| [322] 『聖マルタンの夏祭り』(時計塔の秒針編)〜4 |
- Caku - 2005年02月19日 (土) 15時31分
こんな子供に構わなきゃよかった、と一人が言えば、 この子を守らなきゃいけない、ともう一人の自分が言う。
ごんっ
「〜……馬鹿かお前っ!」
思わず柱に角をぶつけた。痛い、というかじんじんする。 考え事をして歩いていたので、今の一撃は不意打ちだった。 もちろん、手を繋いでいた男の子も僕の尻尾にぶつかって二人して顔を抑えてる。 この子にぶつかるのは、今日で2回目だな となんとなく凹んだ。
「考えなしに歩くなって言えば考えてもぶつかるんだな、お前ら」
さっきから喋ってるのは、目の前の彼。 青と赤の片違いの瞳の子、迷子じゃないって言ってたけど、多分迷子だ。うん。 理由?うーん、理由。理由。だってここ町のはずれだし。言い出せなくて照れてるん だろう。うん、決定。
「それよか、ほら。まだまだ先は長いぜ」
視線の先をたどると、ぐるぐる。 ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐるの螺旋階段。ぐるぐる、ぐるぐる、どこまでも。 見てるだけで、なんだか船酔いしそう。船酔いしたことないけど。
黙々と三人で上ってく。 何だか塔の中は薄暗くって、しかも冷たい。寒い、ではない。 この空気が、この階段が、通り過ぎた窓が、揺れる松明でさえも、冷たいと感じる。 喉元を通って肺に滑り落ちる空気はまるで氷だ。深海よりなお暗く冷えた世界。 靴裏から冷えた針を突き刺されるような感覚が、錯覚なのに感じる。これぞ第六感かなぁ?
と、下で爆発みたいな、ハンマーで殴ったみたいな音が伝わってきた。 思わず足を止めるが、前の彼は
「ほっとこう、今は先に進んだほうがいい。なんか前のほうがやばい雰囲気だ」
頼もしいなぁ、と素直に思う。 だから、つい気が緩んで次に思ったことをすっぽーんと言ってしまった。
「綺麗だね」
「あ?」
「瞳、片目違いのオッド・アイって綺麗なんだなって」
あ、やばい。 ご法度に触れたのか、目の前の彼は沈黙した。気になることだったのだろうか。
「だって、初めて見たよ。オッド・アイ(片目違い)なんて早々ないし。綺麗だし」
「…あのなぁ、俺はなんかやばい雰囲気だって前に発言してるんだぞ?」
「うん」
それがどうしたのだろうか?思わず首をひねると、さらに目の前の彼は重い溜息をついた。 あ、絶対馬鹿だって思ってる。ひどい。
「その分じゃあ、そいつの本当の姿なんて見えてないのか」
「そいつって……」
第三者の言い方は、つまりこの手を引いている男の子のこと。 ……僕にだってわかるよ。 この子、さっきから光ってるし。なんかものすごい魔力っぽい雰囲気出てるし。おまけに 歩いた足跡の軌跡が光の波紋を生み出している。 この子の光のおかげで、僕達は影みたいな変な奴らから幾度も守られてる。 闇が濃くなればなるほどに、彼の光は自分を取り戻すように。
「君はわかってるっていうの?」
やや拗ねて答えた。 するとあいつはしれっとしてすらりと答えた。
「さあ」
彼の2つの色はとても強いので、暗闇でもよく目立った。
「何だよ、そんなに片目違いが珍しいか?」
「うん」
「…………」
よくよく考えてみれば、彼は嫌味で言ったのかもしれなかったが。 僕はその時、あまり深く考えずに頷いたので、彼は微妙な表情になった。陸の公共用語に 直すと「歯痒い」とかかな?とりあえず、かなり微妙な顔。
「だって、すごいいいなと思う」
「不揃いな物好**るんだな」
「だって、2つも眼があるのにどっちも同じ色よりも、2つあって2つも色があるほうが、 なんとなくだけど、すごくお得な気がしない?」
「…お前、変わってるな」
「君もそう思うよねぇ?」
さっきから沈黙一点張りの子供に視線を移す。 だが、子供はきょとんとしたままで、どうやら話を聞いていなかったのか。かなりぼうっと こちらを見上げている。
「あー……」
なんか、噛みあってなくて寂しい。 ワザとらしく咳き込んで、仕切り直しを計ろうとした。
かつん、かつん、かつん、かつん。
歩く音が跳ね上がって高い天上に反響した。 静まり返る時計塔の内部は、物凄く冷たくて、そして寒い。 もう、建築されて何百を数えた塔は、その腹に時間を飲み込んで腐らせてしまったのか。いやに 空間に満たされる空気がよどみ、吸い込むと苦い味がしそうなほどの気配がある。
かつん、かつん、かつん、かつん。
「ねえ、本当に大切なものがあるの?大切なものって、何?」
「…目的も知らないで、ついてきてたのかよ」
「う、それじゃあ君だってそうじゃないか」
かつん、かつん、かつん、かつん、かつん。
「……子が、母の元に、戻れない。私の、せいで」
「戻れない?お母さんのところに?」
「…もう、幾つの夜と祭りが繰り返されても、戻れなかった」
「……待て、そいつは自分の事を言ってるんじゃない。そいつの」
かつん、かつん、かつん、かつん、ぴよ?
「「ぴよ?」」
暗い、暗い通路の端。 よくよく見ると、場違いな桃色のひよこ(謎)がいる。
「…?」
「なんだアレ?……」
それは、ひょこひょこと歩きながら、すっと消えてしまった。 慌てて、その場所まで行ってみると。 そこは行き止まり、タダの壁でひよこらしき生き物はどこにもいない。
「どこに行っちゃったのかなぁ、さっきの」
壁とか、装飾やら触ってみるが、特に仕掛けらしきものもない。 片目違いの彼も、眉根を寄せて壁をにらんでいる。
「…待て、なんか来るぞ」
と、下方から急激に高い魔力を感じた。 片目違いの彼はすぐに戦闘態勢に入り、僕は慌てて子供を抱き抱えて。
「って待ちなさぁぁぁぁいっ!!」
螺旋階段通路の窓ガラスをぶち破って出てきたのは。 とっても元気いっぱいっぽい、女の人だった。
「……ってあれ?」
「……えーと…」
「……何なんだ…」
身軽な服装だけど、女性特有の手入れの綺麗さが見える。 旅人か、あるいは傭兵か。 少なくとも、下の階で襲ってきた影みたいなくろくろいな奴らとは違うみたいだ。
「…君達、ここらへんで鳥をみかけなかった。ぴよって鳴く奴」
一瞬硬直したも、さばさばした性格なのか。 瞬時に回復して、あっさりした口調で話しかけてくる。
「さあ、さっき此処で見たけど、すぐいなくなった」
「そう、ありがと。でも君達、子供が遊び歩いていい場所じゃないわよココ」
片目違いの彼の戦闘態勢も、さっぱり無視している。 肝が据わってるなあ、と感心感心。
「…困ったなぁ、どこいったんだろ…」
「お姉さんも、探し物?」
「ええ、まあ一応ね。あれ、君達もなんか落としたの?」
「達、じゃねーよ。ないないって言ってるのはそこの子供だけだ」
一同の目が、光の子供に向けられる。
『影』が侵入者の様子を伝えてきた。 この何百という時を封印し摩滅してきた砦に、とうとう古の魔道師が攻め込んできたようだ。 だが、すでに力も声も掠れてただの子供の姿に成り下がっている。 好都合だ。
『影』はゆらゆらとその姿を震わせた。 魔法が効かない、というのは正しいが適切ではない。『影』は魔法だからこそ、魔法を喰う。 捕食の魔法だ。正確に言えば『魔法に食欲を与えた擬似召還獣』というところだ。 同じ媒体を取り込まなければ、生きていけない。だから、彼らは魔力を、魔法を喰う。
『影』にさざなみのような波紋が浮かぶ。 魔法、であるが故に、世界の原則なる法律には逆らえない。『影』という領域で構成される 以上、『火』という光を生み出す法則には敵わない。だから、彼らは火を厭う。
『影』の中に、ひときわ大きな影が浮かぶ。
侵入者は2組。 一つは宿敵。決してあの子供を空へ還すわけにはいかない。 一つは怨敵。彼が秒針を明け渡してはいけない相手。 宿敵は機関部の部屋についたが、あの部屋はここには繋がっていない。 あの部屋は摩天楼、楼閣へ続く部屋だ。……そろそろ。怨敵のほうが機関部につく。 彼は怨敵のほうを優先した。
かつて、空の娘を愛した魔術師。 空の神の悪意は影となって、時計塔を封鎖した。
神は廃れ、いずこかへ消え去っても。 悪意はなおも、時計塔にまとわり着いた。
そのために、『影』はなおもある。地上に、時計塔に。 目的が、存在理由はただ一つ。
星を還すな。娘の下に。 子供を剥せ。母の胸から。 妨害せよ。阻止せよ。祭りに紛れた、父親の心。体は姿をなくして、求める子供の形に。 封鎖せよ。障壁せよ。祭りに彷徨う、子供の孤独。母を求めて、なきじゃくる。
星を還すな、母の元に。 人を空へ向かわせるな。愛しい者のもとに。
それは、古い神々の嫉妬の残り香。
「ここ?ココに、大切なものがあるの?」
僕は聞き返した。子供は、祈りの姿のままに、頷いた。
「…秒針、時を動かせば、空が見える。空が映れば、星は還れる」
「…ここ、時計塔の機関部ね。ああもう、あの子ったらどこ行っちゃったのかしら!」
女の人が、むすーと腰に手を当てて、ここにはいない鳥へ文句を垂らす。
「アンタ、ついてこなくたっていーんだぜ?」
「こら、子供はそういう口きかない。もののついでよ、君達みたいなちっちゃい子ばっかり こんな場所に置いて行けないわ」
子供扱いに不満なのか、片目違いの彼はさっきから反発している。 だが、女の人のほうが一枚上手で言い含められてしまう。女の人は口が上手い。 僕の姉さんもそうだ。ただ、姉さんは無表情でからかうので、ちょっと恐い。
「さあ、さっさと開けて、見つけましょう?」
重く、さびた扉が開かれる。 そこは広く、闇があり澱む歯車の群れ。
全身が、総毛だった時は遅かった。

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