| [327] 「あなたを救う旅」〜心のかけら探し〜 6 |
- 葉月瞬 - 2005年03月04日 (金) 23時01分
――お前には、魔法の素質がある。
昔、母さまからそう言われた事があります。 コレも、その魔法の素質の成せる業なのでしょうか。 私は今、不思議な場面に遭遇してます。 町の中にあんなに沢山居た猫さん達が、二本足で立って歩いているのです。人間と同じように。しかも、今私の目の前に居る猫さん――ボスと言う名前の黒猫さんは私にマタタビ酒と言う物を勧めています。お酒は、私には飲めないので当然首を横に振って拒否の意思表示をしました。すると、ボスさんは残念そうに杯を引き下げます。 この酒場ではまるで杯を差し出されたら受けるのが礼儀みたいな雰囲気で、それを拒絶した私は後ろからちくちくと刺すような視線を受けてとても居心地が悪いです。 そんな刺す様な視線を背中に受けながら、私はふとあるものに視線が留まりました。 それは、光るマタタビ酒でした。 樽の中になみなみと湛えられたマタタビ酒の中に、何か光るものがあるようなのです。 私はそっと覗いて見ました。 その中には光り輝く丸い玉が入っていました。 私は一瞬で、それがマロウの心のかけらだと判りました。何故だかは解りません。 私はそっと、その光る玉をマタタビ酒の樽の中から取り出しました。お酒の匂いがして、ややもすると酔ってしまいそうでしたが、何とか我慢して胸の中に抱きしめます。そして、そっと温もりを感じていると、不意に記憶の断片がイメージとして私の中に降り注いできました。
◇◆◇◆◇
12、3歳くらいの少女が同じ年くらいの少年と川の畔を二人並んで歩いているのが見えます。そう、二人が出会ったあの思い出の川です。 二人は何を話すでもなく、頬を紅潮させて俯き加減に歩いています。川下に向かって。 あれは、昔の私とマロウです。まだ恋人同士じゃなかった頃の。初々しいというか、懐かしい感じです。 二人、どちらからとも無く手を繋いで歩いています。 黙ったままで。 いい加減口を開いたらいいのに、一向に話そうとしません。そればかりか、何だか恥ずかしそうにもじもじしているようです。傍から見ていて歯痒い事この上ないです。 そう、私はあの時話そうと思っていた事を上手くマロウに伝える事が出来ませんでした。 それはマロウも同じようで。 二人とも黙々と歩いていました。 あの時私は、心の鼓動が永遠に続くかと思われるほど止まらなくて、繋いでいる手からマロウに伝わってしまうのではないかと心配になってまたドキドキが強まっていくのを覚えていました。 同時にどうしてこんなにドキドキするのかも考えていました。 たった一言。 「好きです」って、言うだけなのに。 出会った時から「好きです」って。
何時間そうして歩いていたでしょう。 徐にマロウが立ち止まると、12歳の頃の私の方へ向き直って握っていた手をそのまま自分の唇に近付けていって、そして――。 手の甲に口付けをしました。 それは、ごくごく軽い口付けでした。騎士達がレディにやるような、そんな礼儀みたいなものもあったのかもしれません。 その行為で躊躇いが弾けたように、マロウは真っ直ぐな視線を私に向けてきました。そして、静かに口を開いてこう綴りました。
「僕、前から君の事が好きだったみたいだ」
余りの突然の事に、私はどう答えたらいいのか解りませんでした。暫く呆けていたかもしれません。 これは、“告白”という奴なのでしょうか。 ちょうど私も同じ事を言おうとしていたし、マロウと同じ気持ちだったので、私は静かに一つだけ頷きました。肯定の意味をこめて。 私は嬉しさが込み上げてきて、思わずマロウに抱き付いていました。
◇◆◇◆◇
そこで、マロウの記憶は途切れていました。 光の玉は、いつの間にか消えていました。 心のかけらを手に入れたのは、今までと同じいつも通りでした。でも、何だか様子がおかしいです。頭の中がぐにゃぐにゃして、世界が私の周りを回っているようなのです。顔も何だか火照ってきちゃって、まるで告白された時のようでした。マタタビ酒を鏡代わりに覗いて見たら、頬に朱が差しています。そう、私は顔を真っ赤にしていたのです。多分告白された時も、顔が真っ赤になっていたのでしょう。私は、もう如何したらいいのか訳が解らなくなっていました。実際、頭で考えようとしても考えられないのです。 樽の前で頭を振り振り、フラフラしている私を見て、見かねたのかボスさんが私に言いました。
「おいおい、いくら剛毅だっつっても樽ごとは無理だろう。……お前さん、様子がおかしいが大丈夫か?」
嗚呼、なんて優しいボスさんなのでしょう。 私は、ボスさんの声を遠くに聞きながら意識を手放したのでした。
◇◆◇◆◇
気が付くと、朝でした。 私は酒場のカウンター席でうつ伏せになって、眠っていました。いつの間に眠ったのでしょう。隣に居るはずのボスさんは居らず、あれだけ立って歩き回っていた猫さん達も、綺麗さっぱり居なくなっていました。ただ一匹、三毛猫が私の足元に擦り寄るように蹲[うずくま]っているだけでした。
「私……どうしちゃったんだろう……」 「手に入れたようだね。三つ目のマロウの心のかけら」
私の呟きを掻き消すように掛けられた後ろからの声に、思わずびくりと体を震わせます。突然の声に不意をつかれた格好になってしまいました。 私はそっと、声のした方を振り向きました。 見なくても、その人物が誰なのか判ります。私がもっとも身近に感じてきた人物。いつも私の事を温かい眼差しで見守っていてくれていた、人。 やはり、声を掛けてきたのは、母さまでした。
「母さま……? どうして、マロウの心のかけらを見つけたって、判ったの?」
母さまはそれには答えず、静かに微笑むと私を労うように頭を二、三度撫でるとゆっくり言い聞かせるように語りだしました。
「前にも言ったね。お前には魔法の素質があると。その、素質が今回の事を引き起こしたのさ。――この街には、猫の結界というものが存在するようだね。お前は昨晩その、猫の結界の中に入り込んでしまったのさ。お前の魔法の素質がそうさせたのか、はたまたマロウの心のかけらが呼び込んだのか、それはワシにも解らないさ。けれど、これは偶然なんかじゃない、必然なのだとワシは思うね。お前の、マロウを想う気持ちが、心のかけらを呼び込んだのさ」
最後の言葉は、私に向けられた優しい眼差しの中に溶け込みました。 私がマロウを想う気持ち。確かなその気持ちが、マロウの心のかけらを呼び込む? 私は、不思議な面持ちでした。 確かに、母さまの言う通りかも知れません。だからこそ、私はマロウに対する自分の気持ちをもっとしっかりと強める事が出来たのでした。
マロウが好き。 マロウを愛してる。 この気持ちは、何物にも変えられないのだから。
まだ明けきらない空の下、私たちは出立する事にしました。 母さまは言います。
「ここから東に行ったところに、移動するオアシスがある。そこに行くよ」
そう行って進路を陽の昇る方角、東へと向けます。 私たちは、朱に染まりつつある空に向かって再び旅立ちました。 頭上では、使い魔の鳥さんたちが東の空へと向けて飛び立っていきます。 移動するオアシス。はたして、どんな所なのでしょう。私はまだ見ぬその場所を思い起こし胸が高鳴るのを覚えました。
◇◆◇◆◇
道中、私が見たイメージを伝えたところ、母さまが教えてくれました。猫の結界の中で手に入れたマロウの心のかけらの名前を。 それは、“勇気”です。 告白する事のできる、“勇気”。

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