「吉森吉森っ」
職員室に飛び込んできた徹が、嬉しそうに俺の名前を連呼してくる。
その顔に浮かぶのは、満面の笑み。
何か、そんなに楽しいことがあったんか?
俺の前まで駆け寄ってきた徹が、にこにこしながら右手を差し出してくる。
そして言ったのが、この一言。
「ライター貸して」
「ぁんだとぉ!?」
次の瞬間には、職員室中に俺の声が響き渡っていた。
ライターなんて物は、もちろん持っている。
俺の上着に、常に入っているそれを使う用途と言ったら、煙草を吸う時ぐらいで。
ましてや、火なんて物は一つ間違えば大きな事故に繋がるというのに、それをあんなに笑顔を浮かべながら貸してくれと頼んできた徹の、笑顔は俺の叫びで消え失せてしまった。
「んな叫ぶなって、いいから貸してくれって…」
今度は、少しシュンと落ち込んだ姿で、身長差のせいか分からないが、上目遣いで見上げながらもう一度手を差し出される。
俺が、この徹の「上目遣い」に弱いという事を、きっと自覚しての行為だと思うから、そこに甘い顔をしてやるつもりは、さすがの今回ばかりは無い。
「駄目だ、言っただろ?煙草は停学なんだぞ!?お前、分かって言ってんのか!?」
「んな事は分かってるって!!」
じゃあ、なんで言ってくる!!!!
「あぁもう、いいからっ、急いでんだって」
「いくねぇっての!!とにかく貸すわけにはいかねぇ」
「ケチっ」
「ケチで結構」
「じゃぁ…吉森には」
「イモ分けてやんねぇからなっ」
「は?」
「もう、いいっ」
そう言って、来たときと同じように走りながら職員室を出ていく徹を、一瞬遅れながらも追いかけていく。
イモ?
イモって……どういう意味だ!?
走って、走って。
辿り着いたのは、教室では無く中庭だった。
「お、吉森ーー!!こっちこっち」
哲希に手を振られ、呼ばれるままにそこに行くと。
足下には、落ち葉の山。
そして。
「イモ…」
そういう事か。
落ち葉で焼きイモねぇ……だったら最初からそう言えばいいのに、徹の奴も。
そう思って徹を見ると、三度目。手を差し出される。
「ライター」
今度は、少し照れた顔で。
んな可愛い顔されて、俺は今度こそライターを取り出す。だが、生徒に使わせるわけにはいかないから自分でその落ち葉に火を点けた。
次第に匂ってくるイモの匂いに、周りにいる生徒が騒ぎ出す。よく見れば全員うちのクラスの奴等じゃねぇか。
「ったく…お前等、可愛い事してんなぁ…」
「可愛いのは徹だって」
小さく聞こえた哲希の声に、どういう意味かと訊ねるようにそちらを見ると。
「ライターなんて俺っちも持ってたのにさ……吉森のがいいんだって」
だからわざわざ呼びに行ったんだって。
そう言ってきた哲希の、前半部分の言葉は今回は聞かなかった事にしてやろう。
言いたい事を言ったと、満足げに笑った哲希が側を離れて、逆に徹が近寄ってくる。
「怒ってねぇの?」
「何を?」
「職員室でライターなんて言ったから」
「んな事で別に怒らねぇよ」
苦笑して。
嬉しそうに笑う徹の頭に手を置く。
撫でるように手を動かすと、嬉しそうに笑ってくる徹。
その徹の。
寒そうにしてる手を握った。
驚き見上げてくる瞳に笑いかけると。
職員室に入ってきた時と同じ、笑顔を見せながら、握った手に力を込められた。
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ミニアンケート40票記念。吉氏相当票入れて下さっているのに…遅くてすみませんっっ。