【広告】Amazonから今年最後クリスマスタイムセール12月25日まで開催中

短編リレー

ホームページへ戻る

名前
メールアドレス
タイトル
本文
URL
削除キー 項目の保存


こちらの関連記事へ返信する場合は上のフォームに書いてください。

[326] 「希望の炎」(タスナ&ジュリエッタ&ギゼー)[7]
とばり - 2005年03月02日 (水) 18時55分

 やっとのことで辿り着いたのは、奇妙と称する他に形容句が思い浮かばないような、そんな塔だった。
 基本的なフォルムは円柱であるが、どこかいびつでもあるように見える。無機質な建造物のはずなのに、どことなく有機質を前にしているような感覚を呼び起こさせるのは気のせいだろうか。
 こうして間近に立ってみれば、その異質さがよくわかる。どこか歪んだ空気を纏っている。タスナは暗い空へ吸い込まれていくような、《機織女の塔》のてっぺんを探すように見上げた。当然ながら下からではわからない―――ひどく高い。
 あの灰色の巫女は、この国がいまは常夜になっていると言う。だが、実際の感覚として夜が明けないというのは、普段日の光を浴びて生活している身にはひどく現実味のないことに思えた。

「これって石かな。それにしちゃあなんか、変だけど」

 呟く声に目を向ければ、ギゼーが珍しげにぺたぺたと塔の表面に触れていた。興味を引かれて、タスナも近づいて触ってみる。
 そっけない灰色のその手触りは、確かに石に似ていた。しかしざらつきはあるものの、あの独特の冷たさがなく、代わりに妙に皮膚に吸いつくような違和感がある。
 その時ふと、置いたてのひらの影が、波紋のように震えたように見えた。ざわりと肌が粟立ち、思わず眉根を寄せる。

「何だ、これ……生きてる?」

「え? ああ。ちょっと、そんな感じかも」

 無意識のうちにこぼれてしまった感想に、ギゼーが驚いたように声を上げた後、嫌そうに顔をしかめた。彼は肩をすくめ、少し離れた場所で先ほどのタスナと同じように塔を見上げているジュリエッタを振り返る。

「まあ何にせよ、コイツの中に入らなきゃな。行こう、ジュリアちゃん」

 呼びかけに、仰のいていたジュリエッタの首がギゼーに向けられる。わずかな間を挟み、そこで何らかの決定が下されたのか、小さく嘆息する気配を見せてから、無駄のない足取りで彼女は歩いてきた。
 入口は探すまでもなく、そこにあった。木製のように見える―――断言できないのは、塔そのものの材質さえ疑わしいからだ―――簡素な両開きの扉が設えてある。閂のようなものもなく、小さな把手がつけられているだけなので、おそらくはそのまま開くのだろう。

「……最上階まで、か」

「登るの骨折れそうだな。辿り着いたところでこんなもの、何をどうするのやら」

 ひとりごちるようなジュリエッタの言葉に呼応するように、ギゼーは荷物から件のガラス玉を取り出して、しげしげと眺めた。タスナを含め3人の視線が、ガラスの中で揺れるともしびを見つめる。どんな仕掛けになっているのか、外側からではさっぱりわからない。

「希望の炎ねえ……」

 ―――ろくに納得のいく説明もないまま、ここまで来てしまった。
 しかし、一方的に連れてこられたこの場所から、あてもなく抜け出すことは難しいだろうと、全員がわかっていた。
 それならば唯一、灰色の巫女の指し示した目的―――《機織女の塔》を目指し、受け取った厄介なものを片づけてしまったほうが早いかもしれないと結論づけるのに、そう時間はかからなかった。
 いいように事を運ばれている気は、もちろんしている。だがタスナとしては、この件に関して多少なりともジュリエッタとギゼーに申し訳なく思っていた。灰色の巫女と自称する少女を店へ入れたのは自分であり、2人を引き止めてしまったのも自分だ。
 彼女と彼が事態をどう受け止めているのかはわからないが、ここまで来たということはそれなりに関わるつもりがあるのだろう。もしくは単になりゆき、ということもあるが。
 やっぱり、2人にはここで待っていてもらって、自分だけがこの中へ入るべきだろうか。あの少女は、誰か1人でも最上階へ辿り着けばいいと言っていた。

「あのさ」

 すぐ傍にある扉に手をかけながら、タスナは顔だけ振り返った。隣でガラス玉を玩んでいたギゼー、わずかに首を傾けてこちらを見たジュリエッタに、1人で行く旨を伝えようと口を開こうとする。

 その瞬間、右手にあった扉の感触が唐突に消失した。

「――――――ッ!?」

 どぷり、と。
 まるで獲物を呑み込まんとする、獣のあぎとのように。一瞬姿勢を崩した体を、漏れ出でた闇が爆発するような早さで膨張して包み込み、意識も何もかもを引きずり込んだ。

 2度目の暗転。ギゼーか、ジュリエッタか、誰かしらの声が聞こえたようにも思えたのだが。
 それを理解する間もなく、タスナの知覚していた世界は、黒に覆われて沈んでいった。





-- -- -- -- -- -- -- --





「いっ……て……」

 呻く。それが、自分の声だと自覚するのにしばらく時間がかかった。
 硬い場所に打ちつけたように痛む全身と、急激な覚醒に悲鳴を上げているこめかみが煩わしい。細く息を吐き出しながら目を開けば、暗く静かな室内が視界に飛び込んでくる。
 タスナは慎重に体を起こし、服の埃を軽く払いながら立ち上がった。明かりのない空間。何も置かれていない広々とした床。端の方には、飾り気のない角張った階段が、壁に添うように伸びていた。下の方にも続いているところを見ると、1階ではないのか。

「……塔の、中、か?」

 口にしながら、確信する。《機織女の塔》の外側から感じていた異質さ、奇妙さがいよいよ肌に纏いついていた。
 どうやら、無理矢理に引っ張り込まれたらしい。何によってかは知らないが。
 首を巡らせても、ジュリエッタとギゼーの姿は見当たらない。図らずしも1人、ということだろうか。めまぐるしく変化した光景にまだくらくらしている頭を抱え、タスナは小さく急き込んだ。埃っぽい。

「でもしまったな……あのガラス玉、ギゼーさんが持ってるんだ」

 会話の中で漏れ聞いた名前を口にのぼらせ、まいったな、と呟く。そういえば、2人に自己紹介もしていなかった。それどころではなかったと言えばそれまでだが。
 周囲を見渡していると、やや上方に小さな窓があいているのに気づいた。そこからわずかではあるが月の光が差し込んでいる。暗闇でも支障のない目を持ってはいるが、やはり明かりがあるのに越したことはない。
 とにかく、希望の炎だと手渡されていた、あの炎を閉じこめたガラス玉がなければ、最上階へ向かったところで何の意味もないような気がする。
 どうにかしてギゼーたちと合流しなければならないだろう―――しかし、どうやって?

「…………」

 少し考えてから、タスナは上に続く長い階段を半ばほどまで登った。床からはかなりの高さで、左側の壁沿いの向こうには、小さな窓がある。
 せめて、外とつながりが持てれば。
 深く腰を落とすと、膝に重心を込めて伸び上がり、階段を蹴りつけた。大の大人が十人程度、両手を広げたくらいの距離はある小窓へ、左手で引っかけるように飛びつく。
 前方に大きく揺れた体を、右手も加えることで押さえ込んだ。窓といっても、ただ四角く穴が開いているだけのものだ。そこへ肩をねじ込むようにして押し入れ、身を乗り出した。

 そして、絶句する。

 多い茂る木々が、はるか下方でざわめいていた。
 風が鋭くうなりを上げ、タスナの銀髪を強くかき撫でていく。ごくりと、喉が鳴る。おそるおそる上を見上げてみると、月が―――空が、近い。
 そして何より、てっぺんが見えていた。
 まさか。そんな思いが、叫びとして喉をつきそうになる。乾いた唇を舐め、タスナはかすれた声で小さく呟いた。

「まさか…………この上、最上階?」

 答えてくれる者は、いなかった。



Number
Pass

ThinkPadを買おう!
レンタカーの回送ドライバー
【広告】Amazonから今年最後クリスマスタイムセール12月25日まで開催中
無料で掲示板を作ろう   情報の外部送信について
このページを通報する 管理人へ連絡
SYSTEM BY せっかく掲示板