| [323] 『消えていく子供達(ミッシング・チャイルド)』 (マックス&エルガ)−8 |
- フンヅワーラー - 2005年02月19日 (土) 18時16分
「………条件が整ってしまってる以上、ということは、なにかしらの条件を崩せばいい……んですかね?」
単純すぎたか。とマックスは思った。だが、エルガはこくりと首を落とした。
「そうですね。でも、その条件を成り立たせているモノを探るのが」
彼女は顔を上に向ける。霧によって滲んだ月の光を見ている。 細くて白い首がマックスに向けられて晒されている。 頚動脈が見える。そこを……。
「まぁ、地道に探らなければならないんでしょうね」
彼女はこちらを向かないまま話しかけた。
「そうですね」
マックスは先ほどの態度となんら変わりなく応対する。 確実な条件は、一つだけ分かっている。彼女の存在だ。 つまり、彼女を消してしまえば。 マックスは、その考えを振り払った。 その理由は、彼女の存在を消すことの罪悪感にではない。あまりに、早急すぎる結論だったからだ。
あぁ、まだ染み付いているのか。
マックスはエルガが見つめている月を同様に見上げた。 人を殺すと意識する時、マックスは実に冷静になる。 それは、殺意ですらなかった。どの部分を攻めれば効率的か、致命的かをパズルのように組み立てて考え、その命の存在の……一般的に表現するところの「暖かみ」などを意識できなくなる。 それは幼い頃、唯一褒められていた部分だった。他の教えられた事柄は、どれも平均点しか取れなかったので、なおさら、誇りに思っていた。 そのことを思い出すと、いつもマックスは悲しくなる。 それを誇りに思っていた幼い自分に対してではない。それが世間的には、「恐ろしいこと」であったと知って20年も経っているのに、未だにそのことにゾッとすることもできないでいることにだ。
「子供が、消えてしまっているんですよね」
今更ながらのことを口に出す。
「えぇ、そうですね」
エルガは素直に肯定した。
「解決すれば……戻ってくるんですかね?」
やや、間があって、彼女は答えた。
「……私には、わかりません」
「そうですか」
ふぅ、と自分の吐いた息が白いのをマックスは確認した。 まだ、体温は存在しているようだ。 こんなにも冷え切ってしまっているのに、ぬくもりはまだ残っているというのか。 再び、息を吐いて、白いのを確認してマックスは決意した。
明朝までに、「彼女の存在」以外の条件が見つからなければ、エルガを殺してしまおう。
「急ぎましょう。子供達がこれ以上更に消えないうちに」
算段を同時に考えながら言う。 眠っている時がいいだろうか。この島の気候で、感覚を失わせる薬草が生えている可能性が高い種類はどれか。苦しませない方法はどれが最適か。そして自分が返り討ちにあった時は、村長にこの状況を伝える段取りを整えておく方法までもを考える。 だからといって先ほどの言葉は嘘ではない。 彼女を殺したくないという気持ちも、彼女を殺さなければいけないという決心も、全て本心だ。この気持ちは、同時に存在し、マックスの中ではなんら矛盾は無かった。
「起きている事を、とりあえず挙げていきましょう。そして焦点を狭めれば……少しは関連性のあるものに近づけるかもしれませんからね」
そうですね、とエルガは肯定した。そしておもむろにポケットから何かを取り出す。 何かの魔法機具だろうかと思ったが、取り出したのは丸いものを紙で包んだものだった。先ほど、部屋の中でも同様のものを口にしていたので、何か特別な薬品ということでもないだろう。 きっと、それは見たまんまの飴だと、マックスは判断して、言葉を続けた。
「まず、子供が陽炎のように、目の前で消えていくこと。そして晴れない霧。 そして、私には見えない、少年の存在」
「正確には、私も、この眼鏡を通してでしか見えないんですけどね」
飴を口の中にいれ、頬に飴の丸い形が浮き上がっている。
「……魔法の眼鏡なんですか?」
マックスは思わず、その眼鏡をかけそうになったことを思い出す。 「いえ、そんなことは全然。 レンズには度も入っていなくて、正確にはレンズではなく、単なるガラスなんです」
かけてみます? とエルガは眼鏡を外して差し出した。 少しだけ躊躇したが、眼鏡をかけることによってその少年が自分にも見えるかもしれないと思ったので、マックスは眼鏡を手にした。寒さで手がかじかんでいる。 恐る恐る、不器用な仕草で眼鏡を装着し、あたりを見回すが、視界に変化は無かった。なるほど、単なるガラス板だと確認できたくらいだ。
「やはり私にはなにも見えませんでしたね」
眼鏡をはずし、エルガに返しながら一応報告する。 それを受け取り、エルガは眼鏡を装着しながら口を開いた。
「あと、一つ言い忘れてましたけど……言ってませんでしたよね?」
マックスは、とりあえず、はぁ、と頷いた。この場合、内容を聞き出さなければ言ったか言っていないかの判断はつけれない質問なのだから、とりあえず聞き出すしかない。
「その少年と、あなたが……」
こう、と言いながらエルガは指先で何かをなぞるように描く。
「繋がっているんですよ」
この言葉には、流石のマックスも少なからず驚いた。 この事象に、自分も少なからず関連しているということに。
「あと、この際、もう一つ報告するとですね」
エルガが眼鏡をずらして、こちらを見つめる。
「先ほどより……あなたが眼鏡をかける前より、さらにハッキリと見えるようになりました。 それと、あと、確認するんですけども、私が寝ているとき、眼鏡をとりました?」
つまりは、寝る前までは、少年のことなど見えなかったことを、示している。 自分も仲間入りだ、と思いながらマックスはエルガの質問に首肯した。 エルガはずらした眼鏡を指先で押上げた。
「まとめは、これぐらいのことですかね」
そうですね、とマックスは肯定する。 それは、自分が関わっているということを自ら認めているということだ。だからと言って、先ほどの決意は揺らいだかといえば、そんなことは全く無かった。 人の命の重さなど量ることなどできない、などと旅先で会った思想家が言っていたが、マックスは、それでも量らなければいけないことはあると思った。今がそうだ。 会ったばかりの彼女の命よりも、見知らぬ村の子供達の複数の命を。子供達の命よりも、自分の命を。 妥当な並びだと、マックスは思っている。 何事も、基盤の順序を決めておくのは必要だ。そこから他の手段の順序の組み立てが出来てゆく。……そう教えられたのも、子供の頃だ、とマックスは思い出す。 なんとなく、空を仰いだ。 そこで、マックスはあることを思い出した。
「あ……。あと……些細なことなんですけどもね。……関係あるか分かりませんけども」
エルガは、瞳でのみ、先を促した。言葉を使わないとそれができない自分とは大違いだとマックスは思った。
「鳥。おかしくないですか? 昼間飛んでいる鳥から、同じような鳴き声を聞いたなんですよ。……いや、そんなに動物には詳しくないんで違う種類の鳥かもしれませんけども。 さっきも、上空から……飛んでいるんだと思うんですけど、そこから聞こえてきているし。昼も夜も飛ぶ鳥なんて、聞いたこと無いんですけど。 どう思います?」
エルガは空を見上げる。
「そう、ですね。そういえば昨日の夜も……」
つられて、マックスも見上げる。 そこに、タイミングよく朧月を黒い影が横切って、鳴いた。
「あ」
エルガは、それを見て、ポケットを探る。そして、ポケットからでた拳を、どうぞ、と言ってマックスに突き出した。 マックスは彼女の拳の下に手のひらを置く。手のひらに、ぽとりと紙包みの飴を落とされた。
「糖分を取れば、少しは体温を作れるかもしれませんよ」
全く、どういうタイミングだ。 そう思いながら、マックスはありがたく飴を口にした。味はハッカか何かのハーブで、甘いものの、口の中がスースーとした。寒い時に舐める種類のものではないな、とマックスは思った。 口の中に冷たい刺激を転がしながら、マックスは少しだけ、先ほどの決意を変えた。 それは、自分の中のリミットを、「明朝」から、「明日中」に変えたという、些細なことだったが。 しかし、それは本当に限界だった。いや、遅いくらいである。 今日までに6人。明日となると、それから5、6人以上居なくなるだろう。そうなると、こんな小さな村でなくとも、恐怖と混乱が加速するだろう。 自分は、魔法使いである彼女の巻き添えをくらい、村人の「生贄」になる可能性が高い。……特に、今、行動を一緒にしているのだから仲間とも思われても仕方ない。どうせ、村から見ると、余所者は皆一緒で、つまりは仲間となってしまうのだ。 まぁ、知ってか知らずか、両者ともこの現象に関連しているわけだから、その判断は正しいのだが。 マックスは数日滞在して欲しいと願われている身ではあるが、まさか村長もこれ以上の子供が消えるとは思っていなかっただろう。あの賢明な彼ですら、きっとそれは止められない。むしろ煽るだろうか? 寒い時に貰ったハッカ飴一つで、そこまでの危険性を犯す価値があるのだろうかと、マックス自身思ったが、既に思ってしまったことはしょうがないと、これ以上考えることをやめた。 つまりそれは、貰ったハッカ飴には、それだけの価値があるということなのだろう。
「とりあえず、あそこに行ってみますか?」
マックスは林を指差してエルガに提案した。
「少年が、ここで待っていたということもあるし。 鳥の声が近いのも、この付近だし」
自分で言っていて、なんて心許ない理由なんだろうと、マックスは思った。 そして、本音を付け足すのだった。
「あと……止まっていた方が、寒いんで、どこかしら移動したいんですけどね」

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