。多分。 続きヨロです。
みる

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