| [316] 「希望の炎」(タスナ&ジュリエッタ&ギゼー)[6] |
- 葉月瞬 - 2005年02月02日 (水) 00時11分
「これが、わたくしたちの希望の炎です」
そう言って差し出された硝子玉を、ギゼーはほとんど無意識の内に受け取っていた。受け取ってから「しまった!」と思ったところでもう、後の祭りである。
「それでは、後は頼みましたよ」
灰色の巫女はそう言って笑うと、何処へともなく消えて行った。恐らく町へ帰ったのだろう。自分の町、断崖の国の首都へ。
「ああっ! ちょっと待て! 俺もつれていっ……」
ギゼーの制止の声など聞かずに、灰色の巫女は跡形もなく消え去った。それが魔法なのか何なのか、ギゼーには知る由も無かった。或いは、ジュリエッタならば知り得たかもしれない。タスナも何がしか解ったかもしれない。だが、ギゼーには魔法を身近で見た事など無かったので、消えて移動する魔法が本当に有るのかどうかなど知り得ないのだった。 だが。事実消えて行ってしまった灰色の巫女を見て、自分も連れて行って欲しいと願ったのは何も魔法を認知したからだけではなかった。少々臆病風に吹かれたせいも有った。
「きっ、きーてないし……」
肩をがっくり下げて、地に膝をつけうな垂れる。そのギゼーの肩をタスナが軽く叩く。
「こんなところで呆然としていても始まらないさ。ともかく先へ進もう!」
その頼もしいタスナの爽やかな笑顔に、勇気付けられるギゼーであった。
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不気味な鳥の鳴き声に一瞬肝を冷やすギゼー。 薄暗い森は果てしなく続いているかのようだった。目の前に聳える機織女の塔は一向に近付く気配を見せないし、そろそろ腹の虫が泣き出す頃だった。
「腹、減ったなぁ」
ギゼーがポツリと漏らす。その言葉を口にしてから、不意に何かを思い出したように不気味な笑みを顔に張り付かせた。そして、顔を明るくさせて言い放った。
「フフフ。こんな時こそ、先刻[さっき]くすねておいた食べ物を……」 「……くすねたんだ」
ジュリエッタの冷ややかな視線が背中に痛い。嗚呼、こんな事でジュリアちゃんの、自分に対する心象を悪くするなんて。ギゼーは、ジュリエッタが最初から自分の事を何とも思っていないであろう事など念頭から外して、心に思った。しかし、そんな事に心を痛めている場合ではない。今は一刻も早く、食物を口にするべきである。 思い直して、ギゼーは腰に下げてある鞄から食物を取り出してのたまった。
「ジャーン! アイテムNo.999、鳥の腿肉〜!」
高らかにアイテム名を宣言し、アイテム・鳥の腿肉を天高くかざした。何故か楽しそうである。 それはからりと良い具合に揚がっていて、見るからに美味しそうな鳥の腿肉だった。それにがぶりと景気よく噛り付くギゼー。それを冷ややかな視線で見詰めるジュリエッタと、不思議そうな視線を投げかけるタスナ。皮肉な事に、いきなりギゼーが鶏肉にかぶり付いたものだから一時休憩の形となってしまった一行。目指す機織女の塔はまだ先だと言うのに。
「……こんな事で、大丈夫なのかなぁ」
ポツリと漏らしたのは、タスナである。本当に不安そうに鳥の腿肉をひたすら食べ続けるギゼーを見詰める。それを何を勘違いしたのか、ギゼーは鳥肉をタスナの方に突き出すと親切心を露にした。
「ん? 食べるか?」
タスナは当然、首を横に振る。それには、否定の意味が込められていた。
「ジュリアちゃんは〜?」
徐にジュリエッタの方にも鳥肉を向けつつ振るギゼー。機嫌をとっているのが見え見えである。
「私にそれを食せと?」
ジュリエッタは、冷笑でギゼーの厚意をかわす。 難攻不落な女だ。ギゼーはそう思った。思っただけで、心の奥に仕舞っておいたが。
機織女の塔に辿り着いたのは、それから数時間経ってからだった。灰色の巫女に連れられてやってきた時には東の空にあった月が、中天を割っていた。機織女の塔は荒れ果てていて、どれだけ放置されていたのかが一目見て解るほどだった。外壁には蔦が生い茂り、所々煉瓦壁が崩れているところもある。上を見上げても、塔が何階建てなのか解らない。上の方は霞が掛かっていて、途中見えなくなっている。相当高いであろうことは間違いないだろう。
「さあて、気を取り直して、行ってみよう!」
自己を奮い立たせるためか、心なしか声を張り上げて言うギゼー。声が震えているのは、恐いからだ。

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