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短編リレー

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[335] 『畜生道をゆく』(フレア・オプナ・ライ)〔2〕
葉月瞬 - 2005年03月29日 (火) 02時53分

 それは、いつも通りの朝から始まった。
 魔法学部の制服である渋皮色のローブを纏った赤い髪の女子大生はいつも通り、学生寮を出ると真っ直ぐに大学部のキャンパスへと向かった。赤い髪だからとか、それだけの理由ではないけれど、彼女は大学部内もしくはテラロマ学園内において有名であった。それは彼女の性格からくるものであった。
 彼女――オプナ・ハートフォートは事、魔術研究となると食事すらも忘れるほど熱中してしまうのだった。その事から学園内の生徒からは“変人”扱いをされているのだが、本人は一向に気にする素振りを見せないのだった。魔術の研究と称しては、いつもトラブルを撒き散らす。それが彼女、オプナ・ハートフォートだった。

「今日は何を研究しようかな♪」

 足取りも軽やかに、実践魔術研究ゼミの研究室に足を運ぶオプナ。今日の講義は午後からなので午前中は自由時間なのだ。

――見て、オプナよ。
――今日も何だか楽しそうね。

 ヒソヒソヒソ。
 周囲の噂話などまるで耳に入っていないが如く、オプナは目的地に向けて真っ直ぐ歩く。いつもの事なのだ。いつも通り過ぎて、気にする事も無い。

(フフッ。そうだ。今日はアレを試そう)

 アレ――この間図書館で読んだ魔法百科事典に載っていた変身薬。どのような物体もありとあらゆるものに変えてしまえるという魔法の水薬。飲んでも良いし、掛けるだけでも効果が現れるという。今日はそれを作ってみよう。オプナは心が弾んでいくのを覚えた。



 正面玄関を通り抜けると、左右に伸びる通廊にぶつかる。正面には上に上る階段と、階段下の物置がある。テラロマ学園大学舎は大きく分けて三つの建物からなる。正面玄関のある建物が中央棟。左右に繋がるようにして建てられているのが、講堂棟である。
 中央棟には職員室をはじめ、各ゼミの研究室が連なっている。講堂棟にはそれぞれ別名が付いていて、右が一般教養学部、左が魔法学部である。一般教養学部は主に力自慢の人間が集う場所で、魔法学部は頭でっかちの人間が集っている、との風評がある。
 オプナは迷わず中央棟の階段を上っていった。
 目指す研究室は三階にあった。急いでいる時は飛翔の魔法で飛んで行って「学内で魔法を使うな」と怒られたりもするのだが、今日は気分もいいしそれ程急いでいないので歩いて上る。
 実践魔術研究ゼミナールの看板が掛けられた扉のノブに手を掛けて、オプナは一瞬面食らった。
 鍵が掛けられていないのだ。物理的な鍵はもとより、魔法的な鍵も掛けられていない。
 物騒だな、とオプナは思いながら室内に滑り込む。

「教授……?」

 一応声を掛けてみる。掛けてみるが、一言も返事が返ってこない。それもそのはず、室内には誰も居なかった。この部屋の主、教授ですら。

「あら? おかしいわね。いつもは居る筈なんだけど……ま、いっか」

 オプナはあっけらかんとして、荷物を机の上に放り出すと早速調合のための材料集めに奔走した。
 実践魔術ゼミの研究室には、実際なんでも揃っていた。
 ヤモリの粉末も桃色きのこの粉末もドロドロに溶かしたスライムもあった。
 この三つを手順に従って混合していき、しかる後に呪文を三回唱えて魔力を与えるだけである。それだけで変化の水薬は出来るのだ。
 オプナは早速やってみた。



「で〜きた。……後はイメージを浮かべながらこれを飲むだけね」

 目を瞑ると光の洪水が消えうせ、暗くて深い水底にいるように感じられる。そこは静かで、何処までも深かった。後はイメージを、自分の望む姿を思い浮かべるだけだ。何になろうか。
 ふと扉が開く音を耳が捉える。
 誰か来たのかと、思いながらもそのまま瞑想し続けるオプナ。誰が部屋に入って来たのかは解らない。だが、足音がオプナの前まで来て止まったことで、オプナの目の前においてあるビーカーに入った液体に注意を向けているであろう事は推察できた。

「ん? ジュースとは気が利くな、オプナ。ちょうど喉が渇いていたんだ」

 そう言ってその人物――声音から察するに教授――は、赤紫色をして気泡が浮かんでいるいかにも怪しい飲料物を事も無げに飲み干した。嚥下する音が室内に響く。

(ジュース?)

 次の瞬間オプナは目を見開いて、目を疑った。そして幾度か目を瞬いた。
 室内には桃色の煙が充満していた。行く当ても無く渦を巻いている。そしてその渦の中心に、小さい影が一つあった。三角形が上に向かって突き出ている。恐らく耳だろう。その下には毛が長く丸い顔が続き、髭を真横に伸ばしている。その頭部を毛むくじゃらの体が支えていた。四足で鎮座しているそれは――。

「――猫?」

 そう、しかもよりにもよってふわんふわんの容姿が売りの、ペルシャ猫であった。
 むさくるしい教授がよりにもよってペルシャ猫になるなんて。オプナは思わずふき出してしまった。ふき出してしまってから、ふと何かに気付き猫をまじまじと観察する。
 一見すると普通の猫のようである。

「だけど、普通じゃないのよね」

 その猫はオプナが作った薬によって変化した教授なのだ。
 しかも、薬によって変化した、という事は普通じゃない能力を持っているかもしれないのだ。

「……興味深いわね。注意して観察しないと……」

 オプナが猫――教授を観察している間も渦を巻いていた桃色の煙は、次第に晴れていった。
 煙が晴れて初めて解った事だが、その猫の体毛は銀色をしていた。しかも、かなりの剛毛である事がわかった。

(……あれじゃ、撫でても余り手触り良さそうじゃないわね)

 そう思いながらも好奇心が疼き、一歩一歩少しずつ近付いていくオプナ。両手を前に突き出し、前屈みの姿勢で猫を捕獲する構えだ。
 こういった、生物を対象にした観察の第一歩は、先ず捕獲から始まる。オプナはそう信じて疑っていない。何かの本で読んだ気もする。その第一歩を早速実践しようと猫に詰め寄るオプナ。
 しかし、その時!
 不意に数本の銀色に光る針のようなものが、オプナめがけて飛んで来た。オプナは慌てて避ける。銀の針はオプナの頬を掠め後方に飛んでいった。危うく顔面に突き刺さるところだった。

「あっぶなっ!?」

 そしてオプナは見た。
 先程の銀の針を飛ばした生物を。
 飛んで来た方向から見ても、猫がこちらに向かって警戒して身構えてる様を見ても、どこからどう見ても猫が針を飛ばしたとしか思えないのだ。

(…………猫が、針を飛ばす?)

 普通ならば考えられない。
 が、その猫は普通ではないのだ。

(ひょっとしてこいつ……ハリネズミと猫の融合体なの?)

 猫は一声唸ると、硝子を突き破って外へと飛び出して行った。
 向かう先は、高等部の音楽室――。

****************************
……いや、決してギンエイを意識したわけではありません(目を逸らしつつ



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