| [303] 『消えていく子供達(ミッシング・チャイルド)』 (マックス&エルガ)−5 |
- 夏琉 - 2005年01月07日 (金) 18時22分
ドアの閉まる音で、エルガは目を覚ました。
「ん…」
自分がいつの間にかベッドの上に移動していることに気づいて、毛布をのけて身体を起こす。窓の外を見やるとわずかに空気が青みがかっていたが、それもまもなく闇が払拭してしまうだろう頃だった。
部屋にはエルガ以外誰もいなかった。さっきの音は、男が部屋をでたということか。テーブルの上のランプに火が入ったままだから、すぐに戻ってくるつもりなのだろう。
ランプのそばにはずした記憶のない眼鏡が置いてあるのに気づく。視力が弱いわけではないので無くても支障はないのだが、掛け始めてからはないとなんとなく落ち着かないようになってる(といっても大抵眠るときははずすが)。エルガはベッドから降りると、眼鏡を手にとってかけた。
「あれ…?」
そのとき、感覚にふっと違う色合いが入り込んだような気がして、エルガは片手でこめかみに触れて目を瞑ると耳を澄ました。
ぴんと張った純白の絹が何枚もわずかに隙間を空けて重なってできている層に、一枚だけほんのわずかに色づいた生地が入りこんでいるような違和。その絹と絹の間の隙間に手を入れて、目に見えないほうの布の端がどこにつながっているのか、手探りで検討をつける。
「窓の…」
呟いて、エルガはベッドの上に乗ると窓を開け放つ。そのまま頭の中で布の上に手を滑らせて、窓の下に目をやった。
「あら」
そこには、十を少し過ぎたくらいの少年がいた。エルガのいる部屋の窓を見上げているが、その視線にも出で立ちにもどこか現実感がない。輪郭や細部がぼやけてみえるというわけではないのだが、手で触れたらそのまま突き抜けてしまいそうな印象がある。エルガは少年の足元を見て----単に外が暗く部屋からの明かりが弱いというだけの理由かもしれないが----影がないことを確認した。
「さっきまで何も感じなかったんだけどなぁ…」
ふと、思いついて眼鏡をずらして裸眼で少年のいるところを見てみる。すると、なんと眼鏡の硝子を通して見たときにだけしか少年の姿が見えないことがわかった。
そのとき、ドアノブがカチャリと音をたて、エルガが振り返ると男が部屋に入ってくるところだった。
「あ…目が覚めましたか」
「ええ。あのちょっとこっちに来て窓の外を見てもらえますか」
エルガの申し出に男は「はぁ…」と答えると、ベッドの上にひざで乗って窓のほうににじりよる。
「とくに変わったことはないようですが…」
「あら、そうなんですか」
確かに窓の下に十を過ぎたくらいの少年が立っているというだけでは、とくに変わったこととは言えないだろう。 しかし、現在この島は子どもたちがこんな時間帯に外を出歩くことを許すような状況ではなく、おまけに窓の下の少年には影が無くて、その上どうもはじめに消えた3人の子どものうち一人と年恰好が同じときては、「とくに変わったこと」に限りなく近いと、エルガは思う。
つまり、彼にはあの少年の姿が見えないのだ。
意外だった。何故なら、彼が部屋に入ってきたときにわかったのだが、ほんのり色づいた一枚の布のエルガに見えないほうの両端の、片方はあの少年に、そしてもう片方がこの男につながってるのを感じたのだ。
「貴方、魔法を使ったことってありますか?」
「生まれてこのかたそのようなものを使ったことはないですが…」
男は怪訝そうにそう言ったが、「それが何か?」とは尋ねなかったので、エルガもそれ以上何も説明しない。飴の包みを一つとりだして中身を口に含むと、再び外に立つ少年を見下ろす。
村長に報告すべきなのだろうなぁ、とは思う。だが、気が進まない。 「異邦人」への不審が「魔法使い」への期待に変化しただけでもわずらわしかったのだ。それが「役立たず」への嫌悪となり、「見知らぬもの」への憎悪に変わり始める気配を感じて、エルガは島民の集まりから抜け出してきた。
そのまま、男に黙っていようとも思った。だが、頭の隅でちりちりと小さな火が燃え続けているようなこの感覚がわずらわしいという気持ちも強かったので、エルガはベッドから降りると、男に向かってこう言った。
「ちょっと、着いてきていただきますか。そんなに遠くには行きませんので」

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