| [301] 『消えていく子供達(ミッシング・チャイルド)』 (マックス&エルガ)−4 |
- フンヅワーラー - 2005年01月06日 (木) 01時29分
マックスはしばらく、寝息を立てているエルガを眺めていた。 一体彼女は、何をしにここに来たのだろう? 突然やってきて、情報を与え、一人で愚痴って、眠りこけた。 意味が不明すぎる。意図が分からない。 ……しかし、意図は無いが、行為に一貫性は見られることに気づいた。 彼女の心理を簡単に述べると「何故自分がやらなきゃいけないのかとまでは言わないけども、面倒くさい、放り投げたい、眠たい」というところだろう。 ならば、見知らぬ者への情報提供は、愚痴の一環ということか。 対象が自分ということには、同じ部外者だから気兼ねなくできるからということであろう。
そう考えれば、納得はいく。 が、理解は出来ない。 まぁ、この場合、理解は求められていないのだから、理解出来なくてもよいのが救いだ。
スガガ、という音が聞こえた。エルガの鼻が鳴った音だ。 見知らぬ男の目の前でいきなり無防備に眠りこける心理とは一体どのようなものなのか。と、思ったが、すぐさま、きっと何も考えていないんだろうという結論に達した。 それを踏まえて、自分の感情の行き着いた場所は「男扱いされていないのが少し悲しい」という程度のものだった。
マックスは、状況整理を終えて、ようやくベッドから立ち上がり、床に転がっているエルガの傍らにしゃがんだ。
「とりあえず……」
ベッドに運んでやるのが、人として当たり前の行為なのだろう。 「あ。メガネ……」
マックスは、恐る恐るメガネの柄に触る。爪の先でカツンと硬質な音が鳴った。 マックスにとって、メガネは未知の道具だった。きっと高価なものなのだろう、という認識程度だ。 とりあえず、取り外そうと、柄を掴んで軽く引っ張った。が、引っかかりを感じ、マックスは思わずパッと手を放す。無理に動かして歪んだりしてはコトだ。高価なものなのだから。
「……どうやって外すんだろう、これ」
今度は上に持ち上げてみる……駄目だ。 「……せめて外して寝てくれればいいのに……」
人差し指で二つのレンズの連結部の柄をつつく。と、メガネが大きく動いた。
「あ。これ、下にスライドさせれば……」
両脇の柄を再び掴み下へと傾けながら引っ張る。ススス、とメガネが動く。 そのままゆっくりと動かしていくと、ようやく手ごたえが軽くなった。 小さいが、実に濃密な満足感を得て、マックスはしばらくメガネを見つめる。
「あぁ、なるほど。先がこんな風に曲がってたから……。へぇー」
今度はメガネの柄をたたむ部分を倒したり起こしたりする。 思い切って、興味本位にメガネを装着しようとした時、
「ぬぉーぐぁ…ね………ぬ……」
エルガの聞き取れない寝言が聞こえた。……なんとなく「メガネの……」とも聞き取れる。気のせいか。うん、気のせいに違いない。 マックスは、エルガの存在を思い出し、メガネを備え付けのテーブルにコトリと置く。 そういえば、エルガをベッドに移動させるのが当初の目的であった。 こういう場合、抱え上げて運ぶのが女性としては嬉しいのだろう。が、エルガは痩せ型ではあるものの長身だったので、マックスはそれを早々と諦めた。だいたい、誰も見ていないのにそんな無理をして頑張る必要は無い。 エルガの脇に腕を差込、肩を抱え、ガニ股で後退してエルガを抱え動かす。エルガの足が床の上で引きずってしまったが、エルガは起きなかったので、マックスはそれで良しとした。 毛布をエルガの上にかけてやり、マックスは一息ついてベッドの縁に浅く腰をかけた。
窓を見ると、今朝より霧が濃くなっていた。 そういえば、さっきエルガがこの霧と子供の失踪がなにやら関係あるようなことを言っていたのを思い出す。
「……ってことは……この霧が晴れない限り、船は出せないから……」
いや、この霧が続けば、自分の個人的な事情だけではすまないだろう。島にとって大きな損害にもなるのではないのか。 まずは、外からの物資が届かない。小さな島だ、衣料品や雑貨などは外から調達しないとやっていけないはずだ。 また、食料などでも、自給自足でやっていくとしても、日の光は霧に遮られ、農作物は育たない。漁で生計を立てるとしても、この状況で船を無理に出せば自然と失踪や事故を起こし、だんだんと働き手の男達が減っていく。 そして、この島はひっそりと霧に侵蝕されて……。
「……まぁ、この霧と子供の失踪に関連性が絶対にある、とか、言い切れない……だろうけども……」
声に出したのは、そうであって欲しいからだ。 自覚しなければ楽なのに……。そう思う時、マックスはいつもそんな自分の馬鹿さ加減を憎む。
ぎゃぁ ぎゃぁ
突如響いた音に、マックスは身をビクリと竦[すく]ませる。 赤子の泣き声のようでもあり、男の叫び声のような声でもあった。 恐る恐る、窓に近づいてゆっくりと覗く。 島民の様子は特にその音に反応していない。では、あれは何の声だったのか……。 再び、同じ声が聞こえた。聞こえた方向に目を向けると。
霧の中、悠々と旋回している鳥がいた。 不吉な予兆を抱えた島を嘲笑うように、鳥は鳴いた。

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