| [319] 「あなたを救う旅」 ◆8◇ |
- 小林悠輝 - 2005年02月09日 (水) 00時42分
ざざ――と。 砂が流れる音は潮騒にも似ていた。
君は、私の“希望”なんだよ。 やさしいやさしい言葉が僕の心に沈んで、澱のように、いらいらするほどゆっくりともがいている。希望? 僕が、彼の? また、象の背中に二人で乗って、今までと同じように果てのない砂漠を進みながら、僕はずっと考えていた。僕が希望に? なれるはずが、ない。
だってさ、彼は僕に希望を見出したみたいだけど。 僕は誰にもそんなものを見つけていないんだから、それなのに誰かの希望になるなんて。
「ロッシ、この砂漠はどこまで続いていると思う?」
鳥に捕まえられて空から見下ろした砂漠は、地平の果てまで続いていた。ぽつりぽつりと点在する奇妙な木、砂の下を這う何かの群れ。知らない風景が、終わりなく続いている。切りがなく、果てもなく、どこまでも、どこまでも。
「……望む限り、どこまでも」
それは彼の言葉だったが、僕はそれを見てしまった。 “神秘”と立ち向かう“勇気”を、彼のおめでとうという言葉と共に、服の裾に入った赤と黄色の線と共に、僕は手に入れてしまったらしい。消えてしまったあの鳥は、何だったのだろう?
「その通りだよ、ロッシ。 だけど考えてごらん……この砂漠が君の望む限り続くとして、もしも誰にも必要とされたくなったら、どうなると思う?」
「え?」
彼の後姿を見上げた。黒いフードは振り向かない。 僕が望むから、砂漠は終わらない。だけど僕は望んでいない。
本当に?
逃げていたけれど、目を背けていたけれど、この不思議な色の砂漠を綺麗だと思ったことが一度もないワケじゃない。ここに来て、海賊から逃れられてよかったと、思わなかったワケじゃない。彼は恐ろしいけれど、その優しさに安心して、一緒にいて欲しいと思った瞬間がまったくなかったなんて、言えない。
「……どうなるの?」
彼が首を横に振った。フードに絡まっていた砂がパラパラと零れる。やっぱり振り向いてくれないから表情はわからない――いや、きっと、顔を見てもわからない。彼には、表情をつくる筋肉がないだろうから。
「さてね。私にはわからないよ。 それでも君は私の“希望”だ。君が現れるまで、テティスと共に、延々とここをさ迷い続けるばかりだったからね」
「おじさん?」
彼は苦笑のような乾いた声を零した。乾ききった喉に砂がはり付いて、錆びてしまったような音だった。普段の彼の声は、耳に心地よい低さで、やわらかいのに。
「ここはとても不安定な場所だ。 すべては砂から生まれ、砂に溶けていく。私は何度もそういった場面を見たよ」
――間の前に湧き出したオアシス、倒れ、干からびた旅人、砂の魚。 あれは繰り返されていたのだろうか。あの旅人も砂でできていて、ずっとずっと、砂の上だけを歩き続けるのだろうか?
「私も、見てきたものと同じようにできているのかも知れない。テティスも、そうでないとは言えない。ここは閉じた繰り返しだ。だけど私は君と出会ってから、少しずつ今までとは変わった道を歩んでいる気がする。 だから、君がどういった結末を望むにしろ、それによって何が起ころうとも、君は私の希望なんだよ、ロッシ」
「どうしたの、おじさん?」
彼がこんなに喋るのは初めだだったと思う。もう、どのくらい一緒にいるのかわからなくなってきたけど、彼が一気に語るのを聞いたことはなかった。無口で気味が悪いと思っていたから僕もあまり話しかけなかったし、彼も、長々と話を続けたりはしなかった。
「どうもしない、気まぐれだよ。 君はすべてを手に入れようなんて思わなくていい。君が集めようとするだろうものは、一つ一つが大切なものだ。無理に集めるためにおざなりにするのなら、そんなものは逆にない方がいいだろうね」
風が吹いている。遠い空を小さな影がいくつも飛んでいくのが見えた。 舞い散らかされる砂は綺麗だけど単調で、移り行く色は淡く淡く、おぼろげで曖昧。
「僕はどうすればいいのかな」
それは聞くべきではなかった。 僕は彼に答えを求めていなかったし、彼も答えなかった。 行くところまで行ってみよう。信じればきっと……あの港町へ帰る方法があるんだと、根拠は何もなかったけど、信じようと思った。

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