| [371] 「希望の炎」(タスナ&ジュリエッタ&ギゼー)[11] |
- 小林悠輝 - 2005年08月04日 (木) 01時25分
引き剥がす、ということは、つまり。
単純に考えれば力ずくでということになるのだろう。そんな野蛮な手段はまったくもってジュリエッタの得意とするところではないが、幸い、ここには健康そうな成年男子が二人もいる。 ならば問題ない、と楽観的に考えようとしたが、どうにも不安は拭えなかった。
とはいえ他の方法を思いつくかといえば――あの気味の悪い腕が台座の周りからなくなればいいというだけならいくらでもある。問題は、それを実行した場合、台座も原型を留めなくなる可能性があるということ。
ようするに、腕力ではなくて魔力による力づくということなのだが、どちらにしろゴリ押しには違いない。だとしたら穏便な方法を先に選ぶべきだ。 ジュリアはそんなことを考えると、なんの悪びれもなく、ギゼーとタスナの二人に言い放った。
「がんばれ!」
「ええー?」
ギゼーが不満そうな声を上げたのは恐らく反射的な反応だったのだろう。 彼は一瞬だけ、しまった、というような表情をして、「女性にあんなものを触らせるのはよくないよな、うん」と自分に言い聞かせるように頷いた。
やる気になってくれたようで非常にありがたい。 断崖の国がずっと夜のままだろうが別に興味はないが、この状況をなんとかしなければ帰れないというのなら、なんとしてでも解決しなければならないのだ。 そうでなければ、誰かがやる気をなくした時点でぞろぞろと解散だが。
「でも、気色悪いぜ?」
「……確かにあまり触りたくは……」
まったくもって同意見だ。気色悪い云々はともかくとして、明らかに魔法とかそういったものの類であろう腕に直接触るのは危険かも知れない。もちろん、そんな可能性を考え始めたらキリがないわけではあるが――
塔の外壁を這い上がってくる影が、縁で光に掻き消されて空に溶けていく。 周囲で途切れることなく続いている音のない攻防も焦燥感を煽る。どうしたものか。
いつか夜が明けるのであれば朝日が差すまでここで膠着状態を保っていればいい。 しかし、その朝は待っているだけでは訪れないわけで、つまり、なんとか希望の炎を灯す以外の解決法はないということだ。
面倒臭さに絶望しそうになっていると、ギゼーが何かを取り出して、きょろきょろと周囲を見渡しはじめた。それを見たタスナが問う。
「何をしてるんだ?」
「石が落ちてないかなぁと」
「…石?」
「そう、石」
ギゼーは手に持ったものを軽く掲げて見せた。 掌に隠れてしまうような小さな筒で、太さは人差し指ほどか。 材質は鉄のようだが、表面に、ほとんどはがれているが、プリズム模様のシールのようなものが付着している。
安っぽい万華鏡のようだ、というのがジュリエッタの素直な感想だった。 それは? という二人の視線を受けて、彼は簡潔極まりなく説明した。
「遺跡で発見した道具」
「武器ぃ?」
悠長に話している時間があるのかとふと気になって台座を見たが、腕は相変わらず台座に纏わりついているだけで、さっきから動いた様子はなかった。このままシカトしていても大丈夫そうだ。 念のために光をもう一つ浮かべて、その眩しさに自分で目を細める。
「強い光を出す道具だ」
正直に言えば、また光か、と思った。 だが、何か考えがあるのだったら、この際なんでもいいから試してみてもらおう。
「で、石となんの関係が?」
「石を入れると光が出るんだよ」
言って、彼は足元から手ごろな大きさの石を拾い上げた。ひび割れて欠けた塔の一部らしい。 ギゼーはそれを無雑作な手つきで筒に放り込み、それの先端を台座に向けた。入れたはずの石は転げ落ちないどころが、筒の内側に当たる音すら立てなかった。
「それで、このボタンを押すとだな」
ぽちりと軽い音がすると同時に、網膜を灼くような閃光が迸った。 いきなりのことで目を庇う暇もない。小さく声を上げて顔の前に手を翳したが、数秒の間を空けて再び目を開くと、視界は、ちかちかと意味不明な残像に覆われていた。
「ギゼー!」
「このくらいの光をまともにブチ当てれば、消えるんじゃないか?」
「……まさか」
だが、影は光で消えるものだ。光が強ければ強いほど。 細めた目で見遣った台座は相変わらず白い腕に絡みつかれていた。 影は光で消えるものだ。では、あれは――
「影じゃ、ない……?」
呟いたのはタスナだった。 自分以外が声に出してくれたことで、ジュリエッタは遅まきながらもそれを確信した。あの白い手は影ではない。今まで襲ってきたのが影だったから、おなじものだと思い込んでいたらしい。 だが冷静になればすぐに気づく間違いだった。
だって、白い影なんてあるはずないんだから。
――ぴしり。
白い腕の間から、小さな高い音が聞こえた。 それが何を意味するのかを三人が理解するより早く、ぱりんとガラスの割れる音が響き、白い腕が燃え上がった。

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