| [314] 『聖マルタンの夏祭り』(星の子供編)〜6 |
- 葉月瞬 - 2005年01月25日 (火) 23時01分
「ワタシ、魔法使えない…………」 「えっ!?」
クロースが何気ない表情で、当然の如く呟くとリヴィエラと名乗った少女は驚きの眼差しをクロースに向けた。まるで、魔法が使えないのが意外だとでも言うように。 魔法が使えない。このメンバーの中で魔法が使えないのは、クロースただ一人の様だ。星の子は未知数で、魔法が使えるかどうかは定かではないのだから。クロースにはそれが良い事なのか、悪い事なのか解らなかった。ただ、リヴィエラの意外そうな顔と下弦の無表情だが驚きを隠せない顔を見ると、少し自分が無力なのではないかと思うようになっていた。
「……しょうがないなぁ。貸してみ」
リヴィエラは諦めた表情を見せて手を差し出した。クロースはその手に先程渡されたさらしを乗せる。するとリヴィエラは手に持っていた水風船に何事か言葉を呟くと、さらしに向かって水風船を垂直に掲げた。するとどうだろう。水風船はその場で回転を始め、更に加速させていって無数の水の刃を作り出していた。そして、風船を割ると水の刃は、さらしをそのまま適度な長さに寸断していった。
「……私も」
下弦もそんなリヴィエラを見てか、さらしを手に取ると水の刃で適度な長さに寸断していく。まったくの無言で。その様は畏怖さえも感じさせるほどに、凄まじかった。 適度な長さに寸断されたさらしを、先程リヴィエラが作った木の棒の先っぽにぐるぐる巻いていく。そして、油を少し湿らせて少し前に影を追い払った時に使った炎を点火する。 同じものを丁度三本、人数分作って各々がそれを持つ事にした。予備に一本作って、それをリヴィエラが持った。
「これで、良し!」
リヴィエラが、気合を込めて言う。 すると、下弦が周囲を不思議そうな眼差しで見渡して表情一つ変えずに心臓が止まるほどの事をさらりと言ってのけた。
「……私達の他に、誰かこの塔に入っているみたい」 「ええ!?」
それを聞いてリヴィエラがひどく驚いた。 それはそうだ。こんな古びた時計塔に自分達の他に誰が、何の用事で入り込んだと言うのだろうか。先程襲って来た“影”の事もある。ここは慎重を持して行かねばならぬだろう。リヴィエラがそう考えていると、下弦は思わぬ事を更に続けて言った。うっとりするような表情を見せて。
「私の、身近な存在。とても懐かしい者……」
それは、歌うような口振りだった。
「身近な存在? 味方……って事?」
下弦はそのリヴィエラのその質問には首肯で返した。それを見たリヴィエラの顔が綻んでいく。何故だかは解らないが不安が少し取り除かれたような気がしたのだ。
明るくなってみて初めて解った事だが、先客がここで戦いでも始めたのか凄惨な傷跡が目に付く。 まず、壁が抉れていた。獣の爪で抉れたのではなく、何か衝撃波めいたもので削られた跡だった。次に目に付いたのは、焦げ跡だった。何か火でも飛ばしたのだろう、其処此処に黒い跡がこびり付いていた。周囲三百六十度にそれは渡っていた。 見渡してみて初めて気付いた事だが、この部屋は正方形で出来ているようだった。流石に松明の明かりが及ばない四隅の方は、闇がわだかまっていたが。
「さて、と。何時までもグズグズはしていられないぞ。またあいつらがやってくるかもしれないからな」
リヴィエラが先を見通した発言をする。 クロースが無表情に首肯でそれに同意する。恐らくは下弦も同じ考えだろう。表情には表していないが。星の子が不安げな視線を三人に向けてくる。
「大丈夫。キミ達の事はこのボクが守ってやるから!」
出来うる限りの笑顔を作って見せるリヴィエラ。頼もしくさえ見えるリヴィエラを、クロースは眩しそうに見ていた。
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入り口の対面にもう一つ扉があつらえてあった。 その扉は鉄製のようで、所々赤錆がこびり付いている。 一見して重そうだが――扉は意外と軽かった。非力な少女の腕力でも開けるぐらい軽かった。流石に軽やかにとまではいかなかったが。 引き摺るような不協和音を奏でて、扉は開け放たれた。 扉の向こうには上へと向かう階段が綴れ折に続いていた。その階段も赤錆だらけで、鉄で出来ているというのが窺える。 クロースはおもむろに手すりを手で擦ってみた。掌を見ると、赤錆で手が赤茶色になった。無言でそれを見る。そして、上へと続く階段を見上げて、果たしてこの階段が四人の体重を支えてくれるだろうかと茫漠と心に思う。
「不安に思うことは無いさ。ボクがついてるから」
少女達を奮い立たせようと一生懸命なリヴィエラ。そんなリヴィエラを安心したような顔で見詰めるクロース。表情には出さないが、それは信頼の証だった。
外に突き出た九十九折りの階段を、一段一段確かめながら上って行く三人の少女と一人の少年。一人は淡く光っている。今は松明の炎に当てられて掠れているが。いつ、影達が襲ってくるか判らないから慎重を持しての行進であった。リヴィエラの頬を冷汗が伝う。下弦は中を浮かびながら無表情に昇っている。が、恐らく彼女の心には不安と緊張が過ぎっている事だろう。クロースはただ、二人の後を付いて行くだけである。星の子の手を引きながら。 三階に差し掛かった丁度その時、影達が踊り来た。 その影達は先程の人型の影達とは違い、球形にいがいがを付けたような形をしていた。
「まっくろくろすけだ!」
リヴィエラが叫んだ。 何処でそんな知識を得たのか甚だ疑問だったが、今はそんな事を気にしている時ではない。 恐らく塔の中から出た事により、少なからず闇が薄らいだので流石の影達も身を縮めざるを得なかったのだろう。遠のいたとはいえ、祭りの明かりが照らしているからだ。 しかし、流石に縮んだとはいえ影は影である。球形から細長い腕を伸ばすと星の子供を捕まえようとする。リヴィエラはその様を見て取ると、松明の炎を影に向かって振り回した。
「ええぃ! 寄るなよ!」
影達は堪らず一歩後退る。 階段の上なので、思うように身動きが取れない。影たちが向かってくるのを待ち構えて持っている松明を振り回す他無かった。 だが、小さい奴なのでそれでも十分撃退する事ができた。一匹一匹、確実に仕留めていく。
「でかいのが来ない内に、早く上に昇ろう!」
誰からともなく、そういうが早いか駆け出す。 階段は四階で途切れていて、鉄製の扉があつらえてある。其処から中に入るのだろう。 四人は一息にその扉まで駆け上った。 そして、扉に手を掛けそのままの勢いで開け放つ。 四人が転がり込んだ其処は、時計塔の機関部だった。

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