「最近さ……」
横に、いつの間にか尾崎が立っていた。
シャワーを浴びた後なのか、その頭からはまだ雫がこぼれ落ちていて。
濡れているせいか、余計に黒みを増した髪を見た後、尾崎に笑いかける。
「練習、終わったんだな、お疲れ」
「…最近さ…」
尾崎は、俺の言葉を無視して、同じ言葉を口にする。
最近?
その続きが気になって、構えていたカメラを下ろし身体ごと尾崎の方を振り返った。
そうすると、尾崎にしてはめずらしく俯き俺から視線を外してくる。
いったいどうしたというんだ…?
「尾崎?何かあったのか?」
俯かれては顔が見えない。
下を向く尾崎の顔をのぞき込み訊ねると、途端に唇を噛みしめられた。
言いにくい言葉を言おうとしているのだろうか。
目は僅かに潤み、今にも涙がこぼれ落ちそうにさえ見える。
「…藤堂と、何かあったのか?」
尾崎が。
こんな様子を見せてきた事は初めてだから。
俺は慌てていたのかもしれない。
咄嗟に藤堂の名前を出した後、自分でその言葉に後悔する。
「……違う」
だが、その後悔を消すように尾崎が小さく否定の言葉を言う。
だったら、何だというのだろう。
お蝶婦人と、また、何かあったのかな。
「…最近……写真」
「写真?」
と、いう事は…俺の事か。
「写真がどうかしたのか?尾崎の気に障るような写真を撮っていたら謝るが」
「……………っ」
「尾崎?」
「………謝れよっ」
「やっぱり何か俺が悪い事をしたんだな…すまん」
「……っちがっ…」
「尾崎?」
ポロリと。
尾崎の目から涙がこぼれる。
その綺麗さに、暫し見惚れてしまい、瞬時に反応が出来なかった。
逃げるように後ろ姿を見せ、走り出した尾崎に手を伸ばしてもすでに遅く。
運動部という事もあって足の速い尾崎は、あっという間に消えてしまっていた。
…泣かせた。
しかも、多分俺が原因で。
「……なぜだ…」
全く理由が思い当たらない。
だが、やはり俺が悪いという事なのだろう。
謝るのはもちろんだが、原因を知らなければ。
「千葉」
校門に走ろうと思っていた所に、シャワールームの方から藤堂が現れる。
いつものように笑顔を浮かべたまま。
「尾崎の事、泣かすなよ」
笑顔の、まま。
そう言われた。
「手遅れだ…」
「なんだ、もう泣かせたのか」
「さっき……何が原因なのか、さっぱり分からない」
「千葉は自分の事に無頓着だからなぁ」
「藤堂は原因を知ってそうだな…教えてくれないか」
「…俺が教えると尾崎が怒りそうだからね」
「そうだが…頼む」
「仕方ないなぁ…少しだけ言うとさ、千葉が他に好きな人ができたんだろう、って…そう言ってたよ、尾崎は」
「…他、に…?」
いるはずがない、そんな相手。
俺はずっと、尾崎だけを好きだというのに。
何か勘違いさせるような事があったのだろうか。
「自分が撮った写真を見なおしてみるといいよ」
「俺の写真?」
そういえば、さっき尾崎も写真がどうとか言っていたな。
「俺が言えるのはそこまでだな。じゃあ、お疲れ」
そう言った藤堂に、お疲れと返す。
それ以上詳しく訊きたい気持ちはあったが、そこまでと言った藤堂がこれ以上何か教えてくれるのはあり得そうになく。
俺はカメラを抱え直すと、部室へと戻った。
写真。
俺が撮った写真。
最近の。
岡……ひろみ。
彼女の写真ばかりが。
あぁ、そういう事なのか。
彼女に、嫉妬を………?
尾崎。
いいのかな。
俺は今、相当に嬉しいんだけど。
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ミニアンケート40票記念。遅くなってしまいました…。嫉妬してた尾崎を見てっっ。激萌えましたよねっっ。