| [331] 「希望の炎」(タスナ&ジュリエッタ&ギゼー)[9] |
- 葉月瞬 - 2005年03月18日 (金) 01時12分
「ギゼーさーん! ジュリエッタさーん! 扉には気を付けるんだー!」
階段の遥か上の方でタスナの呼び声が響く。天井を突き抜けて聞こえてくるその声を聞くに、恐らくタスナはギゼー達が直ぐ下の階まで来ている事など知らないのだろう。大きな声を張り上げて塔の下の方にまだいるであろう二人に必死で呼びかけている。 その声に気を取られている間にも、影達は足に絡み付いてくる。まるで粘液性の物質の如く、絡みついたそれはねっとりと足を這い上がり体の上へ上へと昇っていく。ギゼー達を体ごと影の海の中に呑み込もうとしているかの如く。どろりとした感触に、ギゼーは思わず声を上げる。
「うわっ!?」 「……光だ」
驚きを隠そうともしないギゼーに対して、ジュリエッタは冷静な声音で呟いた。このような状況下に陥りながらも冷静で居られるのは、寧ろ立派だとギゼーは思った。同時に可愛げが無い人だ、とも。影達に恐れ戦きながら抱き付いてくるジュリエッタを期待していたギゼーであった。 彼女の呟いた言葉に何の事だと訝しんでいたら、突如辺りが眩い光で包まれた。ジュリエッタが魔力で作った光が、光度を増したのだ。周囲が明るくなった事で、影達はその威力を急速に失くしていく。光に当てられた影達は、もがき、苦しみながら消失していく。何も無い中空を掻きながら消えていくその様は、圧巻だ。 呆気に取られ目の前で起こっている光景を、目を細めながら見入っているギゼーに先を促す声が掛けられる。当然の事ながらジュリエッタの声だ。
「ギ……おい、上に行くぞ」
情け容赦ないと、ギゼーは思った。自分は先程の眩い光で目が眩んでいるのだ。歩く事もままならない状態で階段を上れというのか。 ジュリエッタ本人は、既に階段の上に身を置いていた。手摺に身を預け、ギゼーに向かって声を掛けたのだ。勿論、階段を上った先にタスナが居る事は明白だった。早い所タスナと合流して、希望の炎を灯さないと帰るに帰れない。それは解ってはいるのだが……。
「ジュリアちゃん。ちょっと、待ってよ。俺、今目が眩んで……」 「置いてくぞ」
あんたは鬼か。一瞬ギゼーの頭に過ぎった言葉だが、ギゼーは全力で否定した。 ジュリアちゃんに限って、そんな、鬼だなんて。一瞬でもそんな事を考えてしまった自分を疑った。 何故か頭を抱えるギゼーを尻目に、ジュリエッタはそそくさと階段を上っていく。 黒いドレスの裾がはためいて、丸みを帯びた石壁の向こうに消えた。 早く後を追わなければ。焦れば焦るほど、足元が覚束なくなる。ギゼーはやっとの思いで階段の手摺にしがみ付いた。白かった視界が徐々にだが、色を取り戻してくる。やっとの思いで取り戻した視界だが、目の間に広がっていたのはただの暗闇だった。当然だ。光源を有しているジュリエッタは先に上に上がって行ってしまったのだから。ギゼーは先程の光景が蘇ってきて恐怖を覚え、それを振り払うかのように大きく息を吐いた。上を見遣る。階段は石壁の向こうに続いている。石壁は粘液性の何かで出来ているが如く、ねっとりと手に吸い付いてくる。気持ち悪いと思いながらも、石壁に手を付いて一段一段確かめながら階段を上っていくギゼー。 この階段を上った先に何があるかわからない。不意に不安を覚えるギゼー。先に上った二人がもし先程の影達に飲み込まれていたら……。ギゼーは思わず生唾を飲み込んだ。 灰色の巫女が言うには、影達は影を持つものの影に入り込むという。そして影を乗っ取ってしまうのだそうだ。当然その影に繋がっている影の持ち主も……。もし二人が影達に乗っ取られていたらどうしよう。そんな不吉な想像が頭を過ぎる。そして、自分自身も例外ではないのだ。もし、影達に今襲われたら自分では対処できない。それだけははっきりとした事実である。ギゼーは独りでいることに、心細さを感じつつあった。
「だけど、光源がなきゃ影だって生まれないんだよな」
自分の影が生まれなきゃ、影達に乗っ取られる事は無い。その事を確かめるかのように、口に出して言うギゼー。だが、光源がなければ影達を追い払う事も出来ないのだ。その事実に目を背けるかのごとく、思考を停止して足を速めるギゼー。空気がねとつく様に感じるのは気のせいだろうか。 程なくして目の前が明るくなってきた。 光源を持つジュリエッタに追いついたのだ。
「ジュ、ジュリアちゃん。もう少し、ゆっくり歩けない?」
思わず弱音がこぼれるギゼー。急な螺旋階段を半分駆け上ったものだから息も絶え絶えだ。
「……弱いな」
ギゼーには何故かジュリエッタが自分をせせら笑っている様に見えた。後姿だが。
二人は光源を伴って階段をひたすら上へと上った。
「いつまで続くんだ? この階段」 「終わりだ」
ギゼーが疲れ果てて呟くと、ジュリエッタが上を見ながら答えるように言った。 見ると、階段の行き着く先に石壁の天井が四角く切り取られたように口を開けていた。その向こうにはビロードの幕が広がっている。
「出口か!」 「屋上へのな」
どうやらそこは塔の最上階――屋上の様だった。 屋上にはタスナが居るはずだ。先程の声はここから聞こえて来たのだから。
「良かった。二人とも無事だったんだな」
屋上に上りきるとまず最初に出迎えてくれたのは、タスナの安堵の声だった。 ギゼーの危惧もそっちのけで、タスナは影達に操られること無くそこに居た。 ギゼーが奇妙な顔をしてジュリエッタの後ろに立っているのに気付いたタスナが、声を掛けて来る。
「ギゼーさん、どうしたんだ? そんな顔して」
タスナが影達に乗っ取られていない事に疑問を禁じ得ないギゼー。何故、どうしてタスナは影達に襲われなかったのだろう。それが表情に表れてしまったのだろう、タスナが不思議そうに覗き込んでくる。 ジュリエッタはそんなギゼーやタスナの様子にお構い無しに、一所を指差して言った。
「見ろ。台座だ」
恐らくはその台座に灰色の巫女から渡された硝子玉を乗せるのだろう。それは、灯台のミニチュアのような形をしていた。緑青のふいた銅の細い棒の上に側面に穴が開いた四角い箱が付いている。それはまるで飾り灯篭の様でもあり、洒落たワイングラスの様でもあった。上に蓋は付いておらず、上に向かって開いている。硝子玉を入れるには丁度良い大きさである。
「あそこに、これを入れるのか……」
ギゼーは今まで大事に仕舞っておいた硝子玉を取り出して呟いた。

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