「なぁ、かっちゃん。甘い物…好き?」
その質問への答が、甘すぎる世界に招待される事になるきっかけになるとは、その時はまったく予想もしていない事だったんだ。
嫌いじゃない、と答えたのは教室の中。
机に腰を下ろしてきた哲希を、行儀が悪いからやめろと下ろしながら短く答えると、今度は俺の椅子の後ろに回ってこられて、首に腕が回されて抱きつかれる。
男同士でこの距離は変だろう…という至近距離に哲希の顔があり、頬をくっつけるようにされその冷たさに驚いた。
「じゃあさ…俺がチョコあげたら食ってくれる?」
俺って体温低いんだよね…と、以前ベッドの中で言っていた事を思い出しながら、その問いに短く頷いた。
なぜチョコで…しかも、作る…なんだ。
鈍い俺は今日の日付と、それに関係するイベントがあるという事をすっかり忘れ去っていて。
にこりと笑って離れていく哲希の後ろ姿を見ることしか出来なかった。
下宿に立ちこめるのは甘い匂い。
今までこんなに甘い世界に身を置いた事があっただろうか。
玄関を開けた瞬間、まるで色がついているんじゃないかと思わせるほど、甘ったるい匂いと空気が俺を包んでくる。
発生源は一階の台所で、何事だ…と思いながら、そこへと続く扉を開けるよりも前に中から聞き慣れた声が聞こえてきた。
哲希が原因なのか…。
半分以上諦めと供に思い、その扉を開けた瞬間、匂いが襲ってくるように鼻についた。
立ちくらみさえ起こしそうなその甘さに、今すぐ回れ右をして部屋に向かいたくなってくる。まぁ、部屋にこの匂いが立ちこめていないと言う保証は一つも無いのだが。
「お、おかえり〜、かっちゃん」
エプロンに三角巾などという、給食のおばさん的な衣装で哲希が俺を見つけると、パタパタとスリッパを鳴らし近付いてくる。
その頬に、黒い物を見つけ近付けると、それがチョコだと気付いた。
今、下宿中に立ちこめているこの匂いも………考えてみるとチョコの匂いだ。
「そうか…」
今日は、バレンタイン。
カレンダーを振り返り日付を確認し、そのことにようやく気が付いた。
バレンタインといっても、俺達男はもらう立場であるから、余計にそれを忘れていたのだが…。
「はい、かっちゃん」
まさか、同じ男相手にそれをもらう事になるとは、思ってもみなかったな。
差し出されたチョコと、満面の笑みの哲希。
頬にチョコをつけながらも、エプロン姿で微笑む哲希は…相当に可愛いのだが。
「あーん」
と、口を開けるように促されて。
それに従えるほど素直な性格に産まれてきてはいないんだ、俺は。
「なんでチョコ作りを…ん」
口を開けた瞬間、チョコを放り込まれて、その甘さに目眩がしそうになる。
甘い物を好きかと訊かれ、嫌いじゃないと答えたが実際問題…好きでは無い。と、いうよりは得意では無い。
その甘さに、美味いと感じられない上に甘すぎる物には吐き気さえしてしまうのだと。
今更、この笑顔の前で言うことが出きるはずもなく。
「なんでって決まってんだろ?好きな相手には手作りチョコを、って昔から決まってんだよ」
知らねぇの?かっちゃん。
と、言われても。俺は口の中のチョコを、いかに甘さを感じず飲み込むかに必死だった。
ようやく飲み込んだそれに安心していると、もう一個、と新たにチョコを差し出される。
「あーん」
まただ。
また…今度は目眩さえしてきた。
だが、俺の為に作ったというそのチョコを、食わないわけにはいかずに今度は素直に口を開く。
「美味しい?かっちゃん」
にこにこと。
だが心配そうに訊ねてくるその大きな瞳を手で覆いたくなってきた。
この目に逆らえないと感じるのは惚れた弱みなんだろうか。
とりあえずは。
自分で確かめろ、と哲希に口付ける事でその返事にする事にした。
台所からの甘い匂いは当分消えずに。
たくさん作ったんだ、と目の前にはチョコの山で。
さて…これからどうやって耐えるか。
俺の頭の中はそれでいっぱいだった。
=======================================================================
ミニアンケートで奥哲が10票いったので♪久々の奥哲〜。時期ネタでバレンタインネタです。本編無視してやっちゃいました。
甘い物…苦手なのかな?永井は甘い物好きそうだけどっっ。